株式会社NINJA LINKSSで代表取締役CEOを務める樋口展生です。滋賀県甲賀市を拠点に、農業用ドローンによる農薬散布や機体の販売、パイロット育成をおこなっています。今はドローン一筋のように見られがちですが、もともとは京都で和菓子屋を営んでいた人間です。
和菓子屋の違和感
私は今もNINJA LINKSSとは別に、「京都仁王門」というブランドで和菓子の製造を行っています。製造工場は滋賀県甲賀市にあり、いわゆる和菓子屋というより和菓子の製造工場に近い規模です。製造の過程では、どうしても原材料のロスが生まれます。きな粉や小豆、米粉などが、品質や衛生管理上の理由から廃棄されていく。その光景に、私はずっと違和感を抱いていました。なので、自分たちで米を育て、米粉などの原材料を作れないか。そう考えたことが、農業に関心を持つきっかけでした。
友人がくれた依頼
そこで連絡を取ったのが、農機具屋の息子である友人でした。彼に相談すれば農地を借りられるかもしれない。トラクターやコンバインなどの農機も、購入せずに借りられるかもしれない。そんな思いから相談したのです。
ちょうどそのとき、彼は農家の方々に農業用ドローンを販売し始めていました。しかし、高齢の農家さんにとって、小さな画面を確認しながら機体を操作することは簡単ではありません。そこで私たちに「代わりに飛ばしてくれないか」と依頼がありました。その仕事を引き受けたことが口コミで広がり、やがて全国展開へとつながっていきました。
知らなかった現実
農業に関わり始めて、担い手の高齢化が想像以上に進んでいることを知りました。私がこの事業を始めた2018年頃、農業従事者の平均年齢は67歳でした。2020年では49歳以下は約11%、65歳以上は約70%。今も減少と高齢化は続いています。
農家さんは、重たい農薬の入ったタンクをランドセルのように背負い、田んぼの中を歩いて散布をします。暑い時期の作業は身体への負担が大きく、危険も伴います。1ヘクタールの田んぼだと3~4時間ほどかかる作業が、ドローンだと10分程度で終えることができます。初めてその光景を見たとき、私は大きな可能性を感じました。そこから「うちの田んぼもお願いしたい」という依頼が増え、滋賀から全国へと、自然に広がっていきました。
3本柱の事業
私達の事業の柱は3つあります。1つ目は、ドローンに農薬や肥料を積んで散布する運用(散布)事業。2つ目は、機体の販売とメンテナンス事業。3つ目は、ドローンを安全に操縦し、農薬を適切に散布するための知識と技術を学ぶスクール事業です。
滋賀から全国へ
最初から全国展開を目指していたわけではありません。目の前の農家さんから頼まれた仕事に応え、その実績を見た隣の農家さんから、また声をかけていただく。その積み重ねでした。そこで、地域ごとに散布を担える人材と拠点を増やすため、フランチャイズの仕組みを整えていきました。現在は全国に約100の拠点・パートナー網があり、それぞれの地域で農薬散布や機体対応を行っています。農業は地域によって作物も気候も農地の形も違います。本部だけですべてを担うのではなく、地域を知る人が地域の農家さんを支える体制が必要だと考えたからです。
また、機体メーカーや関係企業との連携も進めています。機体を販売するだけでは、農業現場の課題は解決しません。導入前の相談、操縦教育、実際の散布、故障時のメンテナンスまで、一つの流れとして支えられることがNINJA LINKSSの強みです。和菓子屋から始まった小さな違和感が、農家さんの困りごとに応える事業となり、地域を越えたネットワークへ成長してきました。
農家さんの思いとの向き合い
創業以来、難しさを感じているのは、農家さんが長年積み重ねてきた経験や仕事への誇りと、新しい技術をどう結びつけるかという点です。長年続けてきた自信がある一方で、年齢とともに体力は低下し、酷暑の中での作業負担も大きくなります。農作業中の熱中症事故も起きています。
一度私たちに任せていただくと、その負担の軽さを実感して継続的に依頼してくださる方が多く、継続性の高い事業だと感じています。ただ、「まだ自分でできる」という思いも根強くあります。農家さんには、栽培判断など本当にその方にしかできない仕事に力を注いでいただき、重労働や危険を伴う作業は私たちのような事業者に任せてもらう。その発想を広げることが、今の課題です。
農業が儲かる構造へ
農業がなかなか儲からないと言われる背景には、生産コストに見合う価格で販売できないことや、資材費・燃料費の上昇、人手不足など、さまざまな要因があります。近年の米価上昇についても、需給や在庫、流通、資材費など複数の要因が関係しており、単純に一つの理由だけでは説明できません。
それでも農業を続ける方々の根底には、「先祖代々の土地を守りたい」「地域の田畑を次の世代につなぎたい」という思いがあると思います。年金から費用を持ち出してでも続けている方もいます。私たちがお金をいただく相手は農家さんです。その農家さんが潤わないまま、私たちだけが成長することはできません。だからこそ、まず農家さんが持続的に利益を得られる仕組みをつくることが、業界全体の課題だと考えています。
担い手減少と農地を守る課題
日本の農業では、担い手の減少と高齢化が同時に進んでいます。農地は、耕作する人がいなくなれば、荒廃したり、農地以外の用途へ変わったりする可能性があります。2020年の農業従事者は136.3万人で、2015年の175.7万人から約22%も減少しました。
さらに、農業経営体は2030年に2020年と比べて半減し、約92万ヘクタールの農地が耕作されなくなるおそれがあるとされています。これは、2024年時点の東北6県の耕地面積約81万ヘクタールを上回る規模です。ここでいう「耕作されなくなる」とは、農地そのものが直ちに消滅するという意味ではなく、離農された農地を、残る経営体が引き受けきれない可能性を示しています。
田んぼを続けてきた方が引退し、後を継ぐ人がいなければ、地域の農地を維持することは難しくなります。私自身、和菓子屋として、当然、材料があって初めて商品を作れます。原材料がなくなれば、加工品を作ることもできません。ドローンで一次産業を支えることと、和菓子をお客様に届けることは、私の中ではどちらも「食」でつながっています。
進化するドローン
事業を始めた頃と比べ、農業用ドローンの性能と用途は大きく進化しています。今ではトラクターで田植えをせず、水稲の種もみを直接まく直播や除草剤や肥料散布など、対応できる作業が広がっています。農家の方々にこの変化を知ってほしいと思っています。NINJA LINKSSに限らず、私たちのような請負事業者を活用すれば、身体への負担を減らしながら農業を続けられます。無料の実演会を現地で行い、まず実際の作業を見てもらうところから始めています。目の前で見ると意識が変わってもらえるのですが、その前に興味を持ってもらえなければ会場に足を運んでもらえない。その難しさとも向き合っています。
学生へのメッセージ
まず農業の事実を知ってほしいと思います。自分たちが口にしている米や野菜が、誰によって、どこで、どのように作られているのか。長年培われた先人の知識や技術は、日本の農業にとって大きな財産です。問題は、その技術を受け継ぐ人が少なく、身体への負担が大きい作業を高齢の方々が担い続けていることです。農薬散布のような重労働を省力化し、経験のある農家さんには、栽培判断や品質管理など本当にその人にしかできない仕事へ力を注いでもらう。そこにドローンの価値があります。
農業との関わり方は、農家になることだけではありません。ドローンの操縦や整備、機体開発、データ分析、営業、地域づくり、食品加工、流通、広報など、さまざまな仕事があると思います。芸能人にも農業を始める方は増えていますが、学生の方々にもまずは興味をもつところから「農業」を知ってほしいと思います。
編集後記
取材前は、ドローンと和菓子屋がどうつながるのか正直想像がつきませんでした。話をうかがって、原材料へのこだわりから農業の課題にたどり着いたという流れに、事業の根っこの部分を見た気がします。2030年に東北地方ほどの農地が消えるという数字には素直に驚きましたし、自分ごととして農業を知ることの大切さを感じる時間でした。