インタビュー

「チャレンジはノーリスク」──メンタルヘルスの領域でデファクトを目指す経営者の挑戦

「チャレンジはノーリスク」──メンタルヘルスの領域でデファクトを目指す経営者の挑戦
PROFILE
株式会社メンタルヘルステクノロジーズ 代表取締役社長
刀禰 真之介

弟との約束から始まった創業

体調を崩して、ICUの一歩手前まで

投資ファンドで働いていた頃は、月に400時間ぐらい働いていた時期もありましたね。当時から、かなり仕事に打ち込んでいたんです。

そんな中で体調を崩してしまい、数日休むことを親に話したら、心配した親が医師をしている弟に連絡したみたいで、弟から電話がかかってきたんですよ。そこで「そんな藪(やぶ)医者の言うことを聞いちゃいけない。すぐ入院しろ」と言われたんです。

それで、実際に入院することになりました。入ったのはHCU(高度治療室)という、ICUの一歩手前くらいの病室です。幸い大事には至らず、何とか退院できました。

弟との会話から起業へ

無事に退院した後、大学生ぐらいのときに弟と交わした話を思い出したんです。弟が医学部に行くと言い始めた頃、「将来、一緒に仕事ができたらいいよね」と話していたんですよ。そこで弟に「あの話、覚えている?」と聞いたら、「当然覚えている」と返ってきました。それなら、そろそろ動いてみようかとなったんです。

そこで医療やヘルスケアの分野で何ができるかを考え、医師会や医学会などのネットワークを使ってツールをつくりました。電子書籍や会員登録の仕組みから、一つのデータベースをつくるところからスタートしました。ちょうどiPhoneやiPadが出てきた時期でしたね。

その後、当時から仕事で関わっていたサムライインキュベートの榊原さんから、「会社をやってみたらいい。1回失敗してもいいから」というような言葉をもらって、スタートしたのが今の会社です。実際、会社をやってみたら、サラリーマンをやるよりも、よほど自分に合っていると気づきました。

非合理な組織への違和感

私は昔から生意気なところがあって、投資案件でも仕事でも「これは伸びるはずです」とかなり説明しても、なかなか提案が通らないケースがありました。でも、その後になって、提案していた会社が上場したり、高額で売却されたりするわけですよ。

そういう経験を重ねるなかで、頭のいい人たちだけが集まっても、人は必ずしも合理的な意思決定をするわけではないと強く感じるようになりました。自分では結果につながると思っていることも、組織のなかではなかなか通らない。そうした環境に対する違和感は、昔からかなりあったと思います。

UFJにいた頃も同じで、第二新卒で入社して半年もすると、10年選手より仕事をしているという感覚がありました。そこで「これだけ仕事をしているんだから、給料を上げてほしい」と話したんです。

その結果、入社9か月で5〜6段階プロモーションしてもらい、年収も300万円台から800万円以上になりました。今振り返っても、当時からちょっと変わった新人だったと思いますね。

精神疾患が増え続ける現実にたどり着くまで

製薬業界からの方向転換

本格的に会社をやるにあたって、もともとは製薬メーカー向けのマーケティング事業をやろうとしていました。

ただ、2014〜2015年頃に、製薬業界でコンプライアンス上の問題が大きくなり、既存サービス以外を使いにくい状況になってしまったんです。実際、製薬メーカー5〜6社と進めていたPoC(実証実験)も、すべてストップしてしまいました。

それで、製薬メーカー側の事情に左右される事業からは、もう離れようと思ったんです。そこで、ゼロベースで考え直したときに、行き着いたのが「医師のHR」という切り口です。

家族と夕食を囲みながら話していたときに、産業医の仕事をやってみたいという話が出ました。それをきっかけに、産業医の領域について本格的に調べ始めたんです。そのなかで、日本でも精神疾患が、どんどん増えているフェーズに入っていることが見えてきました。

精神疾患の増加に着目

私自身、大企業などで働いていた頃、成果を出しても評価や給与に反映されないことや、物事を決めるスピードの遅さなどを経験しています。組織が非合理的な意思決定をすることもありましたし、今以上にセクハラやパワハラも珍しくありませんでした。

その一方で、ITの普及によって情報量はどんどん増えていく。パソコンでいろいろなアプリケーションを立ち上げるとフリーズするように、人間も処理しなければならない情報が増えれば、負荷が高くなっていくと考えたんです。

少子高齢化で若い働き手も減っていくなかで、企業の予算配分はメンタルヘルス対策や健康管理へ変わっていくだろうと、2015年の春から夏にかけて仮説を立てました。そして2016年から本格的にサービスをスタートして、今に至ります。

エンジニアの不調から学んだこと

当時はファイナンス環境もよくなかったので、システム開発の仕事もかなり手がけていました。私自身も数十のプロジェクトに関わり、PM(プロジェクトマネージャー)としてER図をつくるところまでやっていたんです。

そんななか、エンジニアがメンタルの不調を抱えることがありました。私自身、投資ファンド時代には月400時間くらい働いていたので、会社を始めて300〜350時間くらいになったときは、「楽になった」と感じていました。

ところが、あるエンジニアは150時間くらいしか働いていないのに、「苦しい」と話すんです。話を聞くと、仕事だけではなく家族との関係にも悩みがあり、当時は精神科にも通っていました。薬を変更した後には、立っているのも難しい状態になり、「仕事を辞めさせてください」という話になったこともありましたね。

こうした出来事も重なり、病気になってからどうするかだけではなく、そもそも「不調にならないためにはどうすればいいのか」を考えるようになりました。

メンタルヘルスを支える事業

産業保健とメンタルヘルス対策を軸に

現在は企業向けの産業保健・メンタルヘルス対策を中心に、3,500社以上のお客さまに利用いただいています。日本を代表するような大手企業のお客さまも多くいますね。全国で約600人ほどの産業医が稼働しており、産業保健を担う看護職も正社員で40名以上います。

学校に保健室があるように、大きな会社にも保健室のような機能があります。中堅企業くらいからそうしたニーズが増えてくるので、会社の「保健室」のような機能を運営していると考えてもらうと、イメージしやすいと思いますね。

クリニック運営とリワーク支援

当社ではオンライン診療や対面診療を行う精神科・心療内科を中心とした、メンタルクリニックの運営をサポートしています。また「リワーク」という、いわば心のリハビリのような取り組みもしています。

スポーツ選手がケガから復帰するときも、医師から復帰してよいと言われた瞬間に、いきなり以前と同じ負荷でプレーするわけではないですよね。少しずつ負荷を上げながら復帰していきます。

メンタルの不調から仕事に戻る場合も、同じように段階を踏むことが大切だと考えています。そのため、当社では通所型のリワーク支援も行っています。

生活習慣まで含めたトータルサポート

また、不調を抱えている方のなかには、自分を責める方向に偏りすぎたり、逆に周囲へ原因を求める方向に偏りすぎたりするケースが少なくありません。そうした物事の捉え方にも向き合い、認知行動へのアプローチも行っています。加えて、食生活などの生活習慣も含めてサポートしていますね。

産業保健・クリニックの運営支援・リワークなど、メンタルヘルスに関わる領域をトータルで支援しているのが当社の特徴です。私たちはこれをバリューチェーンと表現しています。

事業で苦労してきたこと

開発チームの対立で組織が崩壊

システム開発をしていた頃、ウォーターフォール型とアジャイル型、それぞれのやり方を主張するエンジニア同士が、ぶつかってしまったことがありました。

当時の私自身は、「お客さまが喜べば、どちらでもいいんじゃないの?」という結果主義だったんです。ところがチーム同士の対立から、組織が一度空中分解してしまい、規模もかなり縮小してしまいました。

今振り返ると、プロダクトのフェーズによって、適したやり方は変わると思っています。ベータ版やアルファ版であれば、アジャイルのほうが向いている。一方で、どこかのタイミングで一度つくり直すのであれば、ウォーターフォールで進めたほうがいいというのが、今の私の考えです。

経営者としての責任

組織が空中分解したとき、自分も人のせいにしていた側面があったと気づきました。今では、末端のアルバイトがミスをして、お客さまから指摘を受けたとしても、それは自分の責任だと考えています。

金融やコンサルティングの世界にいた頃は、プロフェッショナルファーム特有の文化が当たり前だと思っていました。しかし、それは一般的な組織とはかなり違うことを理解して、自分で組織をつくっていくことを学ぶまでには2〜3年かかりました。

ただ、その経験を通じて組織開発についてかなり勉強したので、それが現在のメンタルヘルス対策にも生きています。結果として、サービスもかなりユニークなものになったと思いますね。

今後のビジョン

健康管理のOSを握る

メンタルヘルス対策というニッチな領域は、一般にはまだそれほど知られていません。一方で、大企業や中堅企業の人事には、少しずつ知られるようになってきています。まず目指しているのは、デファクトになることです。

単純にマーケティングを強化して、認知度を上げるという話ではありません。日経225に名を連ねる企業の過半数で、健康管理や産業保健のOSを握ることを考えています。

教育委員会や行政もお客さまなので、そうした領域でも過半数を取りにいく。その状態になれば、業界で真っ先に名前の挙がる存在になれると考えています。

学生へのメッセージ

挑戦にリスクはない

どんどんチャレンジして失敗すればいいと思います。失敗も失敗ではありませんし、チャレンジして傷ついた分だけ、よい人材になっていくと思うんです。だから、どんどん挑戦してほしいですね。

チャレンジはノーリスクです。リスクなんてないと思っています。私自身、学生時代は学生らしく、パーティーやイベントをたくさんやったり、勉強したりしていました。

信頼資産をつくることが大事

もし今の自分のまま学生に戻れるとしたら、自分自身の「信頼資産」をつくることにフォーカスするでしょうね。それが大企業に行くことかもしれないし、コンサルティング会社に行くことかもしれない。起業することかもしれません。方法は何でも構いません。

ですが、信頼できない人に対して、仕事を依頼しようとは思わないじゃないですか。だからこそ、自分の信頼を積み上げていくことが大事だと考えています。

ビジネス自体も何でもいいと思いますよ。たとえば飲食も面白いかもしれませんし、東南アジアに行って働くことも一つの選択肢です。

でも、常識的に考えるなら、人口が増えているところにベットするのが早い。私たちでいえば、精神疾患が増えている領域にベットしてきました。そのときに自分が一番関心を持てるものを選びながら、伸びている領域を見るという考え方は大切だと思います。

編集後記

刀禰さんのお話をお伺いして、メンタルヘルスという課題への向き合い方が、ご自身の入院経験やエンジニアの方の不調など、実体験を通じて形づくられてきたのだと感じました。

「チャレンジはノーリスク」という言葉や、自分自身の「信頼資産」をつくることにフォーカスするというお話は、これから社会に出る私たち学生にとって、非常に印象に残るメッセージでした。貴重なお話をありがとうございました。