インタビュー

40歳で独立、遅くなんかない。「石橋を叩く」自分を捨てたら人生が動き出した

40歳で独立、遅くなんかない。「石橋を叩く」自分を捨てたら人生が動き出した
PROFILE
株式会社IKIZAMA 代表取締役CEO
笠松 将志

殻を破り、独立するまで

昔から自分の城を持ちたかった

私が株式会社IKIZAMAを創業したのは、5年前のことです。ただ、独立したいと突然思い立ったわけではなく、若いころから「なんとなく自分で何かをやるんだろうな」と思っていました。当時は言葉にすることも人に伝えることも得意ではなく、それを口にするのが恥ずかしいという気持ちもあって、その思いは心の中に秘めていました。

15年間、営業畑を中心に人事や拠点のマネジメント、SaaS事業まで、いろいろな領域を経験してきました。私はもともと慎重な性格で、新しいことを始めるのがとても怖いタイプなんです。これはたぶん、失敗しない生き方を良しとする価値観の影響もあったと思います。ただ、その殻は15年のあいだに仕事や出会った人たちとの対話を通じて、少しずつ破れていきました。「こういうことを言ってもいいんだ」「これはチャレンジになるんだ」と思えるようになり、挑戦するたびに自信がつき、できることも増え、助けてくれる仲間も見えてくる。そんな好循環に入っていった感覚があります。

「たくさんの人に囲まれて死にたい」からの逆算

いよいよ外に出る理由をつくらなければと思ったとき、私は自分が人生の最後を迎える瞬間を想像しました。人の価値は、人生の幕を閉じたあとに残るものだと思ったんです。自分がこの世を去るとき、出会ってきた人たちが集まって思い出を語り合い、その場でまた新しい出会いが生まれていくような、そんな風にたくさんの人に囲まれていたいという思いがふわっと出てきました。そこから逆算して、どういう生き方をすればそこにたどり着けるのかを考えるようになったんです。

新卒のころ、私は神奈川県の都心から離れたエリアで求人広告の営業を担当していました。そこで実感したのは、資本力や知名度のある会社にお金も仕事も集まりやすいという、日本の取引構造です。上場企業が悩まないようなことでも、中小・零細企業はとても悩みます。困っている人を助けたいと思ったときに、それが許されるのは自分で意思決定できる立場にいる人だけなんです。会社に属していれば、会社の指示に従わなくてはいけないし、売上をつくらなければいけないのも当然のこと。でも自分が決裁者であれば、「今回は0円でもいい」「5万円、10万円でもやります」と言ってあげられる。そう考えたのが、創業を決めた理由のひとつです。

個人の私利私欲やお金のために独立しようといった思いは、私には1%もありません。生きていくための最低限のお金はもちろん必要ですが、物欲もなければ、お金持ちや有名人になりたいという願望もない。むしろあまり表には出たくなくて、裏方として支える立役者でいたいタイプなんです。困っている人を助けたい。それが、私にとっての創業や経営なんだと思います。

強みは「実行の徹底度」

特別な才能より、コツコツやり続ける力

弊社は業務委託を含めて10人ほどのチームです。正直、飛び抜けて目立つ強みがあるわけではありません。強みというのは、他者と比べてどうかという曖昧なものだと思っています。その上で、私たちは物事をシンプルに捉えられる人間の集まりであり、かつ「実行の徹底度」が非常に高いチームだと思っています。

私自身、これまでの営業や人事の仕事において、天才肌だとも、特別何かに長けたスーパーマンだとも思っていません。やるべきことをコツコツとやり続けることこそが、いちばん成果につながると信じて生きてきました。今もその考え方を徹底しています。だから、私たちに任せていただければ途中で逃げませんし、結果に対して曖昧な言い訳もしません。うまくいかないこともありますが、なぜ成果が出なかったのか、次はどうするのかを徹底的に明らかにする。環境や市場のせいにするだけで終わらせず、最後の最後で違いを出すのは、自分たちが実行の徹底度をどこまで上げられるかだと思っています。

ストーリーがつながっていく関係づくり

「弊社の強みはこれです」と売り込む時間を削って、その分、信頼できるパートナーをとにかく助けたい。営業で困っていれば営業を、採用で困っていれば採用を助ける。そうすることで、複数の業者に依頼する無駄な手間やタイムラグがなくなり、お客さまとの関係のストーリーがどんどんつながっていきます。「10年前はこうだったね」「あのときはまだ3人のチームだったのに」というふうに。

まずはリード獲得など営業まわりの支援をおこない、売上が上がってくると今度は組織の仲間が必要になるので人事・採用の支援に入ります。組織が拡大してくると、属人化した業務をマニュアル化・ナレッジ化したいという話になり、それが仕組み化の支援につながる。そして、既存事業が軌道に乗ると今度は新しい事業をつくりたいという話になります。たまたま私がこれらの事業領域すべてに現場で携わってきたので、一気通貫で伴走できるんです。

また、支援にあたっては、お相手の経営スタイルや組織におけるお立場によって、言葉の選び方もアプローチも変えています。強烈な意志で牽引されるオーナー経営者様には忖度せず本質をズバズバとお伝えし、大きな組織の中で調整や合意形成を重視される役員様の前では、その方のお立場や社内での信頼を守りながら丁寧にお伝えする。営業や面接でこれまで数多くの方と接してきたなかで、相手の表情や仕草から何を考えているかを察し、最適なお話し方をする力が自然と鍛えられたのだと思います。

40歳から始まった、遅くない挑戦

私が起業したのは40歳のころで、周囲からは「なぜ今さら」と言われたこともあります。若い学生起業家も増えているなかで、「40歳から何がしたいんだ」と。でも、私は遅いとはまったく思っていません。焦って起業する必要はないと、挑戦を迷っている皆さんに伝えたいです。

理想は、世界中の人が自社の仲間としてつながっている状態です。それこそが本当の世界平和につながると思っています。障がいのある方や働き方に制約のある方を含めるダイバーシティ(多様性)も重要視されますが、多様なバックグラウンドを持つ世界中の人々が1つの組織の中で切磋琢磨している状況こそ、最強だと思うんです。時差がある中で社員総会をどう開催するかを、今から真剣に考えているくらいです。

一度結んだ絆は簡単には切れません。高校や大学の同級生と20年ぶりに会っても一瞬で昔に戻れるのと同じように、部活動で一緒に苦しい思いをして結果を出したときのような熱い仲間意識を、事業を通じてもつくっていきたいと思っています。

迷ったらやる。それが全てだった

本当によくやってこられたなと思う一方で、「なぜあのときやらなかったのか」と悔やむこともあります。失敗が怖くて、どうしても石橋を叩いてしまいがちですが、迷ったらやったほうがいいと本気で思っています。やってみて仮にうまくいかなくても、リスク管理さえしていればやり直せない失敗なんてありません。すべてがかけがえのない経験であり、「ナイスチャレンジ」なんです。不安だな、やっていいのかなと悩んでいるくらいなら、一歩を踏み出してみる。これは、当時の自分に一番伝えたい言葉でもあります。

そして、自分を大事にするのは当たり前のことですが、自分を大切にしたいならなおさら、まずは目の前の他者を大事にしたほうがいいと思っています。単に「何かしてあげる」という見返りを求めるアプローチではなく、心から「力を貸したい」と思える感情。そして、その姿勢を次の世代にもつないでいく。目の前にいる人、そしてこれから出会う人たちの存在を意識して、誇れる生き方ができていれば、人生は必ず良い方向へ進むと信じています。

編集後記

今回の取材で印象的だったのは、笠松さんが「実行の徹底度」という、とてもシンプルな言葉に強い信念を持たれていたことです。特別な才能ではなく、コツコツと積み重ねる姿勢こそが成果につながるという考え方は、これから社会に出る学生にとっても大きなヒントになると感じました。「迷ったらやる」という言葉には、失敗を恐れて一歩を踏み出せずにいる私自身にも、勇気をもらいました。貴重なお話をありがとうございました。