インタビュー

バーナー屋というブルーオーシャンで、感謝を忘れずに走り続ける

バーナー屋というブルーオーシャンで、感謝を忘れずに走り続ける
PROFILE
ホクネツ株式会社 代表取締役社長
松本 聖心

野球一色だった学生時代から一転、営業デビュー

野球漬けの高校時代

私、学生時代はもっぱら野球ばかりしていました。実家の会社を継ぐ必要があるのかなと考えていた時期もあったんですけど、親からは継がなくていいと言われていて。そのおかげで思う存分野球に打ち込めて、商業高校も野球をするために選んだくらいなんですよね。正直、勉強はほとんどしていませんでした。

スカウトを断り営業の道へ

高校卒業後、実は大学からのスカウトのお話もいただいたんです。ただ、当時は野球を続けるというよりも早く働いて車に乗りたいという欲のほうが強くて。今思えばアホな話なんですけど、そのお誘いを断って、大手の農機具メーカーに営業として就職しました。そこで営業のノウハウやエンジンの知識を学んで、北陸3県の新人営業マンのコンテストで1位を取らせていただいたこともあります。

偶然見つけた父の会社、バーナーとの出会い

入院がきっかけの転職

営業成績を評価してもらったタイミングで、入院してしまったんです。その時に将来のことをじっくり考えて、農業関連の業界はこの先厳しくなるかもしれないと感じました。ちょうど先輩が働いていた大手ボイラーメーカーでメンテナンスの募集があったので、そちらに転職を決めました。実はその会社の下請け企業リストの中に、うちの父の会社の名前があったんですよね。全然知らなかったので、本当に偶然でした。

レッドオーシャンから抜け出す挑戦

4年ほどその会社で働いた後、転勤の話が出ました。結婚して子どももいたので地元を離れたくないと思い、24歳ぐらいで父の会社に入りました。当時は3人だけの会社で、ボイラーや設備関係が事業の主流。バーナーの売上は全体の10%程度しかなかったんです。ボイラ業界は下請けが多く、競争も激しいレッドオーシャンで、お互いに足を引っ張りあうなどドロドロしたところに正直ちょっとうんざりしていました。うちの商売メニューを見直してみたときバーナーという分野は、自動車整備士のような国家資格が存在しないんですよね。だからこそ手がける人が少なくて、ここなら勝負できるのではと感じました。

お客様の紹介だけで全国4拠点まで広がった理由

口コミだけで広がった営業網

きっかけは、富山にあるお客様のさらにお客様であるガス会社さんでのバーナー修理でした。そこからその会社さまの社内で広まり、それの噂を聞いた他のガス会社や炉メーカー、商社からもご依頼をいただくようになって、これまでのような飛び込み営業をしなくても自然に仕事をいただく輪が広がっていったんです。その流れに乗って関東(埼玉)、東海(愛知)、そして3年前には関西(大阪)にも出店し、現在は全国4拠点体制になりました。私たちの業界は1人か2人でメーカーにぶら下がって仕事をしている下請け形式の方が多いんですけど、うちは30人規模かつ4拠点という体制なので、バーナーメンテナンスに特化した会社としてみたとき日本国内の同業社と比較しても対応力についてはお客様にとってメリットを見いだせていると思います。

35歳での社長就任、父との衝突と再出発

保守と革新のぶつかり合い

社長を交代したのは35歳の時で、今年で16年目になります。父はどちらかというと石橋を叩いて渡る性格で、私は真逆の革新派。新しいことをどんどんやりたいタイプだったので、従業員の前で喧嘩をしてしまうくらい衝突していた時期がありました。ある日ふと自分を振り返って、父の立場を考えずに突っ走っていたことに気づき、直接謝りに行ったんです。今後は方針に従うからと伝えたところ、逆に父からは「来年交代する。伴走するのは1年だけ」と言われて。その後、父は口を出したくないという理由から取締役にも就かず相談役という立場から後ろ盾となってくれいてます。

覚悟が生んだ危機の乗り越え方

社長就任直後に倒産に直結するかつ自己破産しなければいけないというところまで追い込まれた出来事がありました。人間は切羽詰まると本性が出るといいますが、私の場合は落ち込むだけ落ち込んだ後にノートに不安なことを書き出してみたんです。会社がなくなる、離婚するなど色々書き出した中に一つも「死ぬ」とは書いていなかった。それに気がついて別に死ぬわけじゃないんだなとなんだか吹っ切れて、そこから落ち込み思考→解決思考に頭を切り替えられました。最終的には賠償金を払わなくて済むところで収まって、むしろ逃げずに対応した姿をお客様から評価いただいたんです。あの経験のおかげで、その後起こった大変な出来事も乗り越えられる心の強さを持つことができたと感じています。

お客様と対等に向き合う、感謝を軸にした経営

うちのスタッフもよく言うんですけど、私たちメンテナンス業者はお客様と主従関係になりにくく、他業種と比べてある程度は対等にお話することができるんですよね。だからと言って自分の力を過信して勘違いして横柄な態度を取る可能性も高くなるので、うちのスタッフにはそれは身の破滅につながることを常々伝えております。お客様には当社の技術を買っていただいていますし、私たちの仕事でお客様の役に立っている実感を直接感謝という形でいただけるこの仕事は本当の意味での仕事の喜びを感じやすいと思います。うちの社訓では「感謝の心」を掲げていて、今あることを当たり前に思わずに周りの支えに感謝する心こそ、自然に謙虚な状態でいられる元になると思っています。横柄になったり自惚れてお客様が離れていきて事業がうまくいかなくなった方々をよく見てますので。

西日本への想いと、工夫で燃費を削減する挑戦

会社を大きくしたいという欲はそれほどないんですけど、まだまだ全国に4拠点しかなく、広島にも駐在員を1人置いてはいるものの、西日本エリアはまだまだ弱いと感じています。困っている方が相当数いらっしゃるという肌感覚があるので、そこにサービスが届くような会社に成長できればという思いは持っています。

あとはCO2の問題ですね。実はバーナーは車や電化製品と違って、この40年間ほとんど新商品が出ていないくらい、ある意味完成されていて劇的な進化がむずかしい分野なんです。ただ、案外使い方を工夫するだけでも燃費が下がることがあります。去年ぐらいから力を入れて販売しているホットリーベという商品は、従来のお客様の無駄が多かった部分を少し工夫するだけで、燃料代が大きく下がったという事例とお客様からの報告をいただいております。この分野に本格的に取り組んでいる会社は、日本でもおそらく数社程度。競争が激しくないからこそ、良心的な価格で提案できるブルーオーシャンな業界だと感じています。

未経験からでも一人前になれる環境づくり

今在籍しているスタッフで、この業界の経験者として入社したのはたった1人しかいません。ほかは銀行マン、和菓子職人、営業マン、運送屋さんなど全く違う畑から来たメンバーばかりです。当社では新たに入社してくれたスタッフ向けに技術の基礎講習を行い、関東ベースには実機を置いてあるので、それを使って学びながら現場を経験して、成長を見ながら少しずつ任せていくという流れで育っていっています。一人で修理に出られるようになるまでは、早い人で半年、遅くても2年程度。本当の意味で一人前になるには3年ぐらいかかります。会社としては任せきりにせず必ずバックアップをすると伝えていますし、新人には何度同じことを聞いても何度でも教えるよと言って聞きやすい環境を整えるようにしています。

採用に関しても、これまでは人手不足が課題でしたが、ここ最近は急に応募が増えて今期はすでに定員オーバーの6人の採用ができました。これまで来なかったような20代前半の層からの応募も増えていて、なんでかなと私自身も不思議に思っているところです。採用手法としては、ホームページからの問い合わせのほか、求人サイトや地元の人材情報センター、そして社員からの紹介も多いですね。

学生に伝えたい、2つの力

社会人として大切なことは2つあると思っていて、1つは問題解決する力、もう1つは創造する力です。学生の頃の悩みは大人になると大した問題じゃなかったりすることが多いんですけど、当時は深刻に悩みますよね。
そういう時に、誰かの力を借りてもいいので、逃げずに自分で立ち向かって解決してほしいと思います。
学校というは問題や世の中の理不尽さを小さい規模で経験できるよいところだと思います。

創造力については、人から与えられたものを何も考えずにマニュアルとしてそのまま受け取るのではなく、なぜこうなったんだろうと考える癖をつけることで自然に育っていくのかなと思っています。

編集後記

今回、ホクネツ株式会社の松本聖心さんにお話をうかがいました。私自身あまり知らない業界だったのですが、バーナーという専門性の高い分野で口コミだけで全国に広がっていった過程がとても印象的でした。特に、社長就任時に経験された危機を「死ぬわけじゃない」と気づいて乗り越えたお話には、就職活動を控える身としても勇気をもらいました。問題解決力と創造力という2つの言葉を、日々意識していきたいと思います。貴重なお話をありがとうございました。