ゼロからのスタート
幼少期から、気づいたら父親と同じ道を歩んでいました
父親が今の私と同じ環境測定・分析の仕事をしていて、母親が幼稚園の教諭をしていました。自分ではそこまで意識していなかったんですけど、なぜかこの道に進んでたな、っていう感じで。潜在的なところで影響を受けてたのかもしれないですね。
小学5年生くらいのときに父親が独立して、母親も一緒に仕事に出るようになって。親が帰ってくるのが遅くなったあたりから、環境が少しずつ変わっていった感覚はありましたね。
中学で砲丸投げ、高校で柔道。「投げる」が変わっていきました
中学は陸上部で、砲丸投げと円盤投げをやっていました。走る方じゃなくて、投げる方のパワー系ですね(笑)。高校になったら柔道部へ。
進路は迷わず理系に進みました。化学がとくに得意で、点数もよかったので、そこで分析の道に進もうと決めた感じです。大学ではなくて、大阪にある分析化学専門学校を選びました。日本に一校しかない学校で、卒業後は父親の会社に入ることが専門学校に進んだ時点でもう決まっていたんですよ。みんなが就活している時期に、自分は就活していなくて。その分、勉強にはめちゃくちゃ集中できましたね。
業界の真っただ中で、人が死んでいくのを見ていた
クボタショックのど真ん中にいました
父親の会社では大気・水質・土壌・臭気など、さまざまな環境測定をやっていたんですけど、私の業務の中心になっていったのがアスベスト(石綿(いしわた))関連の業務でした。
ちょうど入社したころが、クボタショックと重なっていて。兵庫県尼崎市のクボタ工場の周辺で、住民の方たちが次々と体調を崩していったり、亡くなっていったりした時期ですね。アスベストが原因だとわかって、国が再認識して、ようやく2005年に石綿障害予防規則(いしわたしょうがいよぼうきそく)ができたんです。その時期に、私はその業界のど真ん中にいたんですよね。
数年後に知っている親方さんが亡くなっていくんですよ。粉塵なんか気にしなくていい、ただのほこりやろって強がってた人たちが。それを目の当たりにして、これをなんとかしないといけないって気持ちが、独立していったきっかけのひとつにもなっていきました。
アスベストは「時限爆弾」と呼ばれています
アスベストが厄介なのは、吸い込んでもすぐに症状が出ないことなんですよね。発症まで10年から40年程かかることもあって、だから「時限爆弾」って呼ばれているんです。発症してからの予後も非常に悪くて、生存できる年数がすごく短い。
昔の工事屋さんが肺がんになっても、タバコの吸いすぎやなって片づけられてきた。でも実はアスベストが原因だった可能性が、あると思っています。
法改正を見越して、令和2年に独立
アスベスト調査が「絶対にやらなければならない」法律になりました
令和3年(2021年)4月に、建物を解体・改修する際にアスベストが含まれているかどうかを事前に調査することが義務化されたんです。環境省・厚生労働省・国土交通省の3省が合同で大気汚染防止法などを改正して、調査なしに工事を進めることができなくなりました。
建設業の人からしたら、また厄介なものができたな、ひと手間必要やな、っていう感じだと思うんですけど。でも私にとっては、これは絶対にくると思っていたので。法律が改正されるとわかっていたから、それに向けて令和2年(2020年)に立ち上げた、という経緯になりますね。
最初は一人でフル回転していました
法律化したことで試行錯誤を重ねながらもボリュームがどんどん増えてきて。除去や撤去をする業者さんも、分析をする私たちみたいな業者も、当時は圧倒的に少なかったので、どこの現場からも来てほしいって声がかかる状態でした。
その後、電気工事業など建設に携わる異業種の方々が「一緒にやりたい」と声をかけてくれるようになって。弊社の方に来ていただいて、アスベストの調査・分析業務と合わせてやっていけたら、という形で今進んできています。父が設立した株式会社サン・テクノスとも連携しながら、グループとして積み上げてきた感じですね。発展途上なのでまだまだ大きいとは言えないですけど、頑張ってる最中です(笑)。
弊社のカルチャーと採用について
失敗は「成功の通過点」
採用でいちばん大切にしているのは、失敗したときにそれを通過点だと思って突き進める人かどうか、というところです。失敗と成功って完全に別物じゃなくて、失敗を積み重ねていって、それを通り抜けた先に成功があると思っているんですよ。途中で辞めてしまったらゼロになっちゃうので。そういう思考を持っている人が、すごくいいなと思いますね。
環境分析の理系人材はもちろん歓迎なんですけど、アスベストじゃないとダメというわけじゃなくて。化学分析ができたら入っていけますよ、というスタンスで、科学分析が得意な方や研究職の経験者も大歓迎です。
命を守る社会貢献企業
工事関係者の方々の健康を守るだけじゃなくて、子どもたちの未来を守るため、健康を守るために社会貢献できる企業だと思っています。お客様・企業様に「あなたたちに会えてよかった」と思っていただける企業で在り続ける、というのが弊社の理念ですね。
不動産オーナーさんや解体業者さんの中には、コストがかかるからと目を伏せたくなる方もいるのはわかるんです。でも、命に関わることだから、いい加減に扱うと後々大変なことになる。工事業者がしっかり対策しているか、周りの人が気づいて声を上げられるようにする。そういうアプローチをいろんな方向からしていきたいですし、アスベストのことを知識として当たり前に知っておいてほしい、というのが正直な気持ちです。
関西を拠点にしてきましたが、この4月から東京エリアにもサテライト拠点を構えて、全国展開に向けて動き出しているところです。
若い世代へのメッセージ
「どうなりたいか」を早めに定める
やっておいてよかったのは、仲間づくりですね。専門学校のときも勉強だけじゃなくて交流にも力を入れていて。就職後の情報交換もできますし、仲間って後になってじわじわ効いてくるんですよ。
あとは、進む方向を早めに決めておいた方がいいと思っています。漠然と生きるよりも、自分はどう在りたいのか、何者になりたいのか。人生のビジョンというか、どこに行きたいのかを定めておく必要があるなと。資格も、必要なものは20代のうちにすべて取るくらいの勢いでやっておくと、後で知識を吸収するスピードが全然違ってくると思いますよ。何かを残したいなら、どうなりたいのかを絶対に定めておいてほしいですね。
編集後記
「命を守る」という言葉をビジネスの中心に据えている会社に出会ったのは初めてでした。アスベストは名前こそ知っていましたが、自分が生まれたころの建物にも含まれている可能性があると聞いて、一気に他人事じゃなくなった気がします。とくに印象に残ったのは、知り合いの親方さんが次々と亡くなっていく現場を見てきたという話。その経験が独立への原動力になっているという言葉に、事業の根っこにある「本気」を感じました。漠然と生きるな、どうなりたいかを定めておけ、という言葉は、就活を前にした私にもじんわり刺さっています。まずは自分のビジョンを言語化するところから始めてみようと思います。