学生時代は「なんとなく」で生きていた
理系だったので、なんとなく院まで行った方がいいよね、ぐらいの認識で進学をしました。就活や社会に出ることへの抵抗もありましたし、研究もぶっちゃけ結構緩い研究室にいたので、平日に遊んだりもしていましたね。まだ働きたくないから院に行った、というくらいの不真面目な学生でした。
インターンは一つも行かなかった
就活のタイミングになっても、インターンには実は一つも行かなくて、いま就活している皆さんほど立派ではなかったんです。3月1日の解禁直前になって、やっと説明会に行きだしたみたいな形でした。自分の未来も全く想像していなくて、インフラ系の有名企業である東京ガスやNTT系列の会社などを一通り受けていたと思います。
甘い考えで受かるはずもなく、見事に全部落ちてしまいました。早稲田だと推薦の枠がまだあったので、5月の途中くらいで「やばい」となり、推薦枠で富士通に入らせてもらったという経緯です。それぐらい怠惰な生徒でした。
富士通時代に芽生えた違和感
3年後の自分が見えてしまった
富士通に入った当初は、転職する気なんてさらさらありませんでした。新卒の研修時代は、講師の方も会社も優秀で、すごくモチベーションが上がるんですよね。「この会社で成り上がってやる」というくらい、最初はモチベーションが高くて、いろいろな関係性を作ってリーダーもやっていました。
ただ、会社に勤め続けるうちに社会の縮図というか、お金の流れや会社の上下関係、年功序列をなんとなく知っていきました。とくに富士通のような会社だと、3年先の先輩を見れば、自分の3年後がそこにあるような感覚でした。それに気づいたときに違和感を感じ、社長になるのは絶対無理、のし上がっていくのも時間がかかるということで悩みました。
フリーランスという生き方に惹かれた
当時、いろいろな「外の世界」をちょこちょこ見ていて、怪しい交流会も含めて複数コミュニティに顔を出していました。自分の人生を振り返ったとき、ワクワクする将来はだいぶ先になりそうだと感じて、人生は1回しかないなら、フリーランスや個人事業主のような働き方をしたいと思うようになったんです。
ちょうど2019年から2020年あたりは、フリーランスという言葉が世の中に出始めた時期でした。そこで富士通の2年目くらいから、案件への参画や独立に向けて検索を重ねるなかで、ITコンサルという仕事を知りました。今のシステムエンジニアとしてのキャリアの延長線上にあり、稼働率を下げて年収を上げる未来も現実感を持って見えたので、転職を決意し、アクセンチュアやベイカレントを受けました。
レベルの高い環境で「ビジネス戦闘力」が上がった
優秀な人材に揉まれる
富士通でも仕事ができる方ばかりだと思っていたのですが、いざアクセンチュアやベイカレントに入ると、上も下も優秀な人ばかりで、何度もへこたれました。厳しいFBで転職を後悔したことも多々ありました。ただ、やはり年収が大きく上がったのでそれに見合うように頑張ろうという気持ちもあって、結果的に「ビジネス戦闘力」が上がっていきました。
ここでいう「ビジネス戦闘力」というのは、そもそもの社会人としての報連相や資料作成など基礎的なことを指しています。コンサル人材はこの基礎スキルがとんでもなく高いです。コンサルという仕事内容自体も面白いのですが、それ以上に、高い教育や部長職以上との顧客折衝を繰り返す環境に身を置けたことが、自分の人生にすごくプラスになったと思っています。
ベンチャーコンサルへの挑戦
コンサルで3年ほど経験を積むと、独立できそうだという感覚が見えてきました。ただ、自分のキャリアを振り返ったときにベンチャーやスタートアップの経験がなかったので、このままフリーランスになったら後悔が残るかもしれないなと思いました。それで一度、組織を大きくするような経験をしてみたいと思い、ベンチャーのコンサル会社に行きました。
そこでは1年ほど自分で案件を取って、自分の力で動くという、いわば模擬フリーランスのような働き方をしていました。そこで一人でも働けそうだという実感を得ることができて、独立を決意しました。その中で組織を大きくしたり、メディア運営をしたり、採用に関わったりする経験が楽しく、組織でしかできないレバレッジのかけ方に気づいて会社を作ることに決めました。
コンサルと人材紹介、二つの事業を持つ理由
面接対策5,000円から始まった副業
実はアクセンチュアやベイカレントの時代から、副業でエージェント経由の面接対策をしていました。1時間5,000円ほどで、年間100名くらい対応していたと思います。自分自身がコンサルに行って本当に良かったと思っているので、その良さを人に伝えたいという想いと、若いうちから2回の転職で何度もコンサル業界の面接をしてきたという、自分にあって他の人にはない武器を活かしたいという想いが重なっていました。
人材紹介は副業ではできない
副業を続けるうちに面接対策という部分的な支援ではなく、惹きつけから内定承諾までの人材紹介をやりたいと思うようになりました。しかし人材紹介事業は許認可制の事業で、副業としてはできない仕組みになっています。転職エージェント会社に入ることも考えましたが、コンサルとしてのキャリアを止めることは怖かったです。そこで、コンサルを続けつつ人材紹介事業も副業的にやることができる弊社を設立しました。弊社であればコンサルでこれまでの年収を維持しつつ、更に空いた時間で転職支援をすることができ、フリーランス以上に稼ぐようなことも可能です。
デアゼイン・コンサルティングの強み
現役・OBとつながれる人材紹介
人材紹介事業の強みは、まず自分自身が面接対策をずっとやってきたことと、コンサル業界に長くいて、外との繋がりをたくさん作ってきたことです。各社の各職位に現役社員やOBの知り合いが必ずいると言っても過言ではないので、転職したいと思ったときに、近しい年齢の現役・OBから話を聞けることを強みにしています。YouTubeなどでずっと情報発信してきたことによる信頼性も、流入の一因になっていると思います。
原動力は内定の瞬間
面接対策に特に力を入れているので、最初は「この子はちょっと難しいだろうな」と思っていた候補者が、回数を重ねるごとに改善されて、最終的に内定できた瞬間はすごく原動力になります。実際に入社した方からLINEで「転職してよかったです」とメッセージをもらえることも、大きな原動力になっています。
コンサル業界の魅力は「レベルの高い環境」
コンサルティングスキルや顧客折衝の経験など魅力はいろいろありますが、一番はやはりレベルの高い環境に身を置けることだと思っています。コンサル会社の研修プログラムはとても質が高く、中小企業の3年目の社員よりも、コンサル会社で半年研修を終えた人の方が、資料作成能力やコミュニケーションスキルが高く感じられることもあります。それぐらい、社会人として大事な20代を過ごす環境としての価値が大きいと思っています。
AI時代でもコンサルの需要はなくならない
AIが普及してコンサルもいらないのではないか、という意見もよく聞きますが、現場で肌で感じる限り、需要が減っている実感はありません。むしろコードを書くだけのエンジニアの需要などが少なくなっている印象です。Claudeのようなツールに指示を丁寧に書けばある程度のものはできてしまい、その流れは今度も止まらないと思います。ただどれだけ技術が発展しても、その技術をクライアントに説明できる人間は必要で、それがコンサルの役割だと思っています。直近の案件でも、AIサービスの比較やAIエージェント導入について、自分でコードを書くわけではないが、技術をクライアントに説明して、エンジニアと組んで納品するという動きが結構あります。
学生へのメッセージ ―「選択肢が増える決断」を
キャリアプランなんて無くていいと、よく学生に伝えています。自分のやりたいことは、環境や年齢によっていくらでも変わるものです。5年前の自分が今の自分を想像できていたかというと、絶対に無理だったと思います。だからこそ、将来の選択肢が増える決断を、常にして欲しいです。
たとえば今の就活でコンサルが人気なのも、将来の選択肢が増えるからだと思っています。社会に出ていないうちは、何がしたいか分かりません。だからこそ、何かしたいと思ったときにその会社に行けるだけの社歴やレベルを身につけておきたいです。コンサル業界出身者は転職スカウトの数も多く、同じ年次でも他業界出身者の倍ほど届くこともあります。スカウト数が多いということはそれだけ行ける会社の選択肢が広いということなので、就活でも転職でも選択肢が広がる方を選んで欲しいです。
編集後記
今回のお話で印象に残ったのは「キャリアプランは無くていい」という言葉です。明確な目標を持つことが正解だと思っていたので、選択肢を広げる決断を積み重ねるという考え方は、自分自身の進路選びにも参考になりました。コンサルという環境で得られる「ビジネス戦闘力」という言葉も印象的で、就活生としてどんな環境に身を置くべきか、改めて考えるきっかけになりました。貴重なお話をありがとうございました。