インタビュー

長時間の通学、そして客船で世界一周。ラグジュアリートラベル20年を経てたどり着いた、保育士のための新しい市場

長時間の通学、そして客船で世界一周。ラグジュアリートラベル20年を経てたどり着いた、保育士のための新しい市場
PROFILE
Synk株式会社 代表取締役
菅原沙耶

学生時代

鎌倉から学習院、片道2時間

大学は学習院大学に入りました。指定校推薦のため学部は二つの中から選べたのですが、フランス文化に興味があったので仏文学科に。クイズダービーで有名な故篠沢教授のゼミでフランス語とフランス文学を学んでいました。

ただ、学習院大学は目白にあって、私の実家は神奈川県鎌倉市なんですよね。当時は湘南新宿ラインもなかったので、片道二時間はかかっていました。あまりに辛すぎて、二年生の頃に渋谷にマンションを借りたこともあるのですが、結局は実家から通う生活でした。往復四時間、起きている時間の四分の一くらいはずっと移動していたと思います。朝もラッシュ、帰りもラッシュ。一限から取らないといけないですし、当時の学習院大学は本当に高校生の延長みたいな時間割で、午前からありましたので。正直、大学キャンパス生活をエンジョイしたという記憶はあまりありません。

今でも仲良くしている友人たちに出会えたのは宝ですが、当時から社会や経済に興味を持って進路を見据えていれば、勉強にももっと力が入ったのではないかと、当時の過ごし方を少し勿体無く感じます。

逗子の海で過ごしたウィンドサーフィン部

学習院大学にはいろいろなサークルがあって、新歓もかなり盛んでした。その中で鎌倉の近く、逗子で活動しているウインドサーフィン愛好会を見つけて入りました。理由は単純で、家が近かったから。他のサークルだと通うだけで時間がかかってしまい、一限に出るのもいっぱいいっぱいなのに朝練にはとても行けませんし、夜の練習や飲み会が終わると帰りは12時を過ぎてしまいます。近場以外で活動しているサークルは、そもそも選択肢に入らなかったんです。

ウインドサーフィンは見た目の爽やかさと違ってマッチョな世界ですので、根性のない私にはそれはそれで大変でしたが、それでも地元の海で仲間と過ごした時間はとても良い思い出です。今でも同期や先輩たちとは季節ごとに集まったり、日常的に地元で飲んだり、当時の思い出話からお互いのビジネスの話まで仲良くおつきあいさせていただいています。

客船で世界一周

飛鳥のエンターテインメント部門へ

グローバルな仕事がしたいという思いがぼんやりあって、本命はANAの地上職と日本郵船の乗組員でした。最終的に選んだのは日本郵船で、客船「飛鳥」の乗組員になりました。

当時の飛鳥の、4大卒の配属先は、陸上社員、ホテル部の事務方であるパーサー部、船内ショップの販売、そして私が配属されたエンターテインメント部門の4つでした。エンターテインメント部門は、朝のデッキウォーキングやストレッチ教室から、ダンス教室、手芸やアート・アンド・クラフトの講師、夜はラスベガススタイルのショーの司会進行まで、お客さまが船内で過ごす時間を楽しませる仕事です。

祖父が船旅好きで、小学生の頃から飛鳥に旅行で乗っていたのです。当時そこで働く人たちを見て、勝手にプロの司会者や芸能人の卵のような存在だと思っていました。実際に就活をしてみると、まず商船大学卒業でなくても働けることがわかり、志望しました。

五回の世界一周

在籍したのは六年ほど。南極圏以外の7つの海を巡り、世界一周クルーズを5回経験させてもらいました。厳密にはヨーロッパやニューヨークで途中下船することもありましたが、いろいろな航路で五回ほど経験しました。

三十手前で結婚するタイミングで退職しました。クルーズの世界が大好きだったので、次はHISの子会社でクルーズを専門にする会社に就職しています。日本郵船の飛鳥はお客さまも乗組員もほぼ日本人でしたが、休みが長く世界中を旅行する中で海外のクルーズにも乗るようになり、外国船のダイナミックさや、幅広い層のゲストにマーケティングする面白さに魅力を感じて虜になりました。結婚して出産し、働き方を変えるタイミングでもあったので、海外の船を扱うクルーズ専門の旅行会社に移りました。

ラグジュアリートラベルからコロナ禍の転機

自分の仕事の提供価値

その後、海外の船会社の日本の代理店をつとめる会社に移りました。ここではBtoBの仕事を長く担当したのですが、扱うのはラグジュアリー業界。旅行の単価が数百万円、南極クルーズだと三百万、四百万というような世界のプロダクトです。

旅行業というよりは、いわゆるラグジュアリービジネスで様々な業界・業種と連携しながら海外ブランドを日本マーケットに広めていくお仕事でやりがいを持って過ごしていましたが、コロナ禍で「エッセンシャルワーカー」という言葉が出てきて、自分の仕事はどういう価値を生み出しているんだろうと考えるようになりました。ずっとラグジュアリートラベルをやってきたからこそ、富裕層によるラグジュアリー消費をエッセンシャルワーカーの方たちに届けるような仕組みができないか、という思いを持つようになったのはこの頃です。

保育士資格とインバウンドへの目覚め

コロナ禍でアウトバウンドのビジネスが完全にストップし、Go Toトラベルが始まって私たちもインバウンドに目を向けるようになりました。誰も海外に行かなかったので。旅行の文脈ではそこで初めてインバウンドの魅力に気づいたんです。日本の素晴らしいものをPRしているうちに、日本の素晴らしさに自分自身が気づいてしまって、コロナが終わってもこちらの仕事がしたいと思うようになりました。

同じ時期、シングルマザーになったこともあり、絶対に食いっぱぐれない国家資格をもう一つ取ろうと保育士試験を受けて取得しました。保育士という仕事を勉強する中で、これは人間を育てる、人間の基礎を作る素晴らしい仕事だと感じたのですが、実際の時給を見ると非常に低い水準で、やる気があってもこれだけで食べていくのはなかなか厳しいだろうと思いました。ここで、ずっと温めていた「ラグジュアリー消費を福祉の方に循環させる」ということが、旅行と保育、二つの専門性を持ったことでできるのではないかと思い、今の事業を始めました。

Synk株式会社設立、事業内容

子連れ旅行の不完全燃焼感

サービスをわかりやすく言うと、旅行中の保育サービスです。日本に来る富裕層観光客はミシュランでお寿司を食べたい、和会席を食べたい、美術品や工芸品に触れたい、日本の伝統文化芸能を鑑賞したいという本物志向の方が多いのですが、子どもがいるとそれができないので最初から諦めていたり、夫婦で交代して行ったりしています。実際に調査を取ったところ、全体の66%が子どもがいることを理由に諦めているという結果が出ました。そこで、旅行先のホテルで国家資格を持つ保育士が安心・安全にお子さまをお預かりするサービスを提供すれば、親御さんは本物の日本体験ができ、お子さんも安心して過ごせます。彼らの支払い能力や消費が日本の三倍ほどあると感じていたので、保育士さんにもその分、時給を三倍出せると考えました。

このきっかけには、私自身が子連れで旅行に行くたびに感じていたもどかしさがあります。小さな子どもは旅行先でも昼寝のリズムを崩さないことが望ましいですし、眠くなると機嫌も悪くなります。また、旅先でどんなに楽しくても夜9時頃には寝てしまいます。結局、夜は部屋から動けないんです。地方に行って飲み屋さんに行きたいとか、地域の人と交流したいとか、船旅ならイベントに参加したいと思っても、子どもが寝たら普通の親は置いて行けません。少し大きくなると、旅行先でも観光そっちのけでゲームをして過ごし、家にいるのと変わらなくなってしまう。一生懸命準備して楽しみにしていても、結局は「私は何のために旅行に来たんだっけ」とぐったりしてしまう。それでも子どもにいろいろな景色や人との触れ合いを楽しんでほしい、思い出を一緒に作りたいという思いがあるからこそ、目と手を離せない緊張感と、そんなはずじゃなかったという不完全燃焼感が同時に生まれてしまうんです。二泊三日でも、二、三時間だけ自分のためにお土産をじっくり選びたい、何かに没頭したいという時間があってもいいんじゃないかと思って作ったサービスです。

現在はBtoBtoCのモデルで、ホテルのコンシェルジュさんやラグジュアリー系の旅行会社さんから主にお仕事をいただいています。

保育士と語学人材のバディ制度

今、実際に二倍から三倍の時給を保育士さんにお支払いできていて、英語ができる保育士さんだと三倍になっています。ただ、この事業は英語力ではなく、保育士さんのスキルや知識に感銘を受けて始めたものなので、語学ができない保育士さんにもこの仕事をしてもらいたいと思っています。そこで考えているのが、語学人材をバディにして二人で一人の子どもを見る仕組みです。保育士さんは子どもの安全や年齢に応じた遊び方、食事の見守りなど専門性を発揮できる一方、言葉ができる若い人材が一緒にいることで、子どもも楽しく過ごせます。

この語学人材の部分を、学生さんにもお願いできたらと考えています。海外の子どもたちは日本のサブカルチャーがとても好きなので、漫画を一緒に読んだり、絵を描いたり、アニメを見ながら声優のまねをして日本語を教えたりと、何でも一緒に楽しんでくれる存在を求めています。

今後の展望・採用課題

学生の力を借りたサービス作り

保育士さん・看護師さんの採用も、外国語人材の採用も、まだ十分にお金をかけられていません。品質を大切にしたいので、急に人が増えすぎるのも今は難しく、少しずつ増やしています。とはいえ、時給は2,000円〜3,000円ほど出せるので、知ってもらえれば興味を持ってもらえるのではないかと思っています。

学生さんにこだわっている理由は、子どもの目線に近いからです。人間国宝の方たちとご一緒するような本格的な日本文化の体験は、保育士としての目線を入れて監修していけますが、子どもが本当に熱狂するような体験のアイデアは、私のような大人にはなかなか難しいところがあります。今一番やってみたいのは、動画クリエイターとの連携や、日本のサブカルを楽しめるようなコンテンツ作りです。日本に来たからこそ実現するエンタメを、海外のお子さんに楽しんで欲しいです。

日本のIPを世界の子どもたちへ

海外では鬼滅の刃やナルトのような日本のアニメがとても人気で、親が日本を旅行先に選んでいなくても、子どもの方から「ナルトの国に行きたい」というふうに親を動かすケースがあると聞きます。日本は神秘的でエキゾチックだと憧れられている一方で、言葉が通じないという固定観念から優先順位が下がってしまうことも多いようです。だからこそ、子どもが日本に行きたいと思うきっかけを、私たちの事業からも作れたらと考えています。

人口が減少し、いろいろな産業が落ち込んでいく中で、観光業やインバウンドの力は日本にとってますます重要になっていくと思います。旅行と保育、二つの専門性を掛け合わせて、保育士さんの社会的な評価を上げながら、日本に来る家族みんなが満足できる仕組みを作っていきたいです。

編集後記

今回お話を伺って、一つのキャリアの中に「旅行」と「保育」という、一見交わらない二つの専門性が重なっていく過程がとても印象的でした。ラグジュアリートラベル業界で二十年近く積み重ねたブランディングや営業の経験と、コロナ禍という誰も予想しなかった状況から生まれた保育士資格。この二つが掛け合わさって、訪日観光客の子育て世代が抱える課題に届くサービスになっているのだと感じました。学生の力を必要としている場面も多く、興味を持った同世代の方はぜひ話を聞いてみてほしいです。