インタビュー

褒められなかった25年と、父が初めてくれた「なかなかやるじゃないか」

褒められなかった25年と、父が初めてくれた「なかなかやるじゃないか」
PROFILE
株式会社シー・エス・エス 代表取締役 CEO
佐川 学

バブル崩壊の就職氷河期に社会へ出た原体験

名前を書けば受かる時代の終わり

私が社会に出たのは、ちょうどバブルが崩壊したタイミングでした。それまでは毎日がお祭りのような時代で、大人も子どもも「将来このままキラキラしたまま続くのかな」とみんな思っていた。名前を書けば就職できるような状況だったのに、急に採用の門が狭まったんです。きちんと準備していた人はなんとかなったけれど、私みたいなタイプはなかなか苦労しましたね。

「社長にだけはなりたくない」

子どもの頃、社長だった父はとにかく忙しかった。月曜日から土曜日まで、私が朝起きる前に家を出て、寝る頃に帰ってくる。日曜日はゴルフの付き合いが入ったり、たまに家にいても疲れて一日中寝ていたり。会社がうまくいっていない時期もあって、そのイライラを家に持ち帰っては母が怒鳴られて泣いていることもありました。「社長になるって、すごく大変なんだな」と子供心ながらにずっと思っていて、「こういう風にはなりたくない」という感覚が刷り込まれてしまったんです。

だから大学でもあまり勉強しなかったし、親の言うことも聞かなかった。就職も希望する仕事にはつけませんでしたが、親に縋るのだけは嫌だったので、自分で見つけた飲食系の会社に入社して、管理運営の仕事から社会人を始めました。

父の老いが覚悟を変えた

見舞いに来た父の白髪

飲食の仕事を続けていたものの、景気はどんどん下がっていく。担当していたところの売上もますます厳しくなり、人件費を削れるだけ削って「回せるところは私一人で回していく」という状態でした。そんなときに体を壊して入院してしまったんです。

入院中に、しばらく会っていなかった父が見舞いに来てくれました。久しぶりに見たら、ずいぶん白髪が増えて顔も老けている。いい加減な息子なのに、こうして気にかけてくれるんだと、かなり動揺しましたね。年を取った父の姿を見て、「父のために何かやれる、最初で最後のチャンスかもしれない」と思ったんです。

20代後半、覚悟を決めた入社

それまでダメな人間だった自覚はあります。でも、そこで覚悟を決めて父の会社に入りました。29歳のときです。親孝行として、ここからは本気でやろうと決意しました。

泣かず飛ばずの10年と突然つながった経験

新卒30人と並んだ社内研修

入社したのは4月で、20代前半の新卒社員が30人近くいました。その中に、未経験ということで同じタイミングで入社して、一緒に新人研修を受けたわけです。一人だけ年上の人間がいる状態ですね。最初はプログラミングの研修から始まって、そのままプログラマーとして開発を4年ほど。その後は企画や管理部門、自社パッケージの企画などいろいろな部署を回りました。

ただ、30代後半くらいまでは正直なところ泣かず飛ばず。社長の息子だから、人の3倍4倍やらないと認めてもらえないんですよね。それでも歯を食いしばってやり続けていました。

営業で一気に開花した日

ある時、営業に回ることになったんです。開発は画面に向かっている仕事なので、外から見て優秀かどうかの判断がしにくい。でも営業は売上という数字がはっきり出る。私はしゃべるのが好きだったし、お客様に何かあったらすぐ駆けつけるフットワークの良さもありました。

毎年前年比20〜30%増しで売上が伸びていったんです。周りの人たちはそこまでの成績ではなかったので、数字で示せたことで「お前なかなかやるね」と言ってもらえるようになった。

振り返ると、営業だけやっていたらこの成果は出なかったかもしれません。開発、管理、企画と短い期間にいろいろ経験したことが、営業を始めた瞬間にパッとつながった。点と点が線になるように、急に力がわいてきた感覚でしたね。

売上15億円から31億円へ、社長就任後の挑戦

1社依存が崩れた日

営業で成果を出したタイミングで社長に就任しました。就任前、弊社は特定の証券会社グループからの受注が売上の約8割を占めていたんです。リーマン・ショックの影響でそのお客様からの仕事が3割ほど急に落ちた。それまで「弊社の仕事だけやってほしい」と言われていたのに、突然「他からも仕事を取ってくれ」と。弊社にとっても大きなピンチでした。

でも、このピンチを乗り越えるために他の金融機関さんから開発の仕事を取り始めたんです。一つのお客様に集中してきた実績やノウハウを、複数のお客様に展開できるようになった。結果的にたくさんのお客様からお仕事をいただけるようになり、売上が大きく伸びました。ピンチがチャンスに変わった瞬間でしたね。

AIは使うより実装する

もうひとつの成長要因は、新しい領域への挑戦です。私が社長に就任してから、AWS(Amazon Web Services)でのクラウドサービスの構築やビッグデータの活用といった領域に事業を広げていきました。

最近ではAIにも力を入れています。同業の会社さんはAIを使ってプログラミングの効率化やスケジュール短縮に注目しているところがほとんどですが、弊社はシステムの中にAIの仕組みを組み込む側に注力しています。たとえばAIエージェントをシステムの中でより活用できるようにするといった取り組みです。AIを使うだけなら、いずれ誰にでもできるようになる。価値が残るところ、需要が伸びるところに注力していかなければなりません。

父が初めてくれた言葉

社長に就任して約10年。就任前の売上は15億円でしたが、直近の3月決算ではグループで31億円を超えました。

それまで一度も褒めてくれなかった父が、「お前なかなかやるじゃないか、頑張ってるじゃないか」と言ってくれたんです。父の前では言えなかったけれど、めちゃくちゃ嬉しかった。体を壊したときに「親孝行の最後のチャンスかもしれない」と思って飛び込んで、29歳から55歳の今まで走り続けてきました。褒めてもらえるまでにずいぶん時間がかかったけれど、父が元気なうちにやっと親孝行ができたのかなと思っています。

労働集約型から価値創造企業へ

「Qube」立ち上げの決断

今後のビジョンとして大きく掲げているのが、労働集約型ビジネスからの脱却です。システム開発の会社は人数がいればいるほど仕事を受けられて儲かるという構造でしたが、AIが人間の代わりに働くようになり、採用も難しくなってくる。この先は成り立たなくなるということを、社長に就任した時にはもうわかっていました。

そこで立ち上げたのが、B2Bコミュニケーションプラットフォーム「Qube」です。プロフェッショナル同士がオンラインとオフラインで交流するというコンセプトで、現在会員数は3,500社を超えています。

作って終わりから、届けて育てるへ

今まではシステムを作ってお客様に納めたらそこで完了でした。でもお客様にとっては、納品された後に使って効果が出るところに本当の価値がある。自分たちで「Qube」を運営してみると、「全然ユーザーが使ってくれない」「ここで離脱している」といった気づきがたくさんあるんですよね。

この経験があるからこそ、本当に意味のあるシステムやウェブサービスを作れるようになりました。作って納めて終わりではなく、運営して毎月安定的に収益が入るストックビジネスへと転換していく。下請け的な仕事から、自分たちでサービスを届ける会社へ。それが弊社の将来のビジョンです。

「これからやるから、見ていてください」

失われた30年への責任

若い人たちへのメッセージとして、正直に言うと「失われた30年」に対して結構責任を感じています。私がちょうど社会に出たときから今日まで続いてきた期間ですから。父の世代は次の世代にちゃんとバトンを渡せていたと思うんです。でも私たちの世代は、これから社会に出てくる若い人たちに対して、いい状態でバトンをつなげなきゃいけない。

私ももう50代半ばで、活躍できる時間は限られています。5年から10年、とにかく必死で働いて、若い人が幸せになれるようにしたい。だからメッセージとしては、「これからやるから、見ていてください」ということですかね。

利他の心で回り始めた歯車

弊社のミッションには「良いことをする」という言葉を入れています。ただお金を稼ぐためだけでは、絶対に自分も幸せにはなれない。相手に対して、世の中に対して価値を提供して喜んでもらって、初めて自分にも返ってくるものがある。

30代の頃、なかなかうまくいかず苦しんでいた時期に、京セラ創業者の稲盛和夫氏が執筆した本をたまたま手に取りました。そこで出会ったのが「利他の心」という言葉です。一生懸命やっているのにうまくいかないのは、他人に先に与えるということをわかっていなかったから。その言葉を知ってから、ものごとがすごくうまく回るようになったんです。

チャレンジし続けてきたからこそ50年残れた会社だと思います。現状に満足せず、次へ次へと挑戦を続けられる人と、私は一緒に働きたい。弊社にはそういう土壌がある。社会や人に貢献していく会社であること。それが株式会社シー・エス・エスの一番の魅力だと思っています。

編集後記

佐川社長のお話で一番心に残ったのは、「これからやるから、見ていてください」という若者へのメッセージでした。取材を通じて数多くの経営者にお話を伺ってきましたが、このような言葉をくださった方は初めてです。「失われた30年」への責任を自分ごととして引き受け、次の世代のために走り続ける姿勢に、学生の私自身がとても励まされました。長年褒めてもらえなかった中で成果を出し続け、お父様から「なかなかやるじゃないか」を勝ち取ったエピソードにも胸が熱くなります。利他の心を大切にしながら、下請けからサービスを届ける企業へと進化を続ける株式会社シー・エス・エスの今後がとても楽しみです。