目標のなかった学生時代
二浪して大学に入った
実は、あんまり参考になるようなこと、大学時代は話せなくて。私、高校を卒業したあと二浪して、札幌の私立の大学に入ったんですよね。
目的もなく学部を選んだ
その当時、全く目標がなくて。何がやりたくてこの学部に入ったとか、そういうのが一切なかったんです。とりあえずやることがなくて、なんとか大学に入ったような感じで、目的もなく、たまたま入れる学部に入りました。学んでいくうちに見つかるかと思っていたら、学んでも見つからなくて。実は卒業までに六年もかかっているんですよね。
二浪した上に六年かかっているんで、大学生としてはかなりよくない大学生だったと思います。ちゃんと勉強もしていなかったし、目標も目的も見つけられなかった。今振り返ると、大学に行かないで、独立して仕事をしたり社会人として経験を積んだりしていたほうがよかったんじゃないかなというぐらいで、正直あまりいいことはお伝えできないですね。
たまたま出会った行政書士
三十歳前に資格を探した
大学を卒業したあとも、本当にやりたい仕事が特になくて。小さな会社をいくつかプラプラと、フリーターのような形で働いていました。でも三十歳が近づいてきて、ちゃんとしなきゃいけないなという気持ちが出てきたんです。そのタイミングで、どんな資格があるかなと調べてみたら、自分でも受けられそうだったのが行政書士でした。
これがやりたくて行政書士になったとか、何か目的があって選んだわけではなくて、何かしなきゃいけないと思って、たまたま頑張って取ってみたのが行政書士だったんですよね。そこまでは特に目標もなく、たまたま偶然でした。
家系図という仕事を知った
行政書士を取ったあと、行政書士
でどんな仕事があるんだろうと調べていきました。大きく分けると、行政書士の仕事には法人向けと個人向けがあって、法人向けだと会社設立の手続きや許認可、個人向けだと相続関係の相関図作成や車庫証明など、役所に届ける仕事を代わりにおこなうものが多いんです。
その中に、戸籍を取って家系図を作るという仕事があって。行政書士業務の中でも割と新しい分野で、私が行政書士になったころにやり始めた人がいたぐらいの新しい業務でした。なんだか面白そうだなと思って、ちょっとやってみたら本当に面白かったんです。全て偶然、たまたまそこにたどり着いた感じですね。
自分の家系のことも全く知らなくて、おじいちゃんの名前も知らないぐらいだったんですけど、まず自分の戸籍を取ってみたんです。お父さん、おじいちゃんとさかのぼっていったら、五代前、江戸末期の先祖まで、たどり着くことができました。戸籍を読むのは難しいので、これは人の代わりにやる仕事になるんじゃないかと思ったんですよね。
ちょうどそのころ、今では当たり前かもしれませんが、私のような個人事業主がホームページで営業を始めた走りぐらいの時期でした。行政書士がホームページを持ち始めた初めのころに、たまたまホームページを作って家系図の営業を始めてみたら、家系図作成は役所から郵送で戸籍を請求できる、全国対応の仕事だったので、ホームページでの営業と相性がよかったんです。それで少しずつ仕事が入ってくるようになりました。
そもそも家系図を作る仕事自体ができたばかりで、大手の業者がいたら入り込めなかったかもしれないんですけど、ニッチな分野だったことと、インターネットの特性がたまたま合っていたんですよね。学生時代は目的も見つからず勉強もしなかったんですけど、ホームページで営業して仕事にしてみたら、そこからはものすごく本を読んで勉強しましたね。
家系図作成という仕事の中身
戸籍で四、五代遡る
例えば依頼者の方の出身地の役所に戸籍を請求して、その戸籍を見て次はお父さんの戸籍、その次はおじいさんの戸籍というふうにさかのぼっていきます。江戸末期の戸籍が残っているので、そこまでたどり着くのがまず基本です。四、五代前、江戸末期までの家系図を作るというのが、一番基本的な形になります。
農村地なら江戸初期までわかることも
そこからさらにさかのぼれるかどうかは、ケースバイケースになります。江戸末期に先祖が住んでいた場所がわかれば、その土地の歴史を調べて、武士が住んでいた町なのか、農村地なのかを見ていきます。日本の八割は農村地なので、農村地だとすると、次はその村の歴史を調べていくんです。
農村地は江戸時代、移動の制限があったので、戸籍で江戸末期までたどってどこの村に住んでいたかがわかれば、四百年前の江戸初期からそこに住んでいた可能性が高いんですよね。そこから郷土資料に記録がないか、お寺の過去帳に記録が残っていないか、その地域に同族だった本家のような家がないか、家系図が残っていないかを尋ねていく、という仕事になります。普通の人はこのことを知らないし、ノウハウも知らないので、ものすごくニッチな仕事です。
これからのビジョン
まず会社を続けること
短期的なビジョンは、とりあえず会社ですね。今スタッフもいるので、まず会社が生き残るように、ある程度依頼を受けて、スタッフに給料を払って続けていくしかないと思っています。
家系図をアニメや映画に
長期的には、今の家系図が自分で作れるとか、どうやって作れるとかいうことが、ほとんど誰にも知られていないんですよね。だから、ちょっと夢のような話ですが、家系図をテーマにした映画やアニメ、ドラマを作ってみたいとすごく思っていて。そのために、家系図をテーマにした小説の本を出したんです。この本をもとに、映画化なりアニメ化なりの道を探りたいというのが長期的なところですね。まずは知ってもらわないといけないので。
家系図は今しか作れない
戸籍には保管期限がある
家系図はもう、今しか作れないんですよね。今なら、たまたま日本にある戸籍制度で古い戸籍が取れるんですけど、戸籍には保管の期限があって、年々破棄されていくものなんです。私たちの子ども世代になると、今なら江戸末期まで四、五代さかのぼれる家系図も、作れなくなってきます。まずはそのことを知ってもらって、そのうえで作るか作らないかを選んでもらうのがいいのかなと思っています。
人の記憶も薄れていく
戸籍だけでなく、人の記憶も当然忘れられていきます。今なら近い人、お父さんやおじいちゃんに話を聞けば家系のことがわかるかもしれないし、昔の同族やお寺を見つけて話を聞けばわかるかもしれない。それが、どんどんわからなくなっていくと思うんですよね。
今なら例えば明治や大正の地元の人名録、人名辞典のようなものに家系の記録が載っていたりするんですけど、個人情報保護の規程がどんどん厳しくなっていて、そういう本もきっと閲覧禁止になっていく可能性があります。江戸時代に武士だった家であれば武士の名簿、明治の士族名簿など、今は見られるものも、どんどん見られなくなっていくんじゃないかと思うので、その点も早めに知っておいたほうがいいのかなと思いますね。次の代はさらに作りにくくなっていきますから。
学生に伝えたいこと
素直さを失わなかった
何をするにしても、自分は二十代、大学もちゃんとできなかったし、ちゃんと社会人も勤めていなかったんですけど、少なくとも素直ではいたんですよね。
大学時代に初めてアルバイトをしたとき、本当にだらしない人間だったので、コンビニでもダラダラ働いていたんです。そのとき、店長にすごく怒られました。「みんなからお弁当一個買ってもらってお金をもらって仕事する以上、バイトだろうが社員だろうが関係なくプロなんだ。そんな態度じゃダメなんだよ」って。反抗期的な気持ちもあったんですけど、なるほどなと、すごく腑に落ちる部分があって。それからアルバイトながらちゃんと働くようになったんです。
その後、ホームページでの営業を始めたときも、最初は全くわからなかったんですけど、いろいろな本を読んで、自分にスッとくることもあれば、そうじゃないこともあって。とりあえず一旦素直に受け止めて、自分の中を白紙にする。拒絶反応を示しがちなんですけど、そうじゃなくて、こういう考え方もあるんだと、頑固にならないようにする。とにかく素直な部分は残しておけばいいのかなと思っています。
行政書士で二十年やっていける人って、ほんの一握りぐらいしかいないんです。どんどん消えていく人には、素直な部分がないんですよね。人のアドバイスを聞かない、変なプライドがある。そういうプライドは、捨てたほうがいいんじゃないかと思います。
もちろん、すごく突き抜ける人の中には、プライドの塊で人の話を一切聞かずに、自分の力で登っていってしまうタイプもいるので、一概には言えないんですけどね。それでも自分は、素直な部分を残してよかったなと思っています。
ニッチだからこそ生き残れた
学歴も全くないところから、とりあえず書籍の出版まで行けたのは、メジャーな分野ではできなかったと思っていて。ニッチに行ったからこそ、専門化したからこそできたことだと思っています。
行政書士でも、どの業務もこなせるオールマイティーな人もいれば、これしかやらないと特化する人もいます。自分は特化のほうに行ったんですよね。どちらも正解だと思うんですけど、なんとか続けられているのは特化したからこそだと思います。ニッチだからこそ認知度は低いんですけど、逆に知ってもらえればブルーオーシャンとも言えるんですよね。競合があまりいないので。
編集後記
今回、渡辺様のお話をお伺いして、まず驚いたのは「全て偶然、たまたま」という言葉が何度も出てきたことです。大学を六年かけて卒業し、目的もなく行政書士を取り、たまたま出会った家系図という仕事にのめり込んでいく。その道のりに華やかさはありませんが、素直に受け止め、素直に学び続けてきた姿勢が、二十年以上続く事業につながっているのだと感じました。ニッチな分野を選んだからこそ見えた景色があるというお話は、これから進路を選ぶ私たち学生にとっても、大きなヒントになると思います。