大学は経済学部、音楽に明け暮れていた
私は大学では経済学部に進みました。マーケティングなども勉強していたのですが、当時本気で打ち込んでいたのはアルバイトと音楽です。いずれ就職することも考えて、いろいろな分野のアルバイトを経験するようにしていました。趣味だった音楽は当時まだCDの時代だったので、レコーディングをして全国から仲間が集まってくるような活動をしていたんですよね。
東京行きを断って大学を卒業した
音楽には本気で打ち込んでいましたが、将来それで生計を立てたいというよりも、自分自身を表現する手段として続けていたという感覚のほうが強かったです。
当時は「東京に来ないか」と声をかけてもらう機会もありました。ただ、自分の中では大学だけはきちんと卒業すると決めていたので、その道を選ぶことはありませんでした。音楽に没頭していた一方で、それをメインのキャリアにするという考えではなかったんです。
就職活動についても、最初から明確な目標があったわけではありません。周りが就職活動を始めるなかで、自分にはどんな働き方が合っているのか、なかなか答えが見つかりませんでした。当時は非正規雇用という働き方も広まり始めていた時期だったこともあり、音楽を続けながら働ける環境を模索していたのが、大学時代の自分でした。
ご縁がつないだ建設業という道
音楽を続けながらできる仕事はないかと考えていたとき、音楽関係の先輩から建設業の仕事を紹介していただきました。それが、今の仕事につながる最初のきっかけです。
私は昔から、人とのご縁を大切にしたいという思いが強く、興味を持ったことにはまず挑戦してみたいという性格でした。そのため「まずはやってみよう」という気持ちで、建設業の世界に飛び込みました。
数か月の修行で独立を決意
最初は仕事を一から教えていただき、私自身も「できるだけ多くを吸収したい」という思いで必死に取り組んでいました。ただ、その修業期間は想像以上に短く、数か月ほどで独立することになったんです。
まだ十分な経験を積めたとは言えない状態でしたが、大学を卒業した年の春から夏にかけて独立し、23歳の8月に個人事業を立ち上げました。それが、現在の会社の原点です。ただ、独立後の現場では、そこから多くの苦労を経験することになりました。
一人親方から会社を育てていく
独立した当初は、もちろん後ろ盾があるわけではなく、何よりも仕事を確保することが大きな課題でした。
建設業には元請け・下請けという構造があります。私は外壁工事を手掛ける会社の下請けとして仕事を任せていただき、そこで安定した案件をいただけるようになりました。その仕事を軸に少しずつ信頼を積み重ね、ご紹介や新たなご縁を通じて事業の幅を広げていきました。
資格取得と研修で会社の強みを築く
社員を雇うようになってからは、自分より年上の方と一緒に働く機会も増えました。働きやすい環境をつくろうと、日々のコミュニケーションに気を配り、福利厚生も少しずつ整えていきました。ただ、振り返ると反省すべきことも多く、経営者として試行錯誤の連続でした。
一方で、会社として安定して仕事を受け続けるためには、自分自身の技術や信頼を高めることが欠かせないと考え、国家資格の取得や各種研修への参加にも積極的に取り組みました。そうして専門性を磨いてきたことが会社の強みとなり、安定した受注や雇用の拡大につながりました。今振り返ると、その時期が会社にとって大きな転換点だったと感じています。
住宅から公共施設まで、幅広い現場を経験
現在は、個人住宅の修繕からビルやマンション、さらには小学校の改修工事といった公共施設まで、幅広い現場を手がけています。トヨタ関連企業の工事を下請けとして担当することもあり、多様な案件に携わってきました。
特に個人のお客様向けでは、「雨漏り対応」を強みの一つとして打ち出しています。専門性を前面に出したことでお問い合わせも増え、新たなお客様とのご縁や集客の広がりにつながっています。
ポートメッセなごや 名古屋市国際展示場でスキルが磨かれた
印象的な現場でいうと、ポートメッセなごや 名古屋市国際展示場ですね。かなりボリュームがあって、ゴールまでのプロセスのなかでいろいろなスキルを求められました。工程の調整もそうですし、様々な現場に入る職長として連携の力も磨かれました。コロナ禍という大変な時期で、パンデミックやクラスターへの対応をしながら仕事を進める必要がありました。さらに、全国から出張で集まった職人をまとめる役割も任されていたので、本当に苦労しましたが、その分、大きく成長できた現場だったと思います。
資材高騰という逆風のなかで
ここ数年の資材価格の高騰は、当社にも大きな影響を与えました。特に2月頃からは影響が顕著になり、工事を進めたくても進められない状況が続いたんです。
資材価格の高騰を理由に工事が延期になったり、必要な材料が手に入らなかったり、入荷できても値上げが予定されていたりと、見積もりを出すことさえ難しい場面がありました。お客様も先行きに不安を感じていたと思います。そうした厳しい時期を乗り越え、現在は少しずつ回復に向けて事業を立て直しているところです。
ドローンも「安心を暮らしに。」を体現する取り組み
ドローンをはじめとする新しい技術を積極的に取り入れているのは、防水工事を提供する会社から、「安心を暮らしに。」という価値を届ける会社へと進化したいという思いがあるからです。
私たちは、高品質な施工だけでなく、お客様に安心を届けることを何より大切にしています。その考えのもと、ブランドデザインの統一や朝礼の充実など、社内の意識づくりにも力を入れてきました。
社員一人ひとりと理念を共有し、「より良い安心を届けるには何が必要か」を追求してきた結果、その取り組みを形にしたものの一つがドローンの活用です。
地域密着へのこだわり
県外からご依頼をいただくこともありますが、当社から積極的に営業エリアを広げることはしていません。
各地域には、それぞれ地域に根ざした優れた会社があります。だからこそ、無理に事業を拡大するのではなく、私たちは地域に密着し、この地域に暮らす皆さまへ安心を届け続けることを大切にしています。それが地域を元気にすることにもつながると考えています。
それぞれの夢に伴走する組織づくり
現在、社員は6名で、そのうち2名が20代です。若い世代には、自分なりの夢や目標を持ち、働くことに喜びややりがいを感じてほしいと思っています。組織づくりも採用も、まだまだ可能性のある段階です。その分、一人ひとりが成長できる機会はたくさんあります。社員には、それぞれの人生で実現したいビジョンや夢をしっかり描いてほしい。そして私は、その実現に伴走する存在でありたいと考えています。一人ひとりの得意なことや強みを伸ばし、自分らしく活躍できる組織をつくることが私の目標です。
求めるのは「素直さ」
多様性が尊重される時代になったことは、とても素晴らしいことだと思います。ただ、その一方で、自分本位になってはいけないとも考えています。私たちの仕事は、地域の暮らしを支え、幸せにするためのものです。その一員として大切なのは、「まず相手のために行動する」というギブの精神だと思っています。私が考える「素直さ」とは、当たり前のことを当たり前に続けられることです。大人になると誰かに教えてもらう機会は少なくなります。だからこそ、基本を大切にし、凡事を徹底できる人こそ、本当に素直な人だと考えています。
「KEEPs」という社名に込めた思い
私は、事業において最も大切なのは「思い」だと考えています。
社名の「KEEPs」には、「地域を家族のように守り、安心して暮らし続けられる社会をつくりたい」という願いを込めました。「KEEP(守る・継続する)」という言葉を、そのまま会社の名前にしています。
「地域を家族のように守る」という考え方には、本当の家族を大切にしたいという私自身の思いも重なっています。私が考える幸せとは、お互いに支え合い、そのことを喜び合える状態です。幸せは誰かに与えてもらうものではなく、自ら行動し、つかみ取るものだと思っています。だからこそ、一人ひとりが自立できる環境をつくり、その先で自己実現という夢を描きながら、お互いを支え合える会社でありたいと考えています。
まず行動することが成長につながる
今は、キャリアアップの選択肢が広がり、自分次第でいくらでも可能性を広げられる時代です。その一方で、自分の人生に責任を持つのも自分自身です。だからこそ、自分を磨き続けることが何より大切だと思っています。
私自身、20代は決して順風満帆ではありませんでした。それでも、ご縁に感謝し、目の前の仕事に全力で向き合うことだけは続けてきました。100%、いや120%やり切ったと胸を張って言えるくらい努力した先には、必ず自分だけのドラマが待っていると信じています。
興味を持ったことがあれば、悩み続けるよりも、まず行動してみることが大切です。やってみてから考えればいい。失敗しても構いません。
考えているだけでは、1年後も10年後も何も変わりません。まずは小さく始めて、そこから改善を重ねていけばいい。思い立ったらすぐに行動し、違うと思ったら次に進む。その積み重ねが、必ず自分自身の成長につながると確信しています。
編集後記
猪塚さんのお話を伺って、最初はクールな印象だったのですが、話が進むにつれて面倒見の良さと愛情深さがとても伝わってきました。数か月の修行だけで独立するという行動力にまず驚きましたが、そのぶん現場で泥臭く学び続けてきたからこそ、今の「安心を暮らしに」という思いに説得力があるのだと感じます。まずやってみる、という姿勢は学生の私にも刺さるメッセージでした。あわせてチェックしてみてください。