インタビュー

「ありがとう」の一言から独立を決意。あなたのSaaSに「目」を持たせる

「ありがとう」の一言から独立を決意。あなたのSaaSに「目」を持たせる
PROFILE
MASO株式会社 代表取締役
荒井 貴光

パナソニックで得た「現場を支える」原体験

交通インフラの改善に携わる

私は前職、パナソニックでエンジニアとして働いていました。最初に携わったのは、110番の事件や事故の通報からパトカーが現場に向かうためのシステムです。そのほかにも、高速道路の渋滞情報を伝えて事故を避けてもらったり、パトロール隊が早く現場に到着できるように運用を円滑にしたりする仕事もしていました。一般道であれば、交通量が最大限に流れるためには、どのような信号機がよいのかを考えるなど、主に交通インフラに関わる業務改善に取り組んでいました。

防犯カメラで世界トップシェアに

その後、防犯カメラの部隊に異動しました。国内シェアはナンバーワン、世界でも一位から六位くらいを行き来するようなポジションです。そこからより先進的な取り組みとして、カメラにAIを組み込むプロジェクトに携わるようになりました。ただ撮影するだけではなく、防犯であれば人が近づいたらアラートを上げたり、怪しい人物を検知したりするような機能の開発です。

ひとりでは支えきれない現場の課題

AIカメラがいろいろな場所に導入されるようになると、防犯だけでなく、業務改善という切り口でもっとお役に立てるのではないかと感じるようになりました。そこで手を挙げて、大手のお客さまを中心に課題解決を検討する仕事も担当するようになりました。生成AIも増えてきたころで可能性は感じる一方、カメラの設置方法や、店舗のレイアウト変更による精度の低下で一からやり直しになってしまったり、根本的な困りごとにもたくさん出会いました。1万店舗規模で展開する会社もあるなかで、これを一気に広げるにはどうすればよいのか、という壁もありました。

私がお役に立てるのは、どうしても一社ずつになってしまいます。それであれば、プラットフォームとして仕組み化して、会社としてお役に立てる形にした方が、日本社会に対してより貢献できるのではないかと考えました。今まで良くしてくださった方々への恩返しの意味も込めて、独立を決めました。

一緒に働く人のために独立を選んだ

もともと独立志向が強かったわけではありません。最初の仕事で「ありがとう」と感謝された経験がとても嬉しくて、世の中の役に立ちたいという気持ちが原動力になっていました。本当に独立したいと思った理由は2つあります。

1つは、お客さまであるカメラメーカーが、カメラ性能やAI処理の投資には力を入れる一方、その活用まで自社だけで担うのは難しいという状況を見てきたことです。パートナーとして、そこまでノウハウを持った会社がなかったので、自分がやればよいのではないかと考えました。

もう1つは、身近な方が80歳を超えても現役で元気に働いている姿を見てきたことです。60歳前後で退職するようなシナリオが多いなかで、80歳まで生き生きと働ける社会をつくるにはどうすればよいのかを考えたときに、そういう環境をつくれる会社を自分でつくることが重要だと思い、起業に至りました。

稼ぎたいという気持ちよりも、一緒に仕事をしてきた方々が抱える悩みに対して、自分なりの解決策を示したいという思いの方が強かったと感じています。パナソニックのような大きな会社を辞めることに葛藤はなかったのかとよく聞かれますが、これまでの経験にはまったく後悔がなく、独立した方が周りの方々にとってもよい選択だと思えたので、特別な葛藤はありませんでした。

あなたのSaaSに「目」を持たせる

SaaSが手を出せなかった現場の壁

2010年代ごろから、SaaSが世の中に広まりました。それまではNECや日立のような大手電機メーカーが一気通貫で担っていた業務改善システムを、freeeやマネーフォワードのような会計システムがより身近な規模で実現できるようになり、業務改善の裾野が広がったと感じています。

一方で、そうしたSaaSの会社が「やりたくてもやれていない」領域があります。それが、カメラのようなデバイスを活用したソリューションです。施工の部隊を持っていなかったり、納期が数ヶ月かかるデバイスの発注や故障時のサポート体制を持っていなかったりするためです。もともとSaaSの会社に採用される人材も、ソフトウェアを手がけたい人が中心で、現場のデバイス管理を担う人材とはミスマッチが生じています。

現場の「見えない状態」を可視化する

そこで弊社は、デバイス管理と画像解析によるAIマネジメントを担うことで、SaaSの会社と親和性の高いサービスを提供しています。例えば飲食店であれば掃除が終わったかどうかの検出、ジムであればきれいに清掃されているかどうかの検出、倉庫であれば荷物を持って行ったのか置いていったのかの管理など、さまざまな現場で活用できます。

コワーキングスペースの入り口にある混雑状況を可視化するモニターのようなイメージに近いかもしれません。席の状況だけでなく、宅配物が届いたことを知らせたり、窓口にマイクを設置して会話で対応したりすることも、リーズナブルに展開できます。人がもっとも先に行う判断は目で見ることから始まりますし、五感のうち大半は視覚からの情報です。そこを起点にしたソリューションであれば、活用できる領域はまだまだあると考えています。

常にある不安と向き合いながら

一歩ずつ進めてきた創業からの日々

おかげさまで、これまで一歩ずつ前に進めてきましたが、正直なところ、常に不安はあります。多くの方の縁や運のおかげで、思い描いていた通りに進められていますが、コロナ禍のように、いつ何が起きるかわからない状況のなかで、信用していただいた分をしっかりお返しできるのかは、いつも悩むところです。それでも、いろいろな方との会話や、自分自身で考える時間を重ねることで、不安を次にやるべきことへのモチベーションに変えるようにしています。

業務委託中心の体制で走る

現在、直接の取引先は6社ほどです。社員という形での採用はしておらず、役員は私1人、業務委託は26名ほどで進めています。11月には、新たに役員が1名加わる予定です。プラットフォームの構築に投資をいただきながら開発を進めることと、実際の現場でPoC(概念実証)を積み重ねていくことの2つに、大きく力を入れています。

10年後、30万台のカメラが現場を支える社会へ

10年後には、30万台のカメラがつながり、30万人分の雇用の代替になれたらと考えています。日本社会は労働者人口がどんどん減っていく状況にあるので、それをチャンスと捉え、世界に向けても自動化を進め、運営をより効率的に動かしていくことがポイントになると考えています。AIと現場をつなぐ最初の目としてカメラが機能することで、そうした社会の実現に近づけていけたらと思っています。

学生へのメッセージ

会社のブランドより自分の経験を

今、興味を持っていることをより深く突き進んでいくと、面白くなっていくのではないかと思います。弊社の業務委託26名のうち、6名は学生の方です。画像解析の開発などに、面白いという気持ちから携わってくれています。最近は生成AIを使った開発なので、これまでのプログラマーよりも生産性高く取り組めるチャンスがあり、できることもどんどん増えています。

私がパナソニックに入社したころは、大手企業に入ることがキャリアアップの王道というイメージがありました。しかし今は、会社のブランドよりも、自分自身のブランドや経験をどう積み重ねていくかに価値がある時代になってきています。生成AIを使えば、それをすぐに実現できる環境も簡単に整います。ぜひ、今取り組んでいることや身近なことでよいので、それを突き進めてみてください。そのうち、仕事としても面白くなっていくチャンスがあるはずです。

編集後記

今回、荒井さんのお話を伺って、印象に残ったのは「稼ぎたいから」ではなく「周りの方の悩みを解決したいから」独立を決めたという姿勢でした。大手企業から独立するという大きな決断のなかにも、一貫して他者への思いがあることが伝わってきました。また、生成AIによって学生でも高い生産性で開発に携われるというお話は、キャリアに悩む同世代にとって大きなヒントになると感じました。会社のブランドではなく自分自身の経験を積み重ねていくという言葉を、私自身も大切にしていきたいと思います。