インタビュー

野球一家に生まれ、海外を渡り歩いた男が辿り着いた「自分らしい経営」のかたち

野球一家に生まれ、海外を渡り歩いた男が辿り着いた「自分らしい経営」のかたち
PROFILE
株式会社MarvelWorks 代表取締役
新井拓実

野球と海外が育てた、ストイックな挑戦の土台

挫折をバネに、ビジネスの道へ

野球一家に生まれ、県外に推薦で進学しましたが、そこで挫折を味わいました。しかし、そんな学生時代の経験をバネにしたことが、いまビジネスで挑戦を続ける原動力になっています。

留学が開いた、外の世界への扉

最初の1年は軟式野球のサークルで続けていたんですが、なんか違うな、と感じて1年でやめました。そこから海外に目を向け始めて、大学2年生の終わりに休学してカナダへ1年間留学。帰国後は3年生の時に交換留学でイギリスへ半年間。

帰ってきてからインターンを始めたんですが、光回線の営業や訪問販売、催事販売など、いわゆる「ゴリ押し系」の営業をいろいろ経験しました。そこでは卒業の最終週まで働き続けてました。また、在学中に一度自分で営業の代理店みたいなことをやってみたんですが、あまりうまくいかなくて。また戻ったり、そんな感じの学生生活でしたね。

社会人としての急加速と、起業という「当然の帰結」

起業という「運命」と、新卒1年で見えた限界

実は、家系的に親や親戚も経営者が多く、私にとって起業という道は身近なものでした。最終的に自分でやるのは『運命』のような感覚があり、当初は就職すること自体があまりイメージできていなかったんです。とはいえ、母親からの『一度は就職してほしい』という願いもあり、大学4年の4月という遅いタイミングで就活を始めました。

大学卒業後は、上場Web系ベンチャー企業に就職しました。でも入社してみると、百数十人規模の組織のスピード感が自分には合わなくて。インターン時代は8人ほどの会社でがむしゃらにやっていたので、そのギャップが大きくて。入って3か月で辞表を出したんですが、「もう少しだけ」と部署を変えてもらいながら、結局1年は勤務しました。

その間に次の転職先を探し始めて、「とにかく10人以下の会社」という条件だけで絞って探しました。Wantedly や Twitter(現 X)で引っかかった会社に、まだ1社目に在籍中からダブルワークで入り始めました。朝7時に渋谷で働いて、10時半には新宿へ移動して本業に就き、退社後はカフェで仕事、という生活を半年ほど続けましたね。気合だけは負けたらダメでしょ、と思ってたんで。

コロナ禍の1週間が、転機になった

2社目に3年ほど勤めていた頃、コロナにかかって1週間寝込んだんです。普段は忙しくて立ち止まって考える隙がなかったのに、急に時間ができてしまって。「このままだと終わってっちゃうな」という焦りが出てきて、コロナが明けてすぐに会社を設立しました。入社当時は2名だったその会社も、3年間で社員数10名・売上20億規模まで成長しました。

クライアントの利益を最大化するための、独自の視点

マーケ代理店との違いは「センターピン」

株式会社MarvelWorks(マーベルワークス)では、クライアントの広告運用やマーケティング戦略の立案、SNS 運用など、いわゆる広告代理店的な動きをメインに行っています。

一般的な広告代理店は、広告費のマージンで売り上げが立つビジネスモデルなので、どうしても「広告費をいかに最大化するか」が自社のセンターピンになります。でも、それだとクライアントの広告対効果(ROAS)の最大化と自社の売り上げ最大化が、必ずしもイコールにならないケースがある。

前職では自社サービスのマーケティングを担当していたので、「広告対効果をいかに上げるか」を常に一番の指標として動いてきました。その観点を持ったまま代理店として動けるのが、弊社の強みだと思っています。

職種を越えて活躍できる人材

インターンの設計にも、この考え方が反映されています。今どきの学生はマーケや SNS 運用からやりたい、という人が多い。でも私自身、営業を通ってきたからこそマーケでも動けると感じていて、実際に社内でテストしたら、営業経験があってマーケを担当した人とそうでない人とでは、結果が10倍近く違った。

だから弊社のインターンは、最初は営業に配属し、そこで結果を出した人をマーケ、広告、採用・広報などに他の職種にアサインしていく設計にしています。Infraインターンの 2026 年アワードで3社の中に選んでいただいたのも、この仕組みがある程度機能してきたからかな、と思っています。

また、結果を出して一定期間勤続したインターン生には、最大5万円の航空券補助も出しています。海外に出てほしい、という気持ちが自分の中でどうしてもあって。その制度を活用してすでに2回インターン生たちと海外に行っています。今年の9月にも行く予定で、インターン生が企画してくれています。

数字より「状態」を目指す経営

AI 化を進め、少数精鋭へ

現在、採用において私が最も重視しているのは「AIには代替できない価値を出せるか」という一点です。

なぜなら、MarvelWorksでは徹底的にAIを活用し、少数精鋭で組織を構築しているからです。極論を言えば、私の理想はAIだけでオペレーションが完結する状態。裏を返せば、言われたことだけを完璧にこなすようなタスクであれば、もはや人間が介在する余地はないからです。

だからこそ、ここで共に働く仲間には、AIとは真逆の資質を求めています。何よりの鍵は「1を聞いて10を動ける」力。一つの指示に対して、その背景や目的まで深掘りし、能動的に動いて期待以上の成果を出せる人です。私自身も、そうした「AIの先を行くプレイヤー」であり続けたいですし、同じ意識を持って切磋琢磨できる方とだけ、一緒に走りたいと考えています。

もちろん、数字目標がないわけではありません。前職では3年間で0から20億円まで組織を拡大するプロセスを経験しており、その高密度で爆速な成長プロセスには非常に大きな愛着があります。今度はそれを、AIという武器を使って、より洗練された形で自分の会社で実現したい。少数精鋭で20億円という成果を叩き出す組織を創ること。それが今の私にとっての明確な目標であり、目指すべき『状態』です。

28歳で海外、という目標はすでに叶っていた

大学を卒業する時に「28歳までに海外に出る」と決めていました。逆算すると社会人5、6年目のタイミングで、経済的にも場所を選ばない状態を作らないと間に合わない、と焦っていた部分があります。

実は今もう29歳で、2024年9月からアメリカ大陸を拠点に動いていましたが、現在は台湾に拠点を移し、新たな事業フェーズへと移行しています。

「28歳までに海外に出る」という目標はすでに通過点となりました。現在は台湾に正式な拠点を構え、現地での事業展開を本格化させています。

単にリモートワークで場所を自由にしている段階ではなく、日系企業の海外進出を支援するマーケティングパートナーとして、現地でしっかりと事業価値と売上を生み出すフェーズに入りました。これからは台湾という戦略的拠点を軸に、日本と海外を繋ぐクロスボーダーなビジネスの拡大に、より一層注力していきます。

学生へのメッセージ

学生の皆さんに伝えたいのは、とにかく「学生」や「就活」といった目先のレールに人生を閉じ込めないでほしい、ということです。仕事はあくまで人生の一部であり、決して人生のすべてではない。大局的な視点で、自分の生きる範囲を広げることに全力を注いでください。

どこでも生きていける「個の強さ」を海外で養え

「とにかく海外へ行った方がいい」と強く言っているのは、それが人生の自由度を拡張する最も手っ取り早い手段だからです。2泊3日の観光で終わるのではなく、言葉も文化も違うタフな環境に身を置き、自力で状況を打破する経験をしてほしい。

もしあなたが、言葉の通じない国で一人で飯を食い、生活を築くことができれば、日本の社会で何が起きても怖くなくなります。一つの組織や環境に依存せず、「自分一人でもどこでも生きていける」という確信こそが、最強の人生の武器になるからです。

「指示待ち」から「価値創造」へ。人生のOSを書き換えろ

同じ理由で、学生のうちに法人を作ってみることも強く推奨します。

なぜなら、起業は「指示を待つ側」から「価値を創る側」へと、マインドを強制的にシフトさせてくれるからです。会社を作れば、売上の重みも、組織の課題も、すべて自分に跳ね返ってきます。そのヒリヒリする経験は、事業の成否を超えて、あなたの人生のOSを根底からアップデートしてくれます。

「起業したい」と言いつつ個人事業主止まりで満足しているのはもったいない。人生の主導権を自分で握る感覚を知っているか、そうでないか。その差が、これからの長い人生における「自由度」を決定づけるはずです。

編集後記

新井さんのお話を聞いて、一番印象に残ったのは「大義はない」というスタンスでした。起業家というと、壮大なビジョンを掲げて突き進むイメージがありますが、新井さんの動機はもっとシンプルで、「このままだと終わってっちゃうな」という焦りだったり、「海外に行きたい」という個人の欲求だったり。

それでも積み重ねてきた経験の密度は圧倒的で、結果として事業も人も着実に動いています。数字目標より「状態」を追う経営スタイルは、ゴールを持ちにくい時代において一つのヒントになるような気がしました。インターン生への航空券補助という仕組みも、自分の原体験をそのまま仕組みに落とし込んでいる点が素直にかっこいいと思いました。