インタビュー

実家の豚を「みやじ飯店」まで広げた男は、なぜ20年目に1年生からやり直しているのか

実家の豚を「みやじ飯店」まで広げた男は、なぜ20年目に1年生からやり直しているのか
PROFILE
株式会社みやじ豚 代表取締役
宮治勇輔

株式会社みやじ豚で代表取締役をしている宮治勇輔です。神奈川県藤沢市で、ブランド豚「みやじ豚」の生産から加工、販売までを一貫して手がけています。今年でみやじ豚は20周年を迎えました。

藤沢の小さな養豚農家に生まれて

うちは神奈川県藤沢市で養豚業を営んでいて、そんなに大きな規模ではないのですが、だいたい月100頭ほどの豚を口コミだけで、主に飲食店向けに納めています。生産がメインで、トウモロコシを使わず特製の飼料で育てるのと、きれいな環境で育てることによって、成分分析をすると国産ブランド豚の約2倍のうま味成分が含まれていて、臭みがまったくなく、脂身も軽い豚を生産しています。

今年で20周年ですが、これまでに1,000店舗ほどの飲食店さんとお取引をさせていただいて、今は毎月常時140店舗ほどの飲食店さん、それから松屋銀座のお肉屋さん、自社ECで個人向け、ふるさと納税、湘南初の道の駅「道の駅ちがさき」にも冷凍品を納めています。

バーベキューから始まった

うちの名物イベントに「みやじ豚バーベキュー」というものがあって、法人化する1年前、2005年から21年ほど続けています。年間20回ほど開催していて、常にほぼ満席です。これがいわゆる「バーベキューマーケティング」で、さまざまなメディアに取り上げていただいて、口コミが広がるきっかけになりました。

パソナで学んだ「自分の力」

もともと農家を継ぐつもりはまったくなくて、30歳までに起業したいと思っていました。学生起業をする力もなかったので、普通に就職しようと考えて、当時まだベンチャーの気風を残していたパソナに入りました。4年3ヶ月在籍して、新規プロジェクトに関わらせてもらう機会が多くありましたね。

慶應SFCで育った起業家精神

大学は慶應義塾大学のSFCで、問題発見・問題解決型の21世紀のリーダーを育てるという理念を掲げていた学部でした。教授が普通に大企業なんて行くな、ベンチャーへ行けと言うような環境で、グループワークやパソコンの導入も早かった。そうした空気が、起業家精神を育んでくれたのだと思います。

会社に勤めて仕事をしているだけでは自分の力なんてつかないだろうと思って、毎朝早起きして勉強していました。その中で実家の養豚業に興味を持つようになって、どうせ起業するなら自分にしかできない仕事をしたいと考えるようになりました。実家に帰って親父の後を継ぐことは、自分にしかできない仕事だと思えたんです。一次産業を「かっこよくて、感動があって、稼げる」3K産業にする、という言葉がひらめいたときに、実家に帰って継ごうと決心できました。

メディアが殺到した理由

農家のこせがれネットワークというNPOをみやじ豚設立の3年後に立ち上げたのですが、これがちょうど農業ブームが立ち上がるタイミングと重なりました。メディアが取り上げるには、新規性、社会性、対象が若いこと、関東近郊で取材しやすいことという条件がそろっている必要があります。当時、農業界で若手が新しい取り組みをやっているのは本当に私しかいなかったので、その条件をすべて満たしていました。一度メディアに乗るとそれが信頼になって、芋づる式に次のメディアが取り上げてくれるようになりました。2016年にはDIAMONDハーバード・ビジネス・レビューの「未来を創るU-40経営者」にも選出していただいています。

20年目にして「1年生」に戻った

今、飲食店の立ち上げに挑戦しています。20年やってきて初めてのことです。これまではいかにお金をかけずにやっていくかという発想でしたが、今回は事業譲渡とはいえ、ある程度お金が動きますし、従業員も採用しなければいけません。すぐに黒字になるわけでもないので、なかなか大変だなと感じています。

東京・方南町での出店は、大学の後輩にあたる障害者福祉B型施設の経営者から声をかけられたのがきっかけです。もともとは私が主たる事業者ではなく、肉を卸す立場で1年間は原価で提供していたのですが、オープン1年後に「経営を変わってほしい」と言われて、悩んだ末に引き受けることにしました。方南町は地元の人が多い下町エリアなので、外から人を呼び込むというよりは、ポスティングなど地域に根差したマーケティングが必要だと感じています。

みやじ豚を「100年続くブランド」に

農家のこせがれネットワークでは今、農業の枠を取り払って、すべての家業・ファミリービジネスの後継者のためのコミュニティ作りを行っています。生命保険会社、NPO法人ETIC.との3社共催で「家業イノベーション・ラボ」という活動もしています。全国各地のさまざまな業種の後継者と対話をすると、老舗企業は100年、200年が当たり前で、中には29代目という方もいます。うちは農家としては四代目、今年で創業110年になりますが、みやじ豚としては20周年です。だからこそ、みやじ豚も100年続くブランドにしたいと考えています。

藤沢市はもう都市部で頭数を増やすのが難しい土地柄なので、多角化して人を育て、次の世代にバトンタッチしていきたいと思っています。本当は地元・藤沢に、飲食店兼食肉加工所兼パン屋兼クラフトビール工場のようなものを作りたいのですが、うちのエリアは市街化調整区域で農振地区にあたるため、簡単には建物を建てられません。東京での飲食店の話がきたときに、ここで挑戦しなかったら一生やらないだろうと思って、リスクを取ることにしました。

採用できる体力がまだない

近所には神奈川県内でも数少ない農業高校があって、毎年インターンシップで生徒が来てくれます。優秀な子が多く、ありがたいのですが、正直、今のうちには採用できる体力がありません。どこの会社も売上と利益があって初めて雇える人数が決まりますが、うちは今の人数で会社が回っているので、採用する必要がない状態なんです。それを打破するためには、規模を拡大して売上を伸ばしていく必要があります。それが今回の飲食事業でもありますし、将来的には神奈川でも飲食店ができるといいなとも考えています。

もし多角化してきちんと採用できる力が持てれば、地域の雇用の受け皿にもなりますし、農業と食の分野に面白い人材を輩出する企業になれるかもしれません。今、私は48歳です。バリバリ働ける最後の10年だろうと思っていて、その間にどこまで体制を作れるかを考えています。

学生へのメッセージ

実は慶應のSFCで15年ほど毎年授業をさせてもらっていますし、今年は青山学院大学でもお話させてもらいました。年々、学生がおとなしくなっているような気がしています。地頭はすごく良くなっているのに、積極的に手を挙げて質問するという行動が減っている印象です。

だからこそ、目の前のことを一生懸命やるということが本当に大事だと思っています。20代前半は自分の時間が無限にあるように感じられて、無敵感があると思うのですが、そういう気持ちも行動していくうえで大事です。それでも、なんとなく手を抜いてしまうということは誰にでもあると思います。その意識を「常に全力を出してやってみる」に変えるだけで、ずいぶん成長できるはずです。

授業を一生懸命受けて、積極的に手を挙げて質問する。そんな小さなことの積み重ねで、周りの学生と大きな差がつくと思います。失うものは何もないので、やったもの勝ちです。

編集後記

取材という名の、私自身がとても勉強になった時間でした。パソナ時代の話や、20年目にして飲食事業という新しい挑戦に踏み出す姿から、「目の前のことに全力で取り組む」という言葉の重みを感じました。学生時代、手を挙げることをためらってしまう自分にとって、宮治さんの「やったもの勝ち」という言葉はまっすぐ刺さりました。早稲田大学3年生として、私も日々の授業や活動に、もう少し勇気を持って向き合ってみようと思います。