インタビュー

45歳、無職からの再出発 ― 「日本になかったビジネス」を32年間コツコツ育ててきた話

45歳、無職からの再出発 ― 「日本になかったビジネス」を32年間コツコツ育ててきた話
PROFILE
株式会社トラスト 代表取締役
野間 満

45歳、サラリーマンをやめた日

経営方針の違いに納得できなかった

私はもともとサラリーマンでした。アパレルのメーカーにいて、そのあと出版社、そして最後は食品会社。それぞれ10数年ずつ勤めてきたんですよね。

転機が来たのは45歳のとき、最後にいた食品会社でのことでした。会社の経営方針に、自分がどうしても沿えないと感じてしまったんです。一応、クビになったわけではないんですが、私のほうから身を引くような形になりました。

将来、後悔したくない。その一心でした。曲げられないこだわりが自分の中にあって、安易に小銭のための仕事はしたくないと。そう思って会社を辞めたのが45歳のときです。

家族を抱えての決断

会社を辞めたとき、私は小学生の子どもを抱えて、無職になりました。これから何をしよう、というところから始まったんです。

過去は営業畑を歩いてきたので、自分たちの会社のPRイベントのチラシを、社員で配ったりした経験がありました。それが思いのほか反響があって、レスポンスがあったんですよね。それが今から32年前のことです。

「日本になかったビジネス」との出会い

チラシ配りから生まれたヒント

当時、ポスティングという業というものは、日本にありませんでした。会社が独自でチラシを社員に配ったりすることはあっても、それを生業(なりわい)として、ビジネスとしてやっているところは1件もなかったんです。日本も広いので、どこかにあったかもしれませんが、少なくとも私が知る限りではありませんでした。

もうひとつ、当時思ったことがあります。32年前は、今ほど個人情報にうるさい時代ではなく、地元の長者番付が新聞に載っていたんですよね。高額納税者として名前が出る。それを見て、これは新聞販売店の町の親父さんが長者番付に乗るくらいのビジネスなんだ、これは失敗しないだろうと。そう自信を持ったのが、このビジネスを始めたきっかけです。

全国どこにもなかった商売

創業してからしばらくは、ポスティング一本というわけではありませんでした。ポスティングだけでビジネスをやるのはやっぱり怖くて、もし何かあったときに社員が路頭に迷ってしまいますから、もう1本柱を持たなければいけないと思ったんです。

それでポスティングを始めてから10年ほど経ったころに、メール便の事業も始めました。宅配便の会社がやっているような、あの領域です。ポスティングとメール便、この2本立てで長くやってきました。

ただ、1年半ほど前にメール便からは撤退しています。郵政の問題がいろいろ絡んでいて、弊社のような零細企業では続けるのが難しくなってしまったんですよね。今は完全にポスティング一本でやっています。

3年間、仕事はゼロだった

名刺を配り続けた日々

日本になかったビジネスだったので、まずお客さんを確保するのが本当に大変でした。3年間、毎日営業をかけていたんです。名刺を3,000枚から4,000枚使い切るくらい、ずっと営業を続けていました。それでも仕事はなかったんですよね。仕事がないということは、収入がないということですから。

トラック運転手として食いつないだ1年

小学生の子どもと妻を抱えて、生活のために大変な思いをしました。その間、トラックのドライバーを1年間だけやっていたこともあります。夕方7時ごろから朝5時まで走る仕事で、寝る暇がないんです。大事故になる寸前まで、眠くて仕方がない状態で走っていました。

お金がなくなって、質屋さんにはずいぶんお世話になりました。今でも感謝しています。

突然訪れた転機

2万枚の仕事が生んだ大反響

3年間、お客さんが取れないままやってきたある日、突然仕事が来たんです。2万枚、10万円ほどの仕事でした。当時、ハウスメーカーは週末になると新聞折り込みに30万枚、50万枚という規模でチラシを入れていたんですが、あるメーカーの所長が「面白そうだから」とポスティングを試してくれたんです。

これが大ヒットしました。毎週30万枚、40万枚を新聞折り込みに入れるよりも大きなレスポンスがあって、お客さんが列をなすほど来たそうです。それから毎週使ってもらえるようになりました。

紹介だけで仕事が舞い込むように

1つのハウスメーカーの集客がうまくいっていることが、業界内で噂になっていったんです。よくよく調べたらポスティングだと分かって、どんどん仕事が入るようになりました。営業しなくても、です。3年間毎日営業してゼロだったのが、営業する暇がないくらいお客さんが来るようになりました。

それ以来、私はいまだに営業をしていません。全部紹介です。折り込み以上のレスポンスがあって集客できる、集客できれば売上につながる、費用対効果も上がる。そういう評判がハウスメーカーだけでなく、ほかの業界にも広がっていきました。

大手企業からの依頼、そして壁

NTTからの依頼と前金交渉

大手企業からも直接依頼が来るようになりました。普通、大手企業の仕事は広告代理店を通して来るものですが、弊社には直接依頼が来たんです。ありがたいことに、最初から1,000万円規模の仕事をいただいたんですが、これが逆に困ったことになりました。

弊社の仕事はほとんど人件費なんです。配布するスタッフに先にお金を払わなければいけません。1,000万円の仕事はありがたいけれど、手元にお金がない。それで私は先方に「前金にしてください」とお願いに行きました。信用できないというわけではないんだけれど、と事情を話して、前金にしていただいたんです。

新聞のブラックリストに載った理由

人集めにも苦労しました。新聞の求人欄に募集を出そうとしたら、断られたんです。ブラックリストに載っているからと。つまり、新聞社のお客さんを弊社が取っている、ということなんですよね。今でも掲載してもらえません。

それなら、と考えて、お客さんから預かったチラシと一緒に、自社の募集チラシを配布したんです。そうしたら何百人も応募が集まりました。この経験があってから、お客さんに対して自信を持って「これだけの力があるんです」と話せるようになりました。自分で体験していることですから、これほど強い説得力はありません。

コツコツ、が会社の軸

これまでの経験から思うのは、ウサギとカメの話です。足の速いウサギがカメに負けてしまう、あの話ですね。会社のビジョンとしては、小さなことをコツコツとやっていくこと、それに尽きると思っています。

社員のみんなに感じてもらいたいのは、人間には多少の能力差があるかもしれないけれど、最終的には諦めずにコツコツやる人が結果をつかめる、ということです。弊社の規模はまだ小さいですが、コツコツやれば大きなものをつかめるんだということを、みんなに伝わるように話していきたいと思っています。

学生へのメッセージ

夢を追うだけでは終わらせない

若いころからずっと思っているのは、ワクワクした気持ちで人生を楽しんでほしいということです。可能性は誰にでもあるし、成功をつかむチャンスも誰にでもあると思っています。

ただ、誰もが成功するわけではないんですよね。成功のチャンスをつかむには計画が必要なのに、それを立てずにただ夢を追うだけで終わってしまう人が、現実には多いと思います。焦りに負けて早々と諦めてしまったり、夢の実現に必要な努力や辛抱、忍耐の時間を惜しんでしまったり。粘り強さや継続性、決して諦めない強い心を持つこと、これがものすごく大切だと思っています。

私は大学も出ていませんし、特別な知識があったわけでもありません。45歳で会社を辞めて、半分クビになったような状態からのスタートでした。それでも諦めずにコツコツやっていけば何とかなる。その強い心は、やっぱり大切だと思います。

編集後記

今回のお話を伺って、印象に残ったのは「3年間、仕事がゼロだった」という言葉でした。私自身、まだ大きな挫折を経験したことがないので、その期間をどう乗り越えたのか、想像するだけでも胸が締めつけられるような気持ちになりました。ウサギとカメの話をご自身の経営に重ねてお話しくださったのが印象的で、コツコツ積み重ねることの強さを、就職活動を控える身として改めて感じました。貴重なお話をありがとうございました。