中国という巨大市場に飛び込んだ理由
武器は語学より中身
大学を卒業したあと、私は札幌市の教育文化会館という公共施設で、団体職員として働いていました。安定した仕事でしたが、もともとチャレンジ思考なところがあって、若いうちにどうしても海外に行っておきたいと思っていたんです。
周りで外国語を話しながら海外の人とペラペラ会話をする人を見ると、正直うらやましいと感じる反面、悔しさもありました。私は大阪芸術大学出身でクリエイティブをやっていて、中身は自分のほうがおもしろいはずなのに、コミュニケーションのツールを持っていないから外に開いていけない。この状態にはムカついていましたし、空っぽで語学だけ話せる人にはなりたくなかったんです。
自分がどんどん深みのある人間になっていったときに、それを外国語で発信できる、外国語の情報を取れるという点は、日本のなかではとても大きな差別化になると思っていました。学生の頃からずっと海外に行きたかったんですが、「ここで生きていこう」と思えるような場所が、なかなかピンとこなくて。
上海で見た伸びしろ
初めて中国に行ったのは2010年、25歳のときです。働きながらアーティスト活動もしていて、中国の芸術施設が私をアーティストとして2週間ほど受け入れてくれることになり、上海に行きました。
当時日本では中国の反日感情が強く報じられていた時期でもありましたが、 若い人たちのあいだでは日本のカルチャーがとても人気で、中国のオタクたちが2008年ころから同人誌の即売会をひらいたり、日本のアニメの同人誌を自分たちで作ったりしていました。カルチャーの力はすごいですし、大人と若い人、農村と都市でも価値観がまったく違う。この巨大でよくわからない市場に突っ込んでみたいという気持ちが、中国に挑戦する大きなモチベーションになりました。
共同代表との出会いから起業へ
日中双方に足場が必要
中国には2012年に渡り、留学しながら動画制作を開始しました。その後、中国企業にも所属しながら活動を広げ、2020年まで上海を拠点にインフルエンサーとして仕事をしていました。 中国だけでも生活はできたのですが、最終的には日本のために自分の力を使いたいという気持ちがずっとありました。
不思議なもので、インフルエンサーを数年もやると飽きがきたんです。そのタイミングで中国で色んな壁にぶつかったり停滞感を感じた結果、日本でもビジネスの基盤を作っていきたいなと思うようになりました。中国と日本の両方でちゃんと足場を作っておかないと、どちらかがダメになったときに何も残らないという不安もあったんです。
分部悠介との出会い
そのタイミングで出会ったのが、共同創業者の分部悠介です。彼は中国に向けて日本の偽物対策の弁理士・弁護士ビジネスを手がけていました。話をしていくなかで、日本のものを中国がありがたがって受け入れてくれる時代は2010年代で終わるだろう、これからは中国からいいものが日本に来たり、日中合作で新しいものを一緒に作ったりする流れのほうが大事になってくる、という考えで意見が一致しました。
正面から「品質がいいですよ」と伝えるのではなく、カルチャーの力で柔らかく日本人に伝わるように翻訳する、日本と中国のビジネスに対する考え方の違いのクッションになる。そこがとても大事だという話から、一緒にやりましょうという流れで会社が立ち上がりました。しかし意気揚々と2019年に会社を立ち上げてインバウンド事業に全振りした瞬間にコロナ禍となり、コロナ禍の4年は生きた心地がしませんでしたね。笑
分部は東京大学卒のエリートで、私は大阪芸術大学という、美大の中でもヤンキー校枠(と自分では思ってます)の出身です。バックグラウンドはまったく違いますが、海外で自分の得意分野で結果を残していくと、普通に生きていたら出会えないような人ともつながれるようになりました。分部の関係で経済産業省やJETRO、JNTOといった国の機関の方々、日本国大使館の方々とも意見交換させていただく機会が増え、学歴に関係なく成果を残せばチャンスが生まれるのだと実感しています。
TikTokの知見を武器にする
事業の三本柱
弊社の事業は大きく3つです。ひとつ目は、日本を訪れる中華圏や韓国などの人たちに向けて 、日本の商品やサービス、観光施設をPRするインバウンド関連の事業。ふたつ目は、TikTokショップやTikTok GOといったサービスを使って、日本の小売事業者さまや自治体さまに向けて、TikTokでの集客やEC・販売の知見を提供する事業です。3つ目は、中国人の日本留学支援や日本での華人コミュニティの運営になります。
中国での経験が強みになる
中国のSNSは独自のプラットフォームが発展していて、ライブコマースやインターネット通販の市場規模がとても大きいんです。TikTokは中国の企業で、中国版TikTokの「Douyin」で培った使い方やお金の稼ぎ方、ものの売り方が、そのまま海外に展開されています。イギリスやシンガポール、アメリカ、東南アジアの国々でTikTokショップが先に始まっていましたが、海外での動きは基本的に中国での動きに近いと感じました。
私は2012年から2020年まで中国にいて、日本に戻ってからも中国のSNSに触れ続けてきました。スタッフも中国人メンバーや中国に理解のある日本人が多いので、中国でどうTikTokを使えばどんな結果が得られたのかという現地の情報を、実感を持って伝えられます。中国で数年前に起きた変化を先に知り、それを日本市場で活用する。中国から日本への、いわば「タイムマシン経営」のようなことがTikTok上では起こり得ると思っています。
TikTokで地方創生を仕掛ける
動画が自治体の資産になる
TikTok GOという、TikTokから宿の予約やチケット購入ができるサービスが2026年からスタートしています。宿を紹介する動画から実際に予約が入るとマージンがもらえるアフィリエイトの仕組みで、旅好きのインフルエンサーだけでなく、副業として動画作りを始める人がどんどん増えているんです。
自治体がしっかり予算をかけて、宿の紹介だけでなく地元のおいしいものや名所もひとつのパックにまとめて紹介していくと、その動画はずっと自治体の資産として残っていきます。宿は改修でもしない限り部屋のしつらえがそう変わらないので、作れば作るほど宣伝のタッチポイントが増えていくんです。
TikTokはAIのレコメンド機能が強く、旅行に行きたい人に向けて情報を届けやすいのも特徴です。また、その動画から何本の予約が生まれたかまで振り返れるので、どんな動画が良かったのか、どんな訴求が響いたのかをPDCAサイクルに組み込みやすい。ショート動画で発信できる人材を自治体自身が育てていければ、遠方から人を呼ぶための交通費をかけずに、地元の魅力を発信し続けられる仕組みが作れると考えています。
学生へのメッセージ
自分だけのカードを集める
私は海外にすごく興味があって飛び出した人間なので、みなさんにもどんどん海外に出てほしいと思っています。今の生き方は、ポケモンカードに似ているところがあると感じていて、新しいパックが出るたびに、みんな同じカードを引きにいくんです。今はまさにAI活用パックみたいなシリーズをみんな引きまくってレア度自慢と使い方商材があふれています。
けれども国内で同じリージョンのパックを引き続けていると、隣の人と持っているカードがどんどんかぶってしまいます。海外や異業種、珍しい経験を積んでいると、おのずとレアなパックを引くので、手持ちカードがレアなものばかりになります。日本のカードの組み合わせは、往々にして流行しているパックのカードとのコンボが作りづらいものです。
ただ、レアなカードを持っているからといって、すぐに役立つとは限りません。むしろ珍しいカードほど、流行しているカードとの組み合わせ方が分からないこともあります。 例えば私の場合、「中国で有名」というカードがあるのですが、日本のビジネスにどう生かしていくのかは、前例があまりなく、何と組み合わせると効果が最大化されるのか、常に悩んでいます。そんな中でも自分にしかないカードをどう生かすかをAIも使いながら考えていくと、自分にしかできない仕事が自然と生まれてきます。自分にしかできないことがなければ、価格競争に巻き込まれてしまう。日本にいるにしても、みんなが求めていない場所にアンテナを張ってみたり、海外で長期間過ごしてみたり、生活習慣や信じるものが違う空間に身を置いてみてほしいと思います。
編集後記
今回のインタビューを通して、逆境をチャンスに変える視点の大切さを学びました。反日感情が強い時期にあえて中国に飛び込んだ判断や、コロナ禍で仕事がなくなった4年間を耐え抜いた経験は、私自身が今取り組んでいる学生団体の活動にも重なるところがあります。「自分にしかないカードを集める」というメッセージは、就職活動を控える同世代の学生にこそ届けたい言葉だと感じました。山下さん、貴重なお話をありがとうございました。