生の英語で学んだ「伝わる」ことが大事ということ
学生時代は、語学系の学校に進学しました。異文化の人とコミュニケーションを取るには英語は必須だと思っておりましたが、いざ海外に出てみると、思ったようにコミュニケーションが取れませんでした。たとえば、イギリスとアメリカでは文法や発音が違ったり、オーストラリアでも独特の言い回しがあったりします。同じ英語でも、国によって全然違う。その中でいかに意思疎通をはかることが大事か、当時学んだそうした経験は、今もふとした瞬間に思い出すことがあります。
「うちに来ないか」父に呼ばれて入った家業
新卒でこの会社に入社したのは、父が創業した会社だったからです。中小企業は人材が不足していますから、「外で修行するくらいなら、うちで修行しなさい」ということでした。父を尊敬していましたし、少しでも助けになればと思って入社しました。
差別化がなかった宝飾業界
父は高知県の出身で、もともとロイヤルゼリーの販売から事業をスタートしていました。健康や美容に関心があるのは主に女性が多く、そこから赤サンゴを扱うようになり、ジュエリー業界に参入しました。
しかし、ジュエリー業界の卸売は差別化が非常に難しい業界でした。デザインはすぐに真似されてしまいますし、コストや素材の価格も相手に把握されてしまうため、利益を確保しにくい構造があります。
上位五社ほどで市場の八割から九割を占めてしまう業界が多い中、私たちの業界は上位10%に位置する会社でも市場のシェアは10%ほどしかありません。一兆円規模のマーケットがありますが、卸しの世界でナンバーワンの会社でも売上は二百億円ほどです。ティファニーのような外資が強い存在感を持ってる一方で、あとはそれぞれの個人商店が在庫量や価格競争で競り合っている状態です。この状況で戦っていくのは、非常に難しいところがあります。だからこそ、自社だけのオリジナルにこだわろうと思い、今のダイヤモンドカット(OEカット)に行き着きました。
二次元計算だった「エクセレントカット」の先へ
ダイヤモンドのカットには、エクセレントやベリーグッド、グッド、フェア、プアといった評価があります。最上級とされる「エクセレント」ですら、実は二次元の計算で成り立っています。斜め四十五度からダイヤモンドに光が当たり、正面に返ってくる。それだけの計算なのです。しかし、ご存じのとおり光は三次元で当たります。三次元で計算すれば、もっといい角度があるのではないか。そうした話は以前からあり、私たちが着手したのは2000年頃の時期でした。ちょうどコンピューターの性能が大きく進歩し、スーパーコンピューターがなくても複雑な計算ができるようになったタイミングです。同時期に元松下電機(現パナソニック)の技術者たちと出会ったこともあり、技術的なフィードバックを受けながら新しいカット(OEカット)の開発を進めました。
輝きは二倍、重さは二割減
完成したカットは、従来のカットに比べて約二倍輝きます。一方で、重量が二割ほど減ってしまい、従来評価で一番下(プアー)になるデメリットもありました。ただ、実はエクセレントというカットも、その前のカットに比べて二割ほど重さが減っていたのです。「歴史は繰り返す」と考え、このカットには可能性があると見て、エンドユーザーに見せたところ好評でした。それで、「オーバーエクセレント」という名前をつけてブランド展開することにしました。
けれど、新しいものはなかなかマーケットに受け入れられませんでした。ルーペで見ると光が入らず輝いて見えないのです。「五十cmほど離れて見てください」と伝えると「きれいですね」と言ってもらえるのですが、ルーペで見ると「汚いカット」と評価されてしまう。従来の基準ではエクセレントが最良とされているため、なかなか理解が得られませんでした。そこで、エンドユーザーに直接価値を伝えるショップ展開をしようと考え、2004年に日本橋三越本店に出店したのが、小売りのスタートです。それ以来足かけ22年。現在は3店舗(日本橋三越本店・あべのハルカス店・大丸梅田店)で展開しています。
経営を継ぐ頃の危機
会社を継いだ頃の方針はBtoBにこだわり、開発コストをかけて優れた研磨機を作ろうとしていました。設備投資などの開発コストに加えて、ピーク時には28か国で特許を取得していた為、費用面で大きな重しでした。
特許を手放す決断と店舗の見直し
特許には毎年、年金という維持費がかかります。これらが一千万円以上。まずはそうした特許の整理からはじめました。加えて、集客力が弱い立地に出店していた不採算店舗も見直しました。札幌と名古屋の店舗を閉鎖し、3店舗に絞り込んで、あらためて経営を立て直していきました。
「ほほえみ」「ブレインズ」「オーバーエクセレント」という3つの軸
弊社が大事にしている理念は、社名にも入っている「ほほえみ」と「ブレインズ」、そしてブランド名の「オーバーエクセレント」です。
①「ほほえみ」を絶やさずに
社内では上席者であっても、部下に対して丁寧語や敬語で話しかけるようにしています。「これ、やっておいて」ではなく、「〇〇さん、お願いできますか」という伝え方です。今でこそ当たり前のようになってきましたが、以前からずっと心掛けてきたことです。
②ブレインズ ~脳科学に基づいた働き方~
やらされていると思って仕事をしているときの脳は、ベータ波が出ている状態です。反対に、楽しく仕事をしているときはアルファ波が出ている状態です。勉強がはかどったり、仕事の効率が上がったりするのはアルファ波が出ているときだといわれています。また、丁寧な言葉で依頼することによって仲間意識も高まって相乗効果が期待できます。中小企業が生き残るためには、規模の大きな企業と同じことをするのではなく、頭脳を使い、能動的に動くこと。それが「ブレインズ」という言葉に込めた意味です。
③そしてベクトルは「オーバーエクセレント」
自分たちが扱う商品が一番きれいなものである以上、それを販売する私たち自身も、人格を含めて魅力的でありたいと考えております。
だからこそ、「オーバーエクセレント」を目指そうとスタッフへ伝えております。
一生に一度の買い物だからこそ
私たちの事業には、社会的な意義もあると考えています。ダイヤモンドは食品のように毎日消費するものではなく、多くの人にとって生涯に一回買うか買わないかというものです。そうなので、弊社としてはブライダルの場面を意識して、「オーバーエクセレントという選択肢がある」ということを伝えるようにしています。
現在市場に出ているダイヤモンドの約99%は、5mm以下の小さなものです。資産としての価値がそれほど高いわけではないのに、なぜダイヤモンドが選ばれるのかというと、それは、輝きの強さがあるからだと思います。ほかの色石とは違う、ダイヤモンドならではのキラキラとした輝きを求めて選ばれているのだとすれば、おこがましいかもしれませんが、その輝きが最も強い私たちのダイヤモンドは選ばれてしかるべきだと言えるでしょう。少なくともお客様にとって選択肢の一つになれるよう、私たちのダイヤモンドの魅力を伝える機会として、こうした取材も積極的に受けています。
アジア発、初めてのラグジュアリーブランドへ
今後の展望としては、アジア発の、初めてのダイヤモンドのラグジュアリーブランドに成りたいと考えています。欧米以外から生まれたラグジュアリーブランドは、実は存在しません。ヨーロッパでは次の世代に何かを残すという意識、いわゆるヘリテージという考え方が強く根付いています。ラグジュアリーブランドとして最低限認められるには「At least one generation」。つまり少なくとも一世代、30年ほどの歴史が必要だといわれています。私たちが今のブランドを2000年に始めてから、2026年で足かけ27年です。私たちもこれまでの積み重ねで、ようやくスタート地点に立てるということになります。
歴史・品質・セレブリティ
ブランドが成立するには、歴史に加えて品質が欠かせません。品質については、世界で一番きれいなダイヤモンドをプロデュースしているという自負があります。その上で、著名な方に愛用していただくことも大切な要素です。過去にはホイットニー・ヒューストンさんやマライア・キャリーさん、セリーヌ・ディオンさんといった海外のアーティストが愛用していたブランドが話題になった例もありますし、日本でも著名人が身につけたことをきっかけでブランドの人気が髙まった例があります。
弊社は実はPerfumeのあ〜ちゃんより、私たちの「OEカットダイヤモンド」の輝きのファンであることを公言していただいています。とてもありがたいことで、コラボジュエリーによりこのダイヤモンドをファンの方々へお届けしたり、他にもメディアコラボを多数行った実績がございます。
これまでの歴史を重ねながら5年、10年、できれば50年続くブランドにしていくことと、そして売上規模や店舗網を拡大していくこと。この2つを実現できれば、輸出も見据えたブランドとして完成に近づいていくと考えています。
学生の皆さんへ
最近は、若い世代の忍耐力が以前より弱くなっているのではないかといわれることがあります。私自身もそう感じる部分があります。まずは「石の上にも三年」という言葉もあるように、しっかり努力してみてほしいと思います。京セラの創業者である稲盛和夫さんが、仕事の成果は「方向性」×「熱意」×「能力」で決まる、とおっしゃっておりました。どれだけ熱心に働いても、向かう方向性が誤っていれば、望んだ結果にはたどりつけません。自分が「ここなら頑張りたい」と思える場所を選んだのであれば、まずはそこで努力を積み重ねてほしいと思います。
オンリーワンの技術を持つ会社を選ぶ
会社選びという意味では、オンリーワンのビジネスモデルを持っている中小企業は、実はそう多くありません。わたしはありきたりの会社で規模の大きな企業に入るくらいなら、独自の技術力を持つ中小企業に入るほうが、将来性があるのではないかと思っています。もちろん、マーケットの規模が大きい業界であれば、大手の傘下でも十分に食べていける場合もあり、それはそれで一つの選び方です。ただ、ものづくりのような領域では、他社と同じことをしていると、規模の大きさで勝負が決まってしまいます。そうした視点も、進路を考えるうえでの参考にしてもらえたらと思います。
編集後記
今回、川渕さんのお話をお伺いして印象に残ったのは、「差別化」という言葉の重みでした。特許を28か国で保有していた時期から、店舗を絞り込む決断まで、経営には常に厳しい判断がともなっていたと知り、驚きました。それでも「アジア発のラグジュアリーブランドを作りたい」と語る姿には、大きなエネルギーを感じます。石の上にも三年、という言葉をあらためて胸に、私自身も目の前のことに粘り強く取り組んでいきたいと思いました。