インタビュー

人類は”栄養学”のように、感性の満たし方をまだ知らない

PROFILE
タクトピア株式会社 代表取締役CEO/共同設立者
長井 悠

音楽社会学から見えた、感性の時代の入り口

「美と芸術」を学問にした四年間

学生時代の専門分野は、美学芸術学でした。何のお金になるのかと思われがちな学問なんですけど、美と芸術について研究する分野です。とくに私は音楽学がテーマだったので、音楽関係の研究をやっていました。

いま振り返ると、この学問を専攻してよかったと思っています。21世紀は感性の時代だとよく言われます。私たちの生活って、必要最低限の機能はもうほとんど満たされているんですよね。そこから先の幸せや価値というのは、共感マーケティングなどに代表されるように、人の感情や感性にどう訴えかけるかという領域に関わってきます。人類は、自分の健康や成長のために栄養学的にどのくらい栄養を摂ればいいのかはわかりつつあるのに、人が幸せに暮らすためにどういう感性が満たされればいいのかは、まだあまり明かされていない分野なんです。そういうことの一端を研究できたのは、すごく面白かったですね。

楽器少年が少林寺拳法三段になった四年間

学問以外だと、部活には結構のめり込んでいました。東大では体育会のことを「運動会」と呼ぶんですけど、そこで少林寺拳法部という武道の部活をやっていました。中学・高校まではオーケストラ部所属で、楽器しかやっていなかった人間が突然武道をはじめるので、周りからは笑われたり心配されたりもしたんですけど、四年間みっちり練習して大会にも出て、それなりに成績も収めました。新しい分野に挑戦するという意味でも、非常に面白い経験でした。

少林寺拳法は打撃系だけでなく、関節技や投げ技もあります。昇段試験では経絡秘孔(けいらくひこう)をたくさん覚えたりもして、そういう知識も含めて面白かったですね。

音楽ビジネスへの興味からIBMへ

文献研究では読めなかった「ビジネスの力学」

日本IBM(当時:IBMビジネスコンサルティングサービス)に戦略コンサルタントとして入社した経緯は、大きく二つあります。

一つは、音楽の研究とつながっている部分です。私の研究室は文献研究という手法が中心だったんですけど、最後に取り組んだのが録音音楽、いまで言うCDや配信で流通する音楽についての研究でした。音楽を生み出すことは芸術活動である一方、そこには必ずレコード会社や配信会社が関わっています。そうした力学を「芸術としてピュアじゃない」と排除して考える人も多いんですけど、私はそこを分析できないと今後の研究の未来が拓けていけないと感じました。

ただ、私の研究室は古典的な文献研究が中心だったので、ビジネスを分析する視点そのものがなかったんです。そこで、ビジネスコンサルタントになればその視点を得られるのではないかと考えました。博士論文などの課題も残っていたんですけど、一度、企業分析の手段を手に入れるためにコンサルタントになろうと思ったんです。

名刺一枚がくれた出会い

もう一つは人との出会いです。大学院時代、いまで言うインターンのような形で企業研修の会社にお世話になっていたとき、たまたま日本IBMのビジネスコンサルタントの方と出会いました。その方が担当するプロジェクトの一環で、社員の方に研修を受けてもらうという場だったんですけど、私はその現場を手伝う立場でした。

「なぜIBMの人がここにいるんですか」という雑談からはじまって、「あなたがいま見ているのは、もっと大きなプロジェクトの一端なんだぞ」と教えてもらったとき、すごい世界がある気がしたんですよね。就職活動に取り組みはじめたとき、名刺をいただいていたことを思い出して連絡したら、実はかなり役職の高い方で、その後食事に連れて行ってもらったりしながら話を聞くうちに、いい会社だなと感じるようになりました。ほかの会社も受けたんですけど、最終的にはそうした縁もあって、日本IBMに入社することを決めました。

リーマン・ショックが教えてくれた、教育とのギャップ

オフィスに戻ってきた「ゾンビ」たち

一社目のハバタク株式会社を起業したのは2010年です。その手前の2008年から2009年にかけて、リーマン・ショックという金融危機が起こりました。お金の流れが止まってしまうという出来事で、こういう理由で売り上げが上がるはずだからお金を使っておこう、という意思決定のドミノが、まったく倒れてこなくなるような状況でした。当時、私はコンサルタント二年目の若手だったんですけど、社内も大混乱でしたね。

コンサルタントには「独立して思考・行動できる知的職業の代表格」というブランディングがあると思うんですけど、未曾有の大混乱のなかで、あれ、コンサルタントってもっと賢く立ち回る人たちなんじゃなかったっけ、と感じるような光景を見てしまったんです。象徴的だったのは、普段はお客さま先にいて自社のオフィスには出社しないはずのコンサルタントたちが、仕事がなくなると丸の内のオフィスに戻ってきてしまうことでした。全員分の席は用意されていないので、みんなパソコンを抱えて空席を探してうろうろする。その光景がゾンビ映画のように見えて、非常にショッキングだったんです。

教育のギャップに気づいた瞬間

その後、起業に至ったのは、私を含めた同期三人でした。コンサルタント二年目という若気の至りもあって、これからの「変化の時代」に本当に対応できる人間には何が必要なんだろう、という議論を長い時間続けるようになりました。曜日ごとに担当を決めて、それぞれビジネスアイデアを出し合うようなこともしていましたね。

いろいろ議論を重ねたなかで、最終的にしっくりきたのが「教育」というテーマでした。リーマン・ショックに代表されるような急激な変化に対して、いまの教育はそれに対応する準備ができていないのではないか、という仮説です。私たちはぎりぎり昭和の終わりごろに生まれた世代なんですけど、教育の中身がまだ20世紀のままなのに、世の中はもう先に進んでしまっている。そこに大きなギャップが横たわっているんじゃないかと思い至りました。会社に縛られない働き方を増やすといったアイデアも出たのですが、もっと根本的なものを解決したほうがいいという直感があって、そこで初めて「教育」というテーマが立ち現れてきたんです。それから半年ほどで、実際に起業することになりました。

「タクト」と「ユートピア」に込めたビジョン

自分の人生の指揮を、自分で執る

一社目のハバタクから、いまのタクトピアまで一貫して持っているビジョンが「TAKT(タクト)」という言葉です。音楽の指揮棒のタクトですね。人生の指揮を自分自身で執れるようになろう、というビジョンをずっと継承しています。

タクトピアとして新しく打ち出したのは、対象を主に中高生などの若者に絞ったこと、そして身につけてほしい力として「グローカルリーダーシップ」という概念を提唱したことです。グローバルな視野や語学力、異文化を受け止める力とあわせて、ローカル、つまり自分自身の意見や価値観を大切にできることを強調したいと思って、この言葉を創り出しました。

学びのプログラムを作っていく過程で、アメリカのボストンやサンフランシスコ、ベトナム、ロンドンなど、世界各地にバックグラウンドを持つメンバーが合流してくれたことも大きな転機でした。海外研修や英語のプログラムを通じて、ローカルを大切にしながらもグローバルに羽ばたいていける若者を育てる、といういまの事業内容が固まっていきました。

「タクト」×「ユートピア」に見る、これからの十年

タクトピアという社名は、タクトと理想郷を意味するユートピアを掛け合わせたものです。人生の指針=タクトを持とうとする人のための生態系=ユートピアを創る、という意味を込めています。

いまは研修会社として研修を作って提供しているんですけど、それは最終形態ではないと思っています。学びというのは本来、経済と同じように生態系のなかで循環するものが理想の姿のはずです。成長した人がメンターとなって次の世代に何かを伝える一方で、若い世代から上の世代が学ぶこともあっていい。いまはそれをコンテンツという形である程度最適化しているんですけど、それは筋トレしてプロテインを飲むことに少し似ていて、合理的ではあるものの、どこか不自然でもあります。実際の社会でその力を自然に使えるかどうかは、また別の話なんですよね。

いまの日本は、学びの場が独立しすぎてしまっているので、実際に社会でそれを活かそうとすると摩擦が起きてしまいます。学校がいらないという意味ではなくて、人が育つ環境のなかで自然と人と人がインタラクションしながら学びが起こるような、環境デザインのレイヤーまで手がけられるようになりたいと思っています。そういう環境をどう出現させるか、まだ見えきっていないところもあるんですけど、これから十年くらいは、そこに取り組んでいきたいと思っています。

大学生へ贈る、ビジョンの見つけ方

「受かる・受からない」で選ばない

キャリアを考えるときは、自分が何をやりたいかで選んでほしいと思っています。起業するという選択肢もあれば、ある段階まではいまいる会社にいたほうがいいということもあり得ます。ここで一つ願うとすれば、大学受験のように「受かる・受からない」で考えないでほしいということです。自分が選ぶか、選ばないか。それだけなんですよね。

日々の感情の揺れに、アンテナを立てる

中高生向けの授業でもよく話すんですけど、いきなり「何がやりたいか考えよう」「ビジョンを持とう」と言われても、即座にそれができれば苦労しませんよね。私がおすすめしているのは、日々の生活のなかで自分がいつテンションが上がっているか、時間を忘れて活動しているかに目を向けることです。ネガティブな方向でもよくて、こういうときは気分が上がらないな、こういうときはもう帰りたいな、という反応でもかまいません。自分の内面がどう反応しているかにアンテナを立てる。これはさきほどのグローカルリーダーシップで言うところの「ローカル」の部分なんですけど、これを習慣にしていくと、大きく言えば自分がどんなビジョンを持っているのかということにつながっていくと思います。いきなり大きなことを考えるのが難しければ、日々の自分の反応に着目することから、ぜひはじめてみてください。

編集後記

インタビューを通じて、長井さんが「学びとは生存戦略である」という考えを、ご自身の学生時代から一貫して体現されてきたことが伝わってきました。とくに印象的だったのは、大きなビジョンを掲げる一方で、日々の感情の動きにアンテナを立てるという、とても身近な行動を大切にされている点です。私自身も、まずは自分の内面の反応を書き留めることからはじめてみたいと思いました。貴重なお話をありがとうございました。