豆乳メーカーで見つけた原点
「なんとなく面白そう」で選んだ
もともとは食品メーカーに勤めていました。食品業界に入ったきっかけは、スーパーやコンビニでよく目にする、なじみのある業界だったからです。食べ物を作っている会社というところで、なんとなく親近感がありました。
年収や休みの日数、会社の規模で就職先を選ぶ人も多いと思うんですけど、私が選んだのはキッコーマングループの豆乳メーカーでした。黄緑色のパッケージでコンビニに並んでいる、あの豆乳を作っている会社です。決して労働条件がよかったわけではなく、休みも給料もそんなに恵まれてはいなかったんですけど、豆乳を作るのはなんだか面白そうだな、という感覚だけで飛び込みました。
当時は就職氷河期と呼ばれる時代で、求人数も少なかったんです。地元から離れることになる不安もあったんですけど、豆乳なら馴染みがあるし、まあいいか、という感じで最初の就職を決めました。
労働条件は入社後に変わった
入社してみると、あまりよくないと思っていた労働条件はすぐに変わっていきました。豆乳という市場自体がどんどん大きくなっていた時期だったんです。もともと豆乳というカテゴリーは存在しなくて、牛乳売り場の一角に、乳アレルギーの人向けとして置かれ始めた程度だったんですけど、当時、雪印の食中毒事件が起きて、牛乳を避ける動きが広がったこともあり、豆乳が一気に売れるようになりました。
どんどん新しい設備を入れて、新しい工場を建てて、イケイケでどんどん拡大していく。そういう時期に生産技術の現場にいたので、新設工事や新工場建設にずっと携わっていました。
現場と管理、両方を経験した17年
溶接も電気も手を動かした
最初の10年くらいは、手に職を身につけることに力を入れていました。設備のメンテナンスや機械の修理、電気系統や機械装置を動かすプログラムのモニタリングや修正、それから溶接や金属加工まで。機械はやっぱり鉄の塊なので、ハードの部分が壊れたり、溶接が剥がれたりすることもあります。そういうときに自分で対応できると重宝されるんです。
ISOで国際規格を学ぶ
後半の10年は、いわゆる国際マネジメントシステムの領域に移っていきました。ISOという国際規格には、品質管理のためのものや食品安全のためのもの、労働安全のためのものなど、それぞれにマネジメント体制の枠組みがあります。自分の働いている工場を国際スタンダードに整えていく取り組みを一通り経験しました。認証を取ると、環境に優しい管理体制が国際的に認められた工場です、というお墨付きがもらえるんですよね。
あわせて、コンプライアンスや法令、法務の領域も担当するようになって、現場から少し離れて管理部門を中心に動くようになっていきました。これが、後々の創業のきっかけにつながっていきます。
独立を後押ししたひと言
「それって普通はできない」
会社の中にいると、社内で学んだスキルや管理体制の枠組みは、特別なことだと思っていませんでした。村社会にいると、それが当たり前になってしまうんですよね。ある時、工場に出入りしている取引先の方と話す機会があって、こんなことをやっていて、と話したら「それって普通はできないよ」と言われたんです。そこで初めて、自分が積み上げてきたものの価値に気づきました。
報告書作りに感じた違和感
ちょうどそのころ、社歴も長くなって、管理職として現場からどんどん離れていく方向に進んでいました。それまで現場の課題解決だった仕事が、報告書を作ったり、社長にプレゼンをしたりする仕事に変わっていく。正直、あまり好きではなかったんです。取引先の方にもらった気づきと、この違和感が重なって、独立を決めました。現場で培った叩き上げのスキルと、国際規格のマネジメントシステムの知識、このふたつを重ね合わせて、食品メーカーの役に立つプロのコンサルタントになりたいと思い、会社を立ち上げました。
現場に寄り添うコンサルティング
叩き上げだからこそ分かる
会社を辞めてから見えてきたことがいくつかあります。ひとつは、食品業界全体の課題です。大手はもちろん、地方の中小企業が非常に多い業界だと肌で感じました。地元で重宝されている加工食品メーカーも、中小企業ゆえに人材が入ってきにくいという課題を抱えています。優秀な人材を集めようとすると、それなりのコストがかかりますが、そこまでの余裕がないというのが現実です。
コンサル業界にはホワイトカラーで優秀な経歴を持つ方が多いんですけど、現場の叩き上げ人材はそう多くありません。私自身、入社してすぐ現場に入り、夜勤を含めた交代勤務で、いろんな立場の方と一緒に働いてきました。そこで感じた現場のつらさや課題を肌で知っている、そこが強みだと思っています。
正論を現場の形に変える
ローカルな現場には、それぞれ細かい事情があって、正論だけでは通じないことがよくあります。正攻法はもちろんあるんですけど、それを現場の形に変化させていく必要があるんですよね。現場は四角のこともあれば三角のこともあり、丸いものを三角のところに押し込んでも入りません。三角の形に直して収める、そういうカスタマイズをできることが強みだと思っています。
食品業界を陰で支えたい
生産性向上で下支えする
私たちが大切にしているのは、食品業界全体を盛り上げていきたいという思いです。ご飯を食べるとき、外食でも家庭料理でも、必ずどこかに食品メーカーや食品製造業が関わっています。低コストでものを作るための生産性向上を通じて、業界を陰から支える存在でありたいと思っています。それが、私たちの大きなビジョンです。
学生へのメッセージ
きっかけは何でもいい
将来やりたいことがある人は、その方向に進めばいいと思います。ただ、どの業界に進むか悩んでいる人に伝えたいのは、きっかけは何でもいいということです。私の場合は「食べ物という物に親近感があった」という、それだけのきっかけでした。とにかくどこかの業界に一度飛び込んでみてほしいんです。仕事は課題解決の連続で、上司や社内の人が喜んでくれることを繰り返していく。そのプロセスをしっかり踏んでいれば、途中で方向転換しても、それまでのことが無駄になることはありません。思い悩んで前に進めないことのほうが、よほどもったいないと思っています。
失敗しても人生は続く
会社が倒産しても、社長や会社は痛手を負いますが、働いている人自身が痛むわけではありません。仮に自分で起業して失敗したとしても、破産して終わるだけで、命を取られるわけではないんです。ローンが組めなくなったり、クレジットカードが作れなくなったりする程度で、生活そのものには困りません。ゼロからマイナスになることはあっても、そこから下がることはない。そう考えると、何にでも挑戦できると思うんです。前向きにフットワーク軽く、人生を歩んでもらいたいなと思っています。
編集後記
今回のインタビューを通じて、大手企業での経験を「特別なもの」と気づかせてくれたのは、外部との対話だったというお話が印象的でした。社内の当たり前が、社外では強みになる。これは就職活動でも見落としがちな視点だと感じます。失敗を過度に恐れず、まずは飛び込んでみるという津村さんの姿勢を、自分自身のキャリア選択にも取り入れていきたいと思いました。