インタビュー

山で回線をつないだ2年間が、経営の土台になった

山で回線をつないだ2年間が、経営の土台になった
PROFILE
デジタル情報戦略室株式会社 代表取締役社長
村上 優行

荒れた学校で、周りに流されていた学生時代

区立中学は荒れていた

中学校は地元の区立中学に通っていたんですけど、結構荒れている学校だったんですよね。校内や原付で走ったりとか、リーゼントで登校したりとか、まわりに流されるような形で過ごしていました。ただ勉強自体はそんなに嫌いじゃなかったですし、周りよりはできるほうだったので、高校は偏差値65くらいの、いわゆる自称進学校というところに進学しています。

なあなあに過ごした高校生活

中学のときが刺激的だった分、高校はすごく退屈に感じていて、何かに没頭するわけでもなく、なあなあに毎日を過ごしていました。進路を決めるときにやりたいことは特になくて、先生から「理系の電気系ならどこにでも就職できる」と言われたのがきっかけで、東京理科大学の電気電子情報工学科に進学しています。

留年せず乗り切った、要領のいい大学4年間

ブレイクダンスに明け暮れた4年間

大学ではブレイクダンスのサークルに一番力を入れていて、大学から始めたにもかかわらずかなりのめり込んでいました。所属していた学科は3、4割が留年するようなところだったので、勉強に関しても「進級すること」を第一目標にしていましたね。

人を巻き込み、強みを活かす役割分担

学生時代は学科の中で飛び抜けて成績が良いタイプではありませんでした。その一方で、それぞれの得意分野を持つ仲間を集め、勉強が得意な人や過去問を共有してくれる人、自分は交流の場づくりやチームをまとめる役割を担うなど、お互いの強みを活かせる環境をつくることを意識していました。

その結果、効率よく学びを進めることができ、留年することなく学生生活を送ることができました。昔から、一度教わったことを素早く理解し、それを実践に落とし込む力には自信があり、そうした要領の良さや周囲を巻き込む力は、この頃から培われていたのだと思います。

陸上自衛隊で通信の最前線に立った2年間

憧れだった自衛隊に、期限を決めて入隊

就職活動をして大手企業からも内定はもらっていたんですけど、そこに行くと自分の将来のレールが見えてしまう気がして、あまり面白くなさそうに感じていました。小さいころから自衛隊に憧れがあったのもあって、大学院に進学するまでの2年間だけ、という期限を決めて陸上自衛隊に入隊しています。

イメージと違った通信の仕事

ホワイトハッカーのように基地の中で作業するイメージだったんですけど、実際は山に行ってアンテナを立てて、敵情報や味方の通信回線を維持するような仕事でした。頭を使う仕事がしたいという思いが強くなって、離隊後はITの方向に進むことを決めています。

ITベンチャーからアクセンチュアへ

「学生に戻るのはもったいない」の一言

離隊後は大学院進学も検討していたんですけど、ゴールデンウィークの期間だけで採用が決まったITベンチャーに第二新卒として入社しました。大学院の試験には合格していたものの、その会社の社長から「せっかく自衛隊で積んだ経験がリセットされるんじゃないか」と言われて、進学ではなく就職を選んでいます。

AIを本気で学べる環境を求めて転職

ITベンチャーでは、AI部署の立ち上げという新しいチャレンジを担当し、AIを活用した事業づくりに携わりました。その経験を通じて、AIの可能性を実感する一方で、より深い専門性を身につけ、第一線で活躍するエンジニアやコンサルタントと切磋琢磨しながら成長したいという思いが強くなりました。そこで、AIのプロフェッショナルが集まる環境で専門性を磨き、より高度なプロジェクトに挑戦したいと考え、アクセンチュアへの転職を決めました。

AWS選出とマネージャー就任

アクセンチュアではAI導入のコンサルティングを担当していて、チャットボットの導入提案や、企業のデータを使ったAIサービスの要件定義から実装まで一気通貫で経験しました。お客さまの新しいデジタル部署をゼロから立ち上げるプロジェクトなども経験して、その実績が評価され、マネージャーに昇進しています。AWS All Certification Engineerにも選出されました。

独立への自信をくれた、京都大学発スタートアップ

「1人でもできる」という手応え

アクセンチュアでのデジタル部署立ち上げは、肩書きこそチームでも実働はほぼ1人だったので、その実績から「1人でも独立してやっていけるんじゃないか」という思いが芽生え始めていました。ただいきなり独立するのも怖かったので、知り合いだった京都大学発スタートアップの社長のもとで、まずはスタートアップで働く経験を積むことにしています。

半年で起業へのイメージが具体化

スタートアップには技術リードとして参画し、プロダクト開発を中心に事業の立ち上げに携わりました。開発に深く関わる一方で、お客さまとの対話や、経営者から創業の背景や資金調達、事業拡大の考え方を直接学ぶ機会にも恵まれました。

 

そうした経験を通じて、「どのように事業を立ち上げ、資金を集め、サービスを広げていくのか」という起業のプロセスが、自分の中で具体的なイメージとして描けるようになりました。そして、独立に向けて必要な経験を得られたと感じ、約半年後に自身の起業へ踏み出すことを決めました。

フリーコンサルから、自分のサービスを持つ会社へ

起業1期目は「高級アルバイター」だった

今、デジタル情報戦略室株式会社は3期目の途中です。1期目は自分のサービスがまったくない状態で、月に100数十万円ほどで100%稼働するフリーコンサルのような働き方をしていて、起業している感覚はあまりありませんでした。役員報酬をあまり多く取らず、余ったお金を使って自分のサービスを2、3個ほど出してみる、というのを1期目のあいだ繰り返しています。

ロボットレンタルが当たった

何が当たるかわからなかったので数を出すことを優先していたんですけど、そのなかでロボット系のサービスが1つ当たって、そこからロボットのレンタルに需要があるのではと感じてサービスを出したところ、1、2ヶ月目から反響がとても良かったんです。

自分の手を動かせることが、一番の武器だった

まわりのフリーコンサルは資料作成やPMOの業務が中心の人が多かったんですけど、私はゼロからAIを組んだり、Webのシステムを作ったりできたので、外注すればお金がかかる部分を自分でまかなえたのが強みでした。インターン生を確保できたことも大きくて、データサイエンスの実務経験を積んでもらう代わりに、サービスの運用を手伝ってもらう、という関係を作っています。

学生と一緒に手を動かす

インターン生に上流工程のコンサル業務だけを任せても、何をやらせたらいいかわからなくなってしまいますし、自分が開発できないと指示も出せません。時給ではなく成果に応じて利益を還元する形にしたり、数ヶ月に一度みんなで集まっていいご飯を食べたりして、一緒に手を動かせる関係を大事にしています。京都大学から新幹線代や宿泊費を出して東京まで来てもらったインターン生もいて、大学3年生から今の大学院生まで、2年近く一緒にやってくれている子もいますね。

ヒューマノイドロボットが「一家に一台」になる未来へ

まずは「見たことがある」を増やしたい

近い将来、ヒューマノイド型ロボットが一家に一台という未来が来ると思っています。ただ今はテレビやYouTubeで見たことがある人はいても、実際に見たことがある人はほとんどいないので、まずはそこの認知を広げる必要があると考えていて、1泊2日から1,000万円ほどするロボットを企業やイベントに貸し出すレンタルサービスを展開しています。

スマートフォンのような必須家電を目指して

将来的にはヒューマノイドロボットが、スマートフォンのような必須のデジタル家電になる時代が来るとも思っていて、個人のお客さまからの問い合わせも増えてきているので、法人向けだけでなく個人向けのサービスも今後より手厚くしていく予定です。

学生には、今しかできないことをやってほしい

インターンは、社会に出てからでもできる

学生時代にしかできないことを一生懸命やったほうがいいと思っていて、サークル活動や旅行、友達とのわけのわからない飲み会は、社会人になってからだとハードルが上がってしまいます。インターンは社会に出てからでも好きなだけできることなので、無理に学生のうちからやる必要はないのかなと思っています。

AIに奪われない人材になってほしい

弊社の魅力は、最先端の技術をインターン生にも実際に開発してもらえることだと思っていて、生成AIに聞けば大体のコーディングは答えが出てくる時代のなかで、まだ生成AIでは答えられないような新しいことに携われるのが強みです。それを面白いと思えるかどうかで、AIに奪われない人材になっていけるんじゃないかと思います。

編集後記

今回のインタビューで印象に残ったのは、村上さんが一貫して「自分の手を動かせること」を武器にしてきた点です。コンサルとして知識を伝えるだけでなく、実際に開発までできるからこそインターン生からの信頼も厚く、事業のスピードも上がっていったのだと感じました。私自身も学生起業を目指すなかで、つい上流の企画ばかりに目が向きがちですが、手を動かして実績を作ることの大切さを改めて実感しました。ヒューマノイドロボットが当たり前になる未来、そこにどう関わっていくのか楽しみです。