インタビュー

「会社を大きくしたいと思ったことは一度もない」――人を育て、映像業界のモデルケースをつくる

「会社を大きくしたいと思ったことは一度もない」――人を育て、映像業界のモデルケースをつくる
PROFILE
株式会社アーツテック 代表取締役
酒井 靖之

広告映像への違和感から創業へ

大企業だけがCMを打てる時代からの脱却

私が創業したのは、まだ20代のころです。当時はCMを打てるのは、お金のある大きな企業だけという時代でした。力のあるベンチャー企業や中小企業は、十分に宣伝する手段を持ちにくかったんですよね。

私自身はCMクリエイターとして当時から仕事をしていましたが、そのなかで「これはおかしいんじゃないか」という違和感がずっとありました。資金力のある大企業でなければ、CMを使って広く宣伝することが難しく、中小企業やベンチャー企業は同じようにビジネスチャンスを得にくい状況だったんです。

そこで、中小企業やベンチャー企業なども、同じようにチャンスを得られる。そういう動画メディアを自分でつくりたいという志を持って、会社を立ち上げました。

事業内容は今も変わらず、映像・動画の企画制作です。それだけではなく、その動画がさまざまな形で効果を出していくための戦略まで、全て考えて実行する会社をやっています。

法人化は考えていなかった

もともとはフリーランスとして、キャリアをスタートしました。周りから「これだけ売上も仕事もあるんだから、法人化した方がいい」と言われたんですが、自分としては会社を立ち上げるとか社長になるとか、そういうことを考えたことは一度もなかったんですよ。

ただ、目の前のことに一生懸命頑張っていたら、自然とそういう形になっていった。それが正直なところです。

会社経営で一番苦労したのは人材育成

社員が増えるほど大変になるジレンマ

会社を経営していく上で苦労することは、やはり人材育成です。自分もまだ未熟な状態で会社を始めていますから、最初は「社員を入れれば、自分も少し楽になるんじゃないか」という感覚もあったんですよね。ところが、社員を入れれば入れるほど、自分がさらに大変になっていきました。

社員に仕事を覚えてもらうまでには、その人を徹底して見ていなければいけません。仕事を教えて、一緒に考えて、成長するところまで向き合う。社員が増えれば、その分だけ自分がやることも増えていくんですよね。

幸い、仕事を得るという面では、創業から最初の10年くらいは本当に恵まれていました。仕事がなくて困ったということは、ほとんどありません。一方で、人を育てることにはずっと苦労してきましたね。

今はどこの企業でも、入ってすぐにミスマッチを感じて、あっという間に辞めてしまう人も多いように感じます。

独自の映像制作というスタイルで一人ひとりを育ててきた

映像制作という業界は、そもそも下請けがとても多いんですよね。テレビ局の下請けや広告代理店の下請けという構造で、ほとんどの制作会社には「営業」というスタイル自体がありませんでした。

よいものさえつくっていれば、次の仕事が来る。しかし、自分たちが表に立ってクライアントと直接やり取りする機会はない。いわば「黒子」の仕事なんですよね。そういう構造のなかで、私たちは独自の映像制作というスタイルを築いてきました。

会社を立ち上げてからは、そうした考え方を一緒に働くメンバーにも伝えてきました。動画・映像にはどんな力が秘められているのか。単に映像をつくるということを超えた考え方は何なのか。そうしたテーマを一つひとつ自分なりにつくりながら、メンバーに説明して、一人ひとり育ててきました。

短期間で自分を見限る人が多いのは残念

創業メンバーがある程度育ったころからは、人材教育も任せるようになりましたね。すると今度は、創業当初の思いと人材育成の過程で、少しずつずれが出てきてしまいました。こういった問題は、どの企業にも共通する部分だと思います。

一方で、今は「自分の力ではこの世界は無理なんだ」と、2~3カ月で決めつけてしまう人が非常に多いんです。これは正直、残念な気持ちが強いです。

かつて私が育ててきたメンバーたちは、今はみんな一国一城の主として独立しています。同じように私が20代・30代のころ、手塩にかけて一人ひとりを育ててきたようなことが、今のメンバーに対しては難しい状況になっている。これが偽らざる現状ですね。

会社を大きくしたいと思ったことは一度もない

独立させることに迷いはなかった

これまで育ててきたメンバーを、会社に残そうとは考えませんでした。そもそも私は、会社をやりたくてやってきたわけでもないですし、自分がやるべきことを考えて動いてきただけなんですよね。会社を大きくしようと考えたことは、元からありません。

YouTubeだけで仕事をしている人たちのなかには、1本何千円という安い仕事でも、断れずに引き受けている現状もよく耳にします。

もっと夢のある業界にしなければいけない。自分の会社がよくなるというよりも、「映像の世界全体がよくなるように」という考えでやってきたつもりです。

映像業界のモデルケースをつくる

こうした現状のなかで、弊社が映像業界における一つのモデルケースになればいいと考えてきました。ここで頑張れば稼げるようになり、上の立場へ進み、やがて自分の会社をつくることもできる。そういうモデルケースをつくりたかったんです。

だからこそ、人を会社に残して規模を大きくしていくことよりも、ここで育った人が自分の力で、次の道に進んでいく方が大切だと思っています。

YouTubeやSNSだけではない、本格的な映像づくりへ

トップランナーとしての自負と、変化する競争環境

弊社は30年ほど前から「実効果を出す動画戦略」という考え方を掲げてきました。CMしかなかった時代に動画という武器を使い、企業が勝ち組になるための方法論を考えて、提案してきたんです。その意味では、常にトップランナーとしてやってきた自負があります。

ここ最近はYouTubeの台頭で、動画時代が本格的に幕を開けたと同時に、この領域に参入してくる会社も非常に増えました。動画に関わる人や会社が増えた分、私たちは以前ほど目立たなくなったようにも感じています。

そのなかで、自分たちの強みや存在意義を発揮できるような会社の強さを、今後さらに持っていく必要があると思っています。

映画やドキュメンタリーという、より本格的なジャンルへ

今はYouTube・TikTok・InstagramといったSNSを中心にした動画制作が主流になっています。ですが、トップランナーとしてはそれだけではない、もっと本格的なジャンルにチャレンジしていきたいと思っています。

例えば、映画への参入やテレビのドキュメンタリー番組ですね。ドキュメンタリーは、私自身がライフワークとしてずっと携わってきたものです。ここをさらに強化していきたいと考えています。

オリジナル作品の映画化を目指す

すでに数冊、本を出版させていただいているんですが、新たにオリジナルの本を書くことに今チャレンジしている最中です。オリジナルの本や脚本をつくり、それを映画化していきたいと考えています。

弊社は大資本ではないですから、これまでSNSなどで企業の商品をどう目立たせるかを考えてきた強みを使って、自分自身のコンテンツを世に知らしめていきたいですね。そうした動きは、水面下ですでに進行中です。

頑張り抜いた人だけが、自分の可能性を見いだせる

3年間、踏ん張ってほしい

一生懸命頑張るということが、決してかっこいいとされる時代ではなくなってきていると思います。ですが、20代・30代の人に絶対に知っておいてほしいのは、努力を続けて、かっこ悪くても頑張り抜いた人が、最後に勝つということです。

最後に勝つというのは、人よりもよい給料をもらえたり、よい仕事ができたりなど、頑張ってきてよかったと思える人生を歩めることですね。それはやっぱり、頑張った先にしかないものなんです。

社会に出たときは、必ず「こんなはずじゃなかった」ということがあります。自分が夢に描いていた仕事ほど、むしろそういうことが多いかもしれません。

だけど、そこで踏ん張って、3年間頑張り抜いていただきたいと思います。そうすれば、必ず開けてくるものや、見えてくるものがあります。

自分の可能性はまだ見えていない

若い人は自分の可能性が、自分にもまだ見えていない人が多いのだと思います。そこで頑張った人だけが、自分が本来持っている可能性や力を見いだせるんですよ。

皆さんの中に眠っている力を、若いうちに絶対に発掘してもらいたい。それさえ見つけられれば、何をやっても勝てますし、うまくいくでしょう。

最初は我慢することも大事だと思いますね。いろいろな声に乗せられて「こうした方がいい」と、どんどん会社を変えるのも、それも一つの人生なので否定はしません。ただ、それだけが全てではないということは、分かっていただきたいなと思います。

編集後記

酒井さんのお話を伺って一番印象に残ったのは、自社を大きくすることよりも、映像の世界全体がよくなることを考えることです。そうした会社や人材に対する考え方が、とても印象的でした。

また、学生に向けた「3年間踏ん張ってほしい」という言葉にも、重みを感じました。自分の可能性を短い期間で決めつけず、努力した先にあるものを見つけることの大切さを、改めて考える機会になりました。貴重なお話をありがとうございます。