金融機関で見えてきた「市場価値」への焦り
28歳まで金融機関のIT部門にいた
私は新卒から28歳まで金融機関で働いていました。IT部門で、金融機関の大きなシステムをつくるような仕事です。会社に不満があったわけではなく、辞めた理由はいろいろあるのですが、いちばん大きかったのは自分の市場価値への焦りでした。
大きなプロジェクトほど気づいた違和感
会社では出世が早いほうで、規模の大きなITプロジェクトを任せてもらっていました。 その一方で、任される規模が大きくなるほど、会社独自のシステムやITの考え方には詳しくなっているが、自分は歯車の一部で大きな価値は生み出せていないと考えるようになりました。
同僚を見ていても、だいたい別の金融機関やコンサル、Saas関連事業者等に転職していて、みんな似たような場所に行って、転職前と同じような仕事をしているという印象がありました。私は会社自体に不満があったわけではないので、それなら転職してもあまり変わらないだろうと思い、環境を大きく変えてチャレンジしてみようと考えたのが起業でした。
好きなことを仕事にしたいと思った
辞めると決めた時点では、何をやるかはまったく決めていませんでした。仕事が一区切りついたタイミングで一旦退職し、そこから趣味の延長で仕事を選ぼうと考えました。金融には正直それほど興味がなく、新卒のときは条件で選んだだけだったんですよね。
もともと旅行と食が好きだったので、食を通じて地方創生に関わったり、いずれは海外にも展開できたりするような仕事ができたら楽しいのではないかと思い、今の会社にたどり着きました。前職の経験を生かして始めたというより、好きなことを仕事にしたらどうなるのだろう、という気持ちが出発点になっています。
加工食品を「つくる」から「売る」まで一気通貫で
弊社は、レトルト食品や瓶詰め、ドレッシングといった加工食品をつくったり売ったりする会社です。メインとなるのは「つくる」部分で、クライアントからの依頼を受けて企画をゼロから立ち上げ、レシピ開発やパッケージデザイン、製造、販売戦略まで一気通貫で対応しています。
つくるだけでなく売るところまで手がけているのも特徴です。企画やコンサルティングを行う会社は多くありますが、実際に自社で販売までしているケースは意外と少ないんですよね。弊社では東京と大阪に店舗を構え、ECでの販売も行っていて、そこで得た販売データを次の企画に生かしています。ものづくりを軸に、販売事業やメディア事業を通じてその付加価値を高めていく、というのが全体のイメージです。
OEM外注から自社製造への転換
当初、製造はOEMで外注していたのですが、製造業者とのコミュニケーションが取りづらかったり、食品製造業ならではの難しさを感じていました。そこで初年度の終わりごろに、弊社が受託する側の会社になろうと舵を切りました。
ロットの柔軟性という強み
弊社が意識しているのは、ロットを含めた柔軟性です。多くの製造業者は設備やキャパシティによって「これくらいの量しかつくれない」という制約が決まっていて、クライアントが何かをつくりたいと思っても、なかなかその条件にはまらないことが多いんですよね。これは大手の食品メーカーでも同じで、意外と融通が利かないケースが多いです。だからこそ、ロットの面や対応できるジャンルの幅で、できるだけ柔軟に応えられる事業モデルを目指しています。
異業種からの参入という壁
異業種から食の世界に飛び込んだので、最初は本当に何もわかりませんでした。食品業界であれば新卒1年目に教わるような用語すら、経営者という立場だと誰も教えてくれません。取引先に「素人じみた質問で恐縮ですが」と聞きながら、ひとつずつ調べて理解していきました。
自社で工場を買収して製造体制を整えたときも、工場に入ったことすらない状態でまず買ってみる、というところからのスタートでした。プロフェッショナルの人材を採用することで体制を整え、最初の1年ほどはとにかく知識を埋めていく期間だったと思います。
思いのある事業者の受け皿になりたい
弊社は「何でもつくりたい」というスタンスではなく、ご当地の特産品を広めたい生産者さんや、保育園、ホテル、鉄道会社など、何かしら強い思いがあって食品をつくりたいと考えている方々と一緒に仕事をしています。
そうした思いのある事業者ほど、柔軟に対応してくれる会社を探すのに苦労しがちです。いろいろな会社に問い合わせて、なかなか見つからず、ようやく弊社にたどり着くというケースが多いんですよね。弊社の知名度や実績が上がっていけば、そうした事業者がもっと早く見つけてくれて、無駄な苦労をせずにいい商品づくりに進めるはずだと思っています。企画や開発といったゼロイチの部分は弊社に任せてもらって、事業者の方には商品を広める部分に注力してもらえたら、というのが今描いているビジョンです。
このビジョンに近づくうえでの課題は、案件数を増やしていくことです。ただし件数だけを追うのではなく、酒造や鉄道会社など、いろいろな業種と組んで新しい可能性を探ることを大切にしています。弊社の場合は困りごとを解決するビジネスというより、「なくても困らないもの」をつくる側面が強いので、課題感から申し込みが来るわけではありません。どう有名になっていくか、どう集客していくかというところが現在の難しさだと感じています。
学生へのメッセージ
大学生の時期に何か特別なことをしていたわけではなく、サークルにも部活にも入らず、アルバイトと旅行くらいしかしていませんでした。学生起業のような選択肢を考えたこともなかったですね。
それでも振り返ってみると、大手企業で新卒からの3年ほどを過ごして、社会人としての基本的な所作を身につけられたのはよかったと思っています。起業してから大手企業の方と話す機会も増えましたが、大手出身であることで信頼してもらえる場面も多く、地に足のついた形でチャレンジできている実感があります。学生起業に焦る必要はなく、20代後半や30代からでも十分チャレンジはできる、というのが今の実感です。
編集後記
金融機関で大きなプロジェクトを任されながらも、「これは自分の力ではない」と気づいて環境を変える決断をされたお話が印象的でした。異業種からのスタートで苦労も多かったはずですが、好きなことを仕事にするという軸をぶらさずに事業を育ててこられた姿勢に、勉強熱心な私自身も背筋が伸びる思いです。思いのある生産者の受け皿になりたいというビジョンにも、これからますます注目していきたいと思います。