伝統産業に生まれて
私は代々続く人形師の家系に生まれました。祖父が初代の人形師で、私で三代目になります。ただ、大学を卒業して最初に入った会社はまったくの異業種でした。正直なところ、家業を継ぐつもりはあまりなかったんですよね。
家業に入ったきっかけ
そんな私が家業に入ることになったのは、父の急逝がきっかけです。当時は母が代表を務めていたので、母と二人三脚で家業に向き合うようになりました。私が社会に出たのが昭和60年、家業に入ったのが昭和62年ですから、ちょうどバブル崩壊の少し手前くらいの時期になります。
時代とともに変わる「選び手」
その頃から、家族のかたちが少しずつ変わっていくのを肌で感じていました。当時はまだ「核家族」という言葉すらなく、結婚したら奥さんがご主人の家に同居するのが当たり前の時代です。三世代同居の家庭が多いなかで、若い夫婦が別に暮らすという、ちょうど変化のはじまりの時代でした。
お客様が変わっていく
雛人形の製造販売をしていた当時は、おじい様おばあ様が店頭に商品を買いに来て、生まれた孫に贈るというのが一般的でした。それが徐々に、おじい様おばあ様と一緒にお母さんが来店するようになり、やがてお母さんだけで来店されるようになっていったんです。実際に店頭に立っていると、その変化をものすごく感じました。
購入を決める人が、おじい様おばあ様からお母さんに移っていく。お金を出すスポンサーは今でもおじい様であることが多いのですが、選ぶ人が変わると、当然選ばれる商品も変わってきます。おじい様おばあ様が好むような伝統的で大人びたお顔から、お母さんに響くような優しい雰囲気のお人形へと、少しずつ思考が移っていく。そのお母さんに選んでいただけるような商品を、これから開発していく必要があると当時感じたんです。
職人からの猛反対、そして独立
最初は家業のなかでものづくりを進めようと思っていました。ただ、伝統産業ですから、昔ながらの作りを大切にすることを使命とする職人さんたちに話をしたところ、本当に猛反対を受けました。
「伝統」を守ることへのこだわり
当時は伝統的なものが実際によく売れていましたから、なぜ変える必要があるのかと言われるのも無理はありません。ただ私自身は、このままでは先細りになってしまうという危機感を強く持っていました。今でもそうですが、伝統産業には「伝統=守ること」を非常に強調される方が多く、変えることへの抵抗感を持つ方が多いように思います。
その思いのなかで、自分が作りたい人形を作るために独立し、2008年に人形工房ふらここを立ち上げました。
赤ちゃん顔の、コンパクトな人形
今作っている雛人形も五月人形も、可愛い赤ちゃんの顔をした優しいお人形です。独立した当初、こうしたお人形はほぼ市場にありませんでした。今ではそうしたお人形を作るメーカーさんも増えて、市場のおよそ30%くらいを占めるカテゴリーに成長したと感じています。
サイズも大きく変わった
昔ながらの雛人形は瓜実顔(うりざねがお)の大人びたお顔で、大きさも人の背丈ほどある雛壇に、畳2畳分くらいのスペースを使って飾るのが一般的でした。今、私が作っている雛人形も五月人形も、横幅は約40cm、奥行きも30cm以内というほぼA3サイズに収まるコンパクトさです。
昔はおじい様おばあ様が飾り手としていて、何人かで大きなものを飾る余裕がありました。今はほぼお母さん一人で飾りますし、住まいもそれほど広くありません。だからこそ、簡単に省スペースで飾れて、保管もしやすいものが求められていると感じています。
ネット販売という選択
私の会社は、今は95%がネット販売です。ショールームでの販売が一部ありますが、大半はネットでの購入になります。今でこそネット販売を行う業者さんはいますが、私が創業した当時は皆さん店頭販売が当たり前でしたから、ある意味では革新的な取り組みだったと思います。
Instagramでの発信に力を入れている
認知を広げる一番大きな手段はSNSです。なかでも、25歳から40歳くらいのお母さん世代が一番多く使っているのがInstagramなんですね。今の時代、Instagramで商品を検索するのはお母さん世代にとって当たり前のことになっています。ですから、そこにとても力を入れて毎日投稿していて、フォロワーも1.7万人ほどいます。
女性が中心の職場
今、社員数はちょうど30名ほどですが、私以外は全員女性です。平均年齢はちょうど30歳くらいで、20代30代の女性が中心に働いてくれています。購入を決めるお母さんの感覚を肌で分かる女性を中心に、事業を展開しているんです。
女性が働きやすい環境づくり
もちろん男性が働けないということではありませんが、特に女性にとって働きやすい職場環境を率先して整えてきました。
これから目指したいもの
私たちは伝統産業ですが、時代のニーズに調和した商品を生み出して、広く提供していくことを使命にしています。雛人形も五月人形も、親と子の深い絆を結びつける商材です。子どもが0歳児のときに購入して初節句を祝い、その後も毎年ひな祭りや端午の節句に飾って家族でお祝いをする。子どもにとっては、両親が自分の成長を祝ってくれたという記憶が積み重なっていき、それが自分自身の自信にもつながっていくと思っています。
ブライダルドール、そしてその先へ
雛人形が「最初の家族」を祝うものだとすれば、新しい家族をつくるタイミングで贈る人形が、ブライダルドールです。これまで大切に育ててくれた親へ、感謝の気持ちを込めて贈呈する人形として開発しました。今は、さらに年間を通して飾れる、子どもの成長を見守ってくれるような商品の開発にも着手しているところです。
日本の伝統行事にちなんだ商品をより多く開発していくことで、身近すぎてつい忘れがちな日本独自の風習を、もう一度新しい形で多くの方に届けていきたいと思っています。海外の方から見ると、日本の文化はとても歴史がある貴重なものとして受け止められることが多いと感じています。そうした文化について海外の方にも話ができて、身近な伝統行事として親しんでもらえるような環境を整えながら、親と子の絆を深められる商材をこれからも開発していきたいです。
採用で大切にしていること
採用は新卒と中途を織り交ぜて行っています。すぐに力になってくれる社員さんが必要なときは中途採用で、じっくりと将来力になってくれる社員さんを育てたいときは新卒採用でと、状況に応じて使い分けています。
「向き合う力」を求めている
まだ社員数30名ほどの小さな会社ですから、一人ひとりが自分の担当業務にしっかり向き合い、与えられた役割を果たしてくれることをとても大切に考えています。誰か一人が責任を果たさないと、その部署だけでなく関連する部署にも大きな影響を与えてしまうからです。
平たく言えば、責任感があって、自分に与えられた役割にきちんと向き合える人を求めています。私たちはこれを「向き合う力」と呼んでいます。何か問題が起きたときに「自分には関係ない」と人ごとにせず、たとえ他部署の問題であっても自分にできることはないかと考え、自分から主体的に働きかけられる人材を求めています。
選考はやや厳しめで、1次と2次を通過した人を社員として迎え入れています。内定を出すときには、なぜ合格したのかをきちんとした文章としてまとめて提示するようにしていて、「こんなに自分を見てもらったのは初めてです」と言ってもらえることが多いです。おかげさまで内定辞退はほとんどありません。そうして入社してくれた人たちだからこそ、みんな責任を持って仕事をしてくれて、社員同士の仲もとてもいいと感じています。
学生のみなさんへ
まだ就活をしていない方には、学生時代に一つでも打ち込めるものを持ってほしいと思っています。何でもいいと思うんですね。ゲームでも構いません。とことん打ち込んでみるという経験は、社会に出てから何か一つに集中して力を注いでいく感覚として、大きな財産になります。
就活をしている方には、自分が本来持っている力を評価してくれる会社をしっかり探してほしいと思います。足が速い人には走れる環境を、力がある人には力を発揮できる環境を見つけることが、会社にとっても本人にとっても幸せなことです。待遇面だけで判断すると、入社後にミスマッチが起きて残念な結果になってしまうこともあります。自分は何が得意で、それを発揮できる会社かどうかという視点で探すと、いい出会いにつながると思います。
編集後記
今回、原さんのお話をお聞きして、時代の変化を肌で感じながら、職人さんからの猛反対にもめげずに独立された姿にとても心を打たれました。伝統を守ることと、時代に合わせて変えていくことは、決して矛盾しないのだと感じます。女性が中心となって組織をつくられている点も、とても学びが多かったです。私自身もまだ学生ですが、自分が打ち込めるものを見つけていきたいと思いました。貴重なお話をありがとうございました。