北海道・帯広。十勝平野の中心に位置するこの街で、大正14年から100年続く薬局がある。株式会社緑西加藤調剤薬局、株式会社薬創、代表取締役社長の板谷圭佑さんは、製薬メーカーや病院薬剤師を経て、結婚を機に義父が営んでいたこの老舗薬局を事業承継した。就任からわずか半年で株式会社薬創の売上の半分が消えるという試練を乗り越えた先に、今どんな景色が見えているのか。
薬剤師になった理由
国家資格が就活の武器になると思った
高校は神奈川県横浜市の横浜緑ヶ丘高校に通っていました。周りに優秀な人がたくさんいて、医療系・工学系とさまざまな方向を目指す同級生たちがいる中で、「医療系に進みたい」という気持ちが芽生えたんです。
当時はいわゆる就職氷河期の時代でもあったので、「国家資格を持っていた方が就職に有利じゃないか」という発想もありました。その選択肢のひとつとして薬剤師を目指し始めたのが、最初のきっかけです。
薬の流通を川上から学びたかった
薬剤師の就職先には、調剤薬局・病院・製薬メーカーのMR・麻薬取締官・ドラッグストアなど、いくつかの選択肢があります。私は大学卒業後、まずは日本ベーリンガーインゲルハイム株式会社に2007年に入社しました。
「いろんな経験がしたい」という思いがあって、製薬会社から始めることで、薬が作られて卸業者に渡り、各地域の調剤薬局に届いて患者さんの手に渡るという、その流通の一番原点にあたる部分を学べると思ったんです。
約1年間、MRとして経験を積んだ後は、薬剤師として最前線に立ちたいと思い、病院薬剤師に転職しました。病院では注射薬の管理や入院患者さんの薬の管理、そして医師・看護師との多職種連携を経験することができました。
その後、今の妻との結婚を機に、義父が経営していた加藤薬局に入社しました。
代表就任半年でのピンチ
門前の先生が急逝した
株式会社薬創の代表取締役になったのは4年前のことです。大きな試練としていちばん印象に残っているのは、代表交代からわずか半年後に、薬局の門前にいたクリニックの先生が急逝されたことでした。
薬局にとって門前のクリニックというのは、処方箋を持って来てくださる患者さんの大きな源泉です。その先生が亡くなられたことで、売上のおよそ半分が一気に消えてしまいました。代表になって半年しか経っていない時期にです。
当時は本当にピンチとしか感じられませんでした。そこから約2年間は赤字が続きました。
在宅医療に特化して立て直した
どうやって立て直すかを社員たちと一緒に考えた結果、それまで売上の三本柱として取り組んでいた「門前処方箋調剤」「OTC医薬品(市販薬)の販売」「在宅医療」のうち、在宅医療に特化してシフトしていこうという判断をしました。
OTC医薬品の販売を強化してドラッグストア化するという選択肢もありましたが、それは時間がかかりすぎる。だったら、以前から力を入れていた在宅医療の患者さんと施設をさらに増やして、そちらで売上を立て直す方が現実的だと考えたんです。
踏ん張っていると、救世主のような出会いがありました。急逝されたクリニックと同じ循環器内科の先生が門前に入ってくれることになったんです。その先生は「予防医療」を大切にされていて、「医療・食事・運動の3つが連動してこそ健康が守られる」という考え方で一致していました。
今は外来も在宅・施設も、以前より規模が拡大した状態で取り組めています。売上はV字回復して、以前を大きく上回るレベルになっています。
ピンチはチャンスという言葉の意味
よく「ピンチはチャンス」と言いますが、当時はそんな言葉は全然頭に入ってきませんでした。ただ、「辞めるのはいつでもできる」という気持ちだけは持っていました。
諦めないでいろんな方法を模索していれば、光が見えてくるものだと今は思っています。
加藤薬局が選ばれる理由
100年続く老舗のブランド力
加藤薬局は大正14年(1925年)、「加藤安全堂」として創業しました。当時は化粧品・衛生用品などを扱うお店でした。その後、昭和25年(1950年)に有限会社加藤薬局を設立し、昭和63年(1988年)に調剤薬局を設立しています。
十勝という地域で100年以上続いてきたことで、「加藤薬局」という名前を覚えてくれている患者さんが多いんです。この名前自体をブランドとして、長い世代にわたって広げていきたいと考えています。
時代の流れをいち早く取り込む
もうひとつの強みは、都市部の新しい動きをいち早く察知して、地方にも取り込んでいくスピード感です。
在宅医療もそのひとつでした。調剤薬局というのは、患者さんが処方箋を持って来てくれるのを待つ「受け身」の仕事が基本です。でも在宅医療は逆で、薬剤師が患者さんのご自宅に出向いて、薬の管理やバイタルチェックを行うという「能動的」な仕事です。
帯広・十勝の地域でいち早く在宅医療に取り組んだことで、今でも地域包括支援センターやケアマネジャーさんたちから「在宅なら加藤薬局」と認識していただいています。現在の在宅シェアは地域一番を維持しています。
経営で大切にしていること
患者さんに必ずひとつメリットを
経営において大切にしていることは、「ここに来てよかった」と思ってもらえることを常に考えることです。
どこの薬局も同じ、どこの病院も同じ、では意味がない。加藤薬局だからこそできる対応、加藤薬局を選んでくれたからこそ得られるメリットを、患者さんに一つでも提供したい。それを社員全員に伝え続けています。
薬は正確で安全に届けることが大前提ですが、その上でプラスアルファの価値を患者さんに感じてもらえるような薬局を目指しています。
必要でなくなったものは切り離す
時代に合わせて取り組みを増やしていく一方で、必要でなくなったものは切り離すという「スクラップアウト」の視点も大切にしています。全部抱え込もうとすると、どこかで限界が来ますから。
加藤薬局のこれから
道東唯一の専門医療機関連携薬局
現在、北海道の道東エリアで唯一の「専門医療機関連携薬局」として道から認定されています。これはがんの専門的な調剤ができる薬局で、医療麻薬の管理など特殊な対応ができる薬局として認定されています。
この認定があることで、地域の先生方から「加藤薬局にお願いしたい」という声をいただけるようになり、患者さんも増えています。
薬剤師が「待つ」から「出向く」存在へ
超高齢化社会を迎えたこれからの時代、薬局の役割はますます変わっていくと思っています。処方箋を持ってきてもらうのを待つだけではなく、薬剤師がご自宅や施設に出向いて、血圧・血中酸素濃度(サチュレーション)などのバイタルチェックをして主治医にフィードバックするような、能動的な医療の担い手としての役割を広げていきたいんです。
また、AIやDXの波が医療業界にも来ています。機械に任せられることは積極的に自動化して、薬剤師にしかできないことに人の力を集中させていく。そういうバランスのよい経営をしていきたいと考えています。
24時間365日、頼れる薬局へ
最終的には、患者さんが「加藤薬局なら24時間365日、安心して頼める」と思えるような体制を作りたい。医療と食事と運動を連動させた予防医学への取り組みも含めて、地域の健康を守るパートナーとして、これからも進化し続けていきたいと思っています。
編集後記
板谷さんのお話を聞いて、「受け身の薬局」という概念が根本から変わりました。処方箋が来るのを待つだけでなく、薬剤師が患者さんのもとへ出向き、バイタルチェックから医師へのフィードバックまでを行う。そこまでが薬局の仕事になりつつあるんだと知って、正直驚きました。
代表就任から半年で売上の半分が消えるという状況は、どんなに優れた経営者でも動揺するはずです。それでも「辞めるのはいつでもできる」と踏ん張り続けた板谷さんの姿勢は、起業や経営に興味を持っている自分にとって、とても刺さるものがありました。100年続く老舗の重みを背負いながら、時代の先を読んで行動し続ける。そのバランス感覚こそが、今の加藤薬局の強さなのだと感じます。