保守的な選択から始まった歯学部進学
資格が取れる仕事を選んだだけだった
高校2年生の冬、急に進路を決めることになったんですよね。それまであまり進路を吟味する時間もなくて、キャリアを考えるなら資格が取れるような仕事がいいかなという、わりと保守的な考え方をしていたと思います。自分が将来起業するなんて、その時は全く想像していませんでした。国家資格を取れる学校のうち、これから1年受験勉強していけそうだなと思えたのが歯学部で、本当にそれだけの理由で選んだんです。だから興味を持てたのは、どちらかというと入ってからでした。
予防できるという事実に衝撃を受けた
「歳をとればなるもの」ではなかった
入学したばかりの頃は歯科の知識がまったくなくて、正直まったく興味もありませんでした。虫歯や歯周病は歳をとって過ごしていたら自然になるものだと思い込んでいたんですよね。でも「予防できる」ということを知って、むしろ予防こそがとても大事なんだと気づきました。歯の治療って削って代わりの材料を詰めたり、進行した状態を止めたりする処置が大半で、薬を飲んだらもとに戻る、という処置がほとんどないので。その現状を見れば確かに予防が大切だと納得できるのに、それまで全然そう思っていませんでした。歯が痛いとか、いい歯医者が見つからないとか、歯で困っている人は周りにも多くて、予防できたらそれらが全部解決するんじゃないかと感じ、そこにすごく可能性を感じました。
予防は「意識の高い人」にしか届いていない
実際に歯科医院で提供されている予防のようなものって、どちらかというと「管理」なんですよね。もともと意識の高い人が歯医者さんに来ていたり、意識が高くなくても一度治療で通ってそのまま管理という形で通い続けていたり。本当に予防を届けたい人たちには、全然届いていないという現状に、学生ながらモヤモヤを感じていました。実態と、こうなったらいいなということの間にズレがあるというか。多分みなさんも学生の時、こういう視点でメディアを見て思うことがあると思うんですけど。私も同じようなことを、ちょうど学生の時に思っていたんです。
学生団体からイベント、クラウドファンディングへ
歯医者の外で聞ける場所を作りたかった
子育て中のお母さんたちからは、忙しくて歯医者に相談しようと思っていてもつい後回しにしてしまうという声をよく聞いていました。フッ素は大丈夫なのか、歯ブラシは何を使えばいいのかといった疑問も、本当は歯医者に行けばすぐに答えてもらえることなのに、そこにたどり着く前の段階で解消されないまま消えてしまっているように感じたんです。それなら、先生ではない人がやっている入りやすい空間で、歯医者の外で聞ける場所を作りたいと思ったのがきっかけで、学生主体のイベントを始めました。
クラウドファンディングで感じた手応え
イベントを始めたのは、旅行が好きだから「どこかに行こう」というくらいの、学生時代に挑戦したいことのひとつという軽い気持ちからでした。資金はアルバイトで用意することもできたのですが、どうせならより多くの人に知ってほしいという思いや、自分の活動が社会からどれだけ受け入れられるかを試してみたくて、クラウドファンディングを選びました。当時、免許のない学生がこういうことをするのはあまり例がなかったんですけど、その分「大事なことだ」と共感してくれる先生方が多くいて、同世代の歯学部生からも「参加できてよかった」という声をもらいました。そこから、たった1回の思い出のつもりだったものが、もっとやってみたいという気持ちに変わっていったんです。
気づけば「ぬるっと」法人化していた
試行錯誤しているうちに、私の場合はどちらかというと「ぬるっと」法人化したような感じでした。やりたいことがどんどん増えていって、それを実現するために法人化が必要になっていったという流れです。初めからこれを成し遂げてやろうと強く思っていたわけではなくて、活動を続けるなかで、皆さんのおかげでだんだん使命感のようなものが育っていったんだと思います。
ヘルスプロモーションの開発実装と人材育成
予防をカジュアルに届ける接点をつくる
事業内容を簡潔にお伝えすると、ヘルスプロモーションの開発実装と、人材の育成というふたつの柱があります。ヘルスプロモーションは、社会環境や制度を整えることで、自然と健康になれる基盤をつくる取り組みです。 私たちは、地域住民、自治体、大学、医療機関など多くのステークホルダー(利害関係者)を巻き込みながら、社会実装に取り組んでいます。
歯科医院の経営課題とあわせて解決したい
ヘルスプロモーションは儲からない領域で、公的機関がトップダウンで取り組むものやボランティアが草の根的に活動するものがほとんどです。これに対して私たちは、既存組織のお困り事を解決する形で取り組みを広げたいと考えています。例えば、歯科医院内で予防に取り組むためには技術力だけでなく、コミュニケーション力や発信力も重要です。こうしたものは日常の診療だけでは身に付かないため、私たちの活動を通じてトレーニングしてもらえるよう研修の形にパッケージ化しています。さらに現在、こうした予防に注力している診療所が消費者に「見える化」するよう、デジタルでの仕組みづくりも進めています。
やりたいことがど真ん中になった原動力
大学院に進んでまで追いかけたテーマ
法人化する前も含めて5年近く活動を続けるなかで、ヘルスプロモーションは本当に自分のやりたいことのど真ん中になってきました。初めから見つかっていた人もいると思いますが、私の場合はやりながらこれを絶対にやりたいと思うようになり、そのために大学院にも進みました。みんな興味はあっても現実的には儲からない、あるいはボランティアではインパクトを残すところまでいかないという現状に対して、どれだけインパクトを残せるかに挑戦していることが、ひとつの原動力になっています。
人から必要とされる嬉しさ
もうひとつの原動力は、他の人から必要とされる実感です。たとえば、上記の医療機関向けの研修はまだ積極的な告知をしていない段階なのですが、複数の医療機関からお問い合わせをいただいています。活動への共感から「うちでもやってみたい」という意欲に変わると、地道に取り組んでいてよかったと感じます。
誰もが健康を自分ごとにできる社会へ
健康管理を「楽しいもの」に変えたい
私たちが掲げているビジョンは「誰もが健康を『自分ごと』にできる社会へ」です。これまでの健康管理は、アプリを入れたり体重計に乗ったりと、どこか辛いものというイメージが強かったと思います。人生100年時代において、そうした健康づくりをみんなで楽しくできるものにしていきたいという思いを強く持っています。社名の「株式会社I&Company」の「カンパニー」には仲間という意味を込めていて、それもこのビジョンにつながっています。
なるべく早い時期からサポートしたい
予防歯科という分野は幅広く、日頃の生活習慣とも深く関わってきます。だからこそトータルでサポートしたいですし、人生早期から接点を持ちたいと考えています。 高齢者への予防に意味がないわけではありませんが、早い段階でできたほうがいいことはたくさんあります。健康に関心を持つ世代はどうしても40〜50代からになりがちですが、歯科はおそらく最もライトな医療分野です。だからこそ未就学の子どもの頃から関心を育んでいき、意識が高いということではなく、意識が自然と育まれるような環境をつくっていきたいと思っています。
医療者としての倫理観をチームに残す
正社員は自分ひとり、専門家とチームを組む
正社員は私ひとりで、ほかは業務委託です。歯科医師など専門分野を持つ医療従事者と、デザインやマーケティングなどビジネス領域での経験がある方のチームで事業を推進しています。 歯科医師だけでやらないというのも、うちの特徴のひとつです。歯科医師は、6年間ほど大学に通うなかで、他の人が経験できるような当たり前の経験ができていない一方で、医療者としての倫理観がすごく刷り込まれていくんですよね。それを持っている人がチームにいることが、とても大事だと思っています。患者さんが求めるものをつくることが正解ではなく、そこにあわせながらも、医療としてあるべき姿をきちんと守っていきたいという思いから、必ずチームを組むようにしています。歯科医師が「先生」という立場に甘んじて独りよがりになっていては、市場に届くサービスにはならないという危機感も、チームで事業を進める理由のひとつです。
中身づくりを大切にした認知拡大
企業のマーケティングと考え方は同じだと思っていて、イベントであればどんな会場で開催するか、そこでの認知づくり、アナログなポスティング、Web広告なども前提として行っています。ただ、それ以上に中身づくりを大事にしていて、専門性と体験型を組み合わせた予防歯科教育こそ、私たちが一番押し出しているものです。今まで医療者が持ち合わせていなかった「体験」というアプローチを、いかに組み合わせていくかを大切にしています。
好きなことを増やしてほしい
社会に必要とされる確率を高める
キラキラして見える人は、自分の好きなことをやっている人だと思います。ただ、同時に社会に必要とされることでもないと、それだけで生きていくのは難しいですよね。子どもの頃はみんなスポーツなどが好きだと思いますが、それだけで生きていける人はほんの一握りです。ほとんどの人はだんだん社会に必要とされることをやっていくことになるのだと思いますが、その時に自分の好きなことが増えている状態だと、好きなことが社会に必要とされるものである確率が高まるのかなと感じています。私も学生の時に体験型予防歯科イベントの「お口のテーマパーク」をはじめ、いろいろなことをやってきて、それが社会に必要とされることだったから今につながっているんだと思っています。だからこそ、自分自身も楽しく仕事ができています。
大学生活は周りに流されないでほしい
学生の時にはいろいろなチャレンジをしてほしいと思います。特に大学生は最後の自由な時間だと思うので、自分自身が興味を持ったことはもちろん、興味を持っていなくても人から勧めてもらったことをやってみるのもいいと思います。でも、みんながやっているからという理由だけで周りに流されて4年間や6年間を過ごしてほしくはないなと思っています。
専門性とエンターテインメントを本気で掛け合わせる
私たちの会社のユニークなところは、専門性と体験型のエンターテインメントを本気で掛け合わせていることです。ここまで本気でこのふたつを掛け合わせようとしている会社は、あまりないのではないかと自分たちでは思っています。子ども向けの取り組みだからといって、単にエンタメに寄せたくないという思いは私自身も強く持っていて、ライトなところから始めていますが、医療をしっかり変えるものにしていきたいと考えて取り組んでいます。既存のヘルスケア企業とはどこか違うと感じている方がいれば、ぜひ一度お話できたら嬉しいです。これから予防の時代が来ると思っていますが、まだまだ浸透していないからこそ大変な部分もあり、だからこそその過程を楽しんでいます。
編集後記
学生団体からぬるっと法人化したという多和さんのお話からは、肩ひじ張らずに始めたことが、周囲の共感を得ながら少しずつ形になっていく過程が伝わってきました。歯学部生ならではの視点で「予防が届いていない」というモヤモヤに向き合い続ける姿勢に、私自身も学生団体の活動を通じて似た葛藤を感じることがあるので、とても勇気づけられました。好きなことを増やすというアドバイスを、これからの活動にも活かしていきたいです。