「本は著者の部屋」——自由国民社・竹内尚志社長が語る、AI時代に究めたい紙の本の価値
名古屋大学法学部から出版社へ
就職活動はとくに対策せず
私は名古屋大学の法学部出身です。首都圏にいなかったこともあり、マスコミ対策的なことはとくにしていませんでした。結構ぎりぎりになって出版社に決めたような感じです。本当になんの対策もできず、そのときの自分が持っているもので、入れるところがあるかなと思って探しました。
法律関係の本を作れる出版社を探した
法学部で法律の勉強をしていたので、そうした知識を活かせるところ、加えてアカデミズム一色ではなくいろいろなジャンルの本を出しているところを探しました。自由国民社がそれに合致していたので受けさせていただき、入社できたという流れです。
一度も会社を変えなかった理由
自分ができることとやりたいことが両方できた
昔は当たり前だったかもしれませんが、編集部に配属されてから今の代表取締役社長まで、ずっとこの会社にいます。出版業界は割と転職する人が多いんですよね。大きな会社にずっといたいと思っている人はそれほど転職しないかもしれませんが、いわゆる小さめの会社だと最適な職場を求めて、何回か転職される方が多い印象があります。私の場合は、たまたま自分に向いていると思って入社したのが間違っていなかったんだと思います。自分ができることとやりたいことが両方できた、というんでしょうか。法律関係の知識を生かして実用書を作りつつ、それに限らないジャンルの本も作れたので、ここを離れないと自分のやりたいことができないという状況が生まれませんでした。もちろん会社のみんなのサポート、仲間たちと一緒に頑張れるというのも大きいと思います。
感謝しかない
一度も転職をしていませんが、これまでやってきたことがもとになって今のポジションにつけたのだとしたら、もう感謝しかないですし、今後もできるだけこの会社のために仕事をしていきたいという気持ちは変わっていません。
本づくりで大切にしているのは「部屋」という感覚
表紙をめくることは扉を開けること
AIが台頭してきてから、自分なりのAIの定義を持って本のことを考えるようにしています。AIは、所与の集合知から最適解をセットアップしてくれる、いわばスーパー司書がいるスーパー図書館みたいなものだと思います。これに対して本というのは、新聞や雑誌のような情報の「入れ物」=メディアではなく、いわば「著者の部屋に入っていく」ことを体験する存在だと思います。本の表紙をめくることはドアを開けることに近くて、本を読む人は扉を開けて著者の部屋に入っていく。そういう世界をイメージしています。図書館のように、条件に応じて情報をフラットに集めて掲示するのとはニュアンスが違い、部屋に入っていってその主と深く向き合うというプロダクトアウト感、そして没入感があるんですよね。電子書籍でもそのイメージは持ち得ますが、紙の本になると一層、没入感が強くなるのではないか。部屋に入ってその中の世界を丸ごと体験する価値というのが本の持ち味であり、今のAIには出しにくいものではないかと思っています。
その人らしい部屋をつくるのが編集の役割
ここにデザインが深く関わってくるんです。部屋はその人自身を表すものです。理想論ですが、ある人の本を作るからには、その人の部屋を作らせていただく感じで編集をしなければと思っています。イメージカラーやインテリア、また流れる音楽などをイメージしながら、その人が一番魅力的に見えるような部屋を作り上げるのが編集の役割かなと思っています。
AI時代だからこそ際立つ、紙の本の価値
AIというものが出てきたことによって、相対的にこの価値がクローズアップされてくるのではないかと思っています。これまでこうしたことについてある意味無自覚に紙の本と接してきていても、アナログレコードやカセットテープの再評価がそうであったように、今まで無かったもの、無かった世界が生まれてくることで逆にアナログの価値が浮き彫りになり、違う角度から光が当たるようになるんです。ここを強く自覚したほうがいいのではないかと考えています。
変わらないのは「知識の大衆化」という創業の精神
紙から電子になっても届けるものは同じ
出版社として、紙から電子にコンテンツの届け方が変わったとしても、こうした「部屋」のイメージをしっかりと持っていれば、価値は大きく変わらないと思っています。届け方は進化するかもしれませんが、本の中に何を入れて部屋と一緒に届けるのか。弊社の場合は、やっぱり創業以来一番大事にしている「読者の生活に役立つものを届ける」ということを徹底的に追求することですね。役に立つという言葉にはいろいろな意味があるので、ジャンルごとに最適なお役立ちを追求して、それを本=著者の部屋というパッケージで届ける。このことは、これからも変わらないと思います。
難しい言葉をわかりやすく伝え続ける
弊社には創業時からのスローガンで「知識の大衆化」という言葉があります。法律や専門用語、あるいは目新しい言葉などをわかりやすく伝えるということを意味しています。上から目線ではなく、難しい言葉から「権威」を取り除くようなイメージです。この精神を、創業以来ずっと持ち続けています。本の価値と組み合わせて、一番最適なデザイン、見せ方、パッケージでお届けするということを頑張りたいというのが、ビジョンといえばビジョンかもしれません。
一緒に働きたいのは「当たり前を疑う」人
正直、コンスタントに採用するというのはなかなか難しいのですが、絶対に経験者でなければいけないということはなく、異業種からも結構採用させていただいています。今は中途採用がメインになっています。私はずっと編集者だったので編集者目線で申し上げると、面接のときに感じられたらいいなと思っているのは、いい意味で当たり前のことを疑う習慣を持っているかどうかということです。「これでいいや」と普段は思っていても、実はちょっと不便だよねとか、モヤモヤすることがあると思います。このフラストレーションが企画につながることが多いんです。こういうセンサーを持っている人は編集に向いていそうな気がします。他には、デザインやセンスへの興味や美学への関心も、これから大事になってくると思っています。人並みにそれがあれば十分ですが、もしこの辺の趣味やこだわりをもっている方だと聞くとちょっとワクワクします。学生のときから無理にではなくても、そういうものを磨くような人がいたら、期待できるなと思います。
Webマーケティングは発展途上
Webマーケティングはやはり非常に大きな課題で、弊社も積極的に取り組んでいます。他社もいろいろな取り組みをされていると思うので、そこから学ばせていただきつつ、イノベーションとまで大げさに言わなくても、クリエイティブな面が必要になると思っています。どういうレベルかは千差万別だと思いますが、何か一つ、「これだ」というコアのイメージ、ビジョンが見えてくれば、ぐっと進むことができると思っています。あまり遅くなっても意味がないので、ここ数年でそれをつかみたいと思っています。
100年近い実用書のノウハウという強み
弊社の強みというか個性は、他の出版社と比べても特色だと言えるものが、実用書のノウハウを100年近く追求してきたという蓄積があることです。法律関係も長いですし、「現代用語の基礎知識」は78年目を迎えています。歴史がありますがまだまだ元気にやっていて、わかりやすく伝えるという観点から、本というものの可能性をずっと追求してきました。そういうところに共感してくれる人と一緒に頑張れたら嬉しいです。
もう一つは「新語・流行語大賞」というイベントです。毎年年末に、その年に目立った言葉、新しく登場した言葉、物議を醸した言葉などを顕彰するイベントなのですが、これは単なるコンテンツではありません。今は特に動きの早い時代で、時代も常識もすごく流動していますよね。その中で時代と対話していくようなイベントだと思っていて、これからますます難しくなっていくイベントだとも思いますが、頑張って対話していきたいです。こういうところにもやりがいを感じたり、共鳴してくれる方がいたら、ぜひ一緒に頑張りたいです。
学生や若い世代へのメッセージ
流行と普遍、両方を編集する仕事
会社としてというより、私自身の言葉として伝えたいです。ずっと編集者をやってきて、プレイヤーから社長になったので、マネジメントというより現場からの実感ですが、出版社は流行が大事なんですよね。売れる本というのは流行から生まれることもすごく多いので、流行に対しても貪欲にキャッチアップしていかなければいけません。一方で、変わらない普遍的なこともあって、これをうまく編集するのがまさに編集者だと思っています。どちらかだけになってしまうと、売れてもすぐ消えてしまったり、逆にいい本なのに売れなかったり、見つけてもらいにくくなったりします。どちらにしても不幸なことになるので、編集はバランス感覚が大事な仕事だと改めて思っています。
本が好きな人と一緒に頑張りたい
編集の仕事はAIと対峙して、先ほど述べた価値を持ち続けるためにも、審美眼やバランス感がすごく大事だと思っています。結果として、バランスの良い価値観を育てる職場になっているのかなという気もします。好きな本を作りつつ、人間としてもバランスよく成長していけるチャンスがある職場ではないかと思うので、一緒に頑張りたい人がいたら、ぜひ一度見に来ていただきたいと思います。
編集後記
出版社への取材は初めてで、正直どこまで踏み込めるか不安でした。でも「本は著者の部屋」という竹内社長の言葉を聞いた瞬間、腑に落ちるものがありました。効率やスピードが評価されがちな今、あえて没入感や体験価値に向き合う姿勢に、経営者としての軸の強さを感じました。流行と普遍、その両方を編集するというバランス感覚は、ビジネスのあらゆる場面にも通じる考え方だと思います。貴重なお話をありがとうございました。