商社マンから、家業の歯科ディーラーへ
4時起き、12時帰りの毎日
大学を卒業して、私が最初に入社したのは上場企業の商社でした。他のメーカー関係の道もありましたが、一度は親のもとを離れて、自分で決めた場所で働いてみたいと思ったんです。
ただ、実際に働き始めたら、朝4時に起きて夜12時に帰る生活がずっと続きました。いわゆる「ザ・商社マン」という感じで、正直かなりきつかったですね。大きい会社だったので、そのまま働き続ける分には一生困らないだろうとは思っていました。ただ、40年この仕事を続けた先に何があるのかな、とも感じていたんです。
「巻かれろ」の一言で決意
会社を辞めようと思ったきっかけは、当時同じチームだった先輩ではなく、私が所属していた班のマネージャーの一言でした。入社2年目くらいの私に「福島、長いものには巻かれろよ」と言ってきたんです。それがきっかけで、こんな大人にはなりたくないな、と思いました。もっと自由にいろいろやってみたい気持ちが、その頃からずっとあったんだと思います。
それで商社を辞めて、実家の歯科ディーラーの仕事に入りました。ただ、最初はディーラーとしての仕事がとにかくつまらなくて、正直くすぶっていた時期でした。
全国初の歯科ディーラーYouTuberとして
誰もやっていなかった発信
転機になったのは、自分の担当を持つようになったタイミングです。結局は自分次第なんだ、と気づきました。それが2018年、ビジネスYouTube元年と言われる年で、私は全国初の歯科ディーラーYouTuberとして、企画・撮影・編集をすべて自分でやり始めました。
弊社は大きい会社ではないので、資金が潤沢にあるわけではありません。だからこそ、無料で始められて全国に発信できるYouTubeの強さに目をつけました。当時は歯科業界でYouTubeやSNSをやっている会社はほとんどなく、動画編集者が今のように多くいる時代でもなかったので、参入障壁もそれなりにありました。それでも、自分自身が影響力を持つことがなにより大事だと思っていたんです。
週2本、3年間欠かさず
そこから週2本のペースで、3年間、1回も休まずに動画を出し続けました。今振り返ると、もう1度やれと言われても絶対にやりたくないですね。ただ、その積み重ねで業界のなかでもかなり特殊な立ち位置を築けましたし、撮影・編集の技術も、集客のためにマーケティングを組む力も、このときの経験から身についたものです。そこから一般企業のマーケティングの仕事も入るようになり、今では歯科ディーラー事業とマーケティング事業の2本柱で会社を経営しています。
静岡発、しずドラ事業への挑戦
逆を取りに行く戦略
弊社にはもうひとつ、「しずドラ」という事業があります。マーケティングの手法を静岡向けにカスタマイズした事業です。「静岡のために、なにかやりたいよね」という会話がきっかけで始まりました。
静岡にはマーケティングを掲げる会社自体が少なく、あったとしても自社でSNSを運用していないケースがほとんどでした。それでは本質的ではないと感じたので、後発の弊社がやるなら「他社がやっていないことを、すべて逆から取りに行こう」と決めたんです。自社のアカウントを自分たちの手で伸ばして、実績を証明する。少数精鋭でやることで、担当者によって対応が変わってしまう「担当者ガチャ」も起きない。実名で活動していることも含めて、他社ができない部分をすべて取りに行く戦略を静岡で組みました。
方言動画で全国にバズった
しずドラのアカウントを立ち上げた当初は、まず静岡県民に静岡のことを知ってもらうというコンセプトから始めました。静岡県民がスワイプできないような動画をつくろうと考えて出した「方言動画」が、想像以上にバズったんです。当時は「方言バブル」と呼んでいたくらいで、ミリオン再生の動画も何本も生まれました。この形式は全国の地方アカウントの運用者にもかなり真似されて、私たちのフォーマットが全国に広がっていきました。
そこから静岡の高校生にSNSや動画制作を教える活動にもつながり、外部講師としてテレビにも出演するようになって、今では地元テレビ局とイベント運営も一緒に行っています。
マーケティングの本質は「解像度」
事務の看板、その裏側にある物語
弊社が大切にしているのは、仕事の依頼を受けたら、必ず最初に設計図を引くことです。なかでも欠かせないのが、ターゲットとなる人の解像度を極限まで高める作業です。何十人という単位で、1人30分ほど話を聞きます。
以前、あるジムのマーケティングで印象的な話がありました。「なぜこのジムに通ったんですか」と聞くと、最初は「通勤中に看板を見かけたから」という答えが返ってきます。ただ、そこで終わらせずにさらに深掘りすると、本当のきっかけが見えてきました。その方は、病院で健康診断を受けて結果がよくなかったからこそ、翌日出社する道すがら看板が目に入ったんです。健康診断がなければ、その看板は一生視界に入らなかったはずでした。
つまり、看板を出すべき場所は「通勤ルートのどこか」ではなく、「病院の前」だったということです。病院からの帰り道、医師から運動を勧められた人に向けて「24時間、月額3,300円で通えるジム」という看板が目に入れば、心が動くはずです。アンケートでは「通勤途中にあったから」としか出てきません。直接話を聞くからこそ、たどり着ける戦略があります。
全員に話を聞く理由
弊社では、案件に関わる人全員に必ず話を聞くようにしています。社内でSNS運用は「色物」として見られがちなので、事前の根回しも兼ねて、それぞれが今なにに困っているのか、どんな考えで仕事をしているのかを聞いておくんです。そうすることで、SNS運用がひとり歩きするのではなく、社内の課題を解決するための手段として位置づけられます。担当者が社内でプレゼンしやすくなる、というところまで含めて設計するのが、弊社の強みだと思っています。
「毎日、楽しく生きる」というビジョン
全員を幸せにはできない
私は基本的に、全員を幸せにするのは不可能だと思っている人間です。弊社は創業から38年近く続いていますが、この規模でこれだけの期間続いている会社は、経営者として振り返ってもなかなかないと感じます。それは、大きな成長や上場を目指してきたからではなく、目の前の人を大事にしてきた結果だと思っています。
好きか嫌いかで働く
私は忖度で仕事をしていますし、弊社のメンバーもみんな、好きか嫌いかで仕事をしていると思います。それでいいと思っているんです。これから仕事の8割ほどはAIがこなせるようになっていくはずなので、残るのは「好きか嫌いか」「やりたいかやりたくないか」だけになる。その8割をAIに任せて、それぞれが得意で好きなことをやればいい。その筆頭が私自身で、名刺にも自分の筆文字で「毎日楽しく生きる」と入れています。私を筆頭に、毎日楽しく生きるメンバーが集まって、みんなが楽しくいられたらいい。今後のビジョンを聞かれると、そんな答えになります。
学生へのメッセージ
寝るのは死んでからでいい
学生のみなさんに伝えたいのは、この時間は有限だということです。大学の授業では、経営学部に所属していながら、マーケティングに特化した授業がなかったので、商学部のマーケティング学の講義に勝手に出席していました。好きな授業だけ出て、興味のない回は途中で抜けてしまうこともありましたが、そこで得た知識をアルバイト先で実践していたんです。
下北沢の鍋屋で学んだこと
当時、下北沢の食べ放題の鍋屋でアルバイトをしていました。食べ放題は最初の注文でだいたいの客単価が決まってしまうので、売上を伸ばすには客単価を上げるしかありません。そこで、マーケティングの講義で学んだ「購入の前段階には必ず動作がある」という考え方を使って、最初にサイドメニューをおすすめしたんです。「食べ放題だけど、これは本当においしいので」と伝えて注文につなげ、鍋を食べ終わりに差しかかるタイミングで、原価の高いデザートを余力を残しておすすめする。学んだことを、遊びも仕事も含めて全力でやってみる。それが、今の私の根っこにもなっています。何をするにも中途半端にはやらない。寝るのは死んでからでいいので、やりたいことは全部やればいいと思います。
編集後記
福島様のお話をうかがって、経営における「解像度」の大切さを強く感じました。表面的な回答で終わらせず、その裏にある本当の理由まで深掘りする姿勢は、マーケティングに限らず学生生活にも通じるものだと思います。「毎日楽しく生きる」というシンプルな軸を貫きながら、38年続く会社を築いてこられた背景には、目の前の人と真摯に向き合い続けてきた積み重ねがあるのだと感じました。貴重なお話をありがとうございました。