インタビュー

「言われた山を登る」では終わらない。光の可能性を追いかけるものづくり経営

「言われた山を登る」では終わらない。光の可能性を追いかけるものづくり経営
PROFILE
ANAX Optics 株式会社 CEO
桐野 宙治

体育会と研究室で見据えた、将来の形

学部時代は体育会に打ち込む

学生時代は、正直なところ勉強していませんでした。体育会でスポーツに打ち込んでいて、学部のころは授業どころではなかったです。理系だったので、4年から研究室に入って、ようやく研究らしいことをはじめ、修士になってようやく研究に打ち込んだ、という感じでした。

当時から、普通のサラリーマンになる気はありませんでした。むしろアカデミアの道に進もうかなと思っていたくらいで、就職はそのための「社会人経験」くらいの位置づけだったんです。会社を選ぶときも、新しいことがやれるかどうかや、給料、勤務地なんかを勘案して決めました。大学入学時にも現在の仕事に直結する学部を選んだわけでは全然なくて、結果としてこうなった、というのが正直なところです。

優良企業で存分に働いた

新卒で入ったのは、半導体製造装置をつくる会社でした。将来的には独立するか研究者になるか、というのを当時から考えていて、同期や上司と横並びでいるつもりはなかったです。他と一線を画すレベルまで自分を早く引き上げたい、という気持ちで働いていました。

給料もボーナスも日本でトップクラスの会社だったので、忙しいときは好きなだけ働けました。土日に働くことに問題があるとか、そういう感覚はなかったです。現在の若い子たちは残業規制があったりして、やる気があっても伸びにくい環境かもしれませんが、当時の私はそのつもりで仕事をしていました。2000年にドットコムバブルがはじけて半導体業界が一気に落ち込むまでは、月に100時間くらい残業していたと思います。また、昼休みも周りが昼寝している中、日刊工業新聞を読んで情報収集をするような感じでした。

その会社には4年ほど在籍してましたが、「残業するな、帰れ(サービス残業を許さない会社だったので)」と言われるようになって転職を決めました。仕事をするなと言われる方がつらかったです。転職先は、親類が営む地方の中小企業でした。

人脈が支えた、ものづくりでの独立

大学発ベンチャーと大学発スタートアップ

起業のきっかけは大学の先生から声をかけてもらったことで、最初の会社は大学発ベンチャーで、いわゆるスタートアップという形では始めていません。その後立ち上げた2つの会社は大学発のスタートアップとして、5年後ぐらいのEXITを前提にしていました。会社を売却するバイアウトが第一義で、場合によってはIPOもある。そういう明確な線を引いたうえで会社を立ち上げてきたんです。

現在のANAX Opticsも、微小な光学部品の設計からスタートして、次世代の三次元カメラ、データセンターで用いられる光コネクタ部品の製造へと事業を広げてきました。高度な光学設計技術をコアとして会社をつくりましたが、そこからいろいろな製品をつくって会社を大きくしていこう、という段階に来ています。

ディープテックは人的ネットワークが大事

私は加工の専門家で、レンズやミラーをつくる側の人間です。前職もそういう業界でしたし、博士号もその分野でとっています。当時から日本の設備ではなく、海外の最先端設備を積極的に導入してきました。おそらく私自身が海外に出たかったのだと思います。

そのおかげで世界的なコネクションは自分の中にもありましたし、一緒に会社をつくった共同創業者はフランス人で、現在は慶應義塾大学の教員をしています。彼はヨーロッパやアメリカにも強いコネクションを持っていて、お互いにそういうネットワークを持つ人間同士がつくった会社だからこそ、海外の大きな企業とも近い距離で仕事ができているんじゃないかと思っています。

大学発のディープテックスタートアップは、その技術が本当に価値があるかを判断できる人間が限られています。大学教授など、その領域を理解している人とつながっているかどうかが重要で、結局はどれだけ人的コネクションを持っているかが問われるんですよね。逆に、困りごとに直接応える「ニーズプル」型の場合では、コネクションがなくとも、多くの方からの理解が得やすく、進めやすいのではと個人的に思っています。

テックプッシュの難しさ

会社としては、事業戦略や製品を変える「ピボット」を2回くらい経験しています。大学発のスタートアップは基本的に、先に技術があって、それがどこで市場に役立つのかを後から探す「テックプッシュ」型が多く、自分たちの強みがどこに生かせるのかをみつけることが非常に難しいところです。弊社の場合も、これまで培ってきた業界の人脈やネットワークを使いながら、できることを探すニーズ探索を相当やってきました。

光学とAI、両方に向き合う

AIはもう言わない

新しいことに取り組むとき、AIは早い段階から活用していました。ソフトウェアには当初からAIの機能が組み込まれており、それは現在も変わりません。しかし、最近は「AIで」という言葉をあえて使わないようにしています。大学の研究などでも同じですが、AIを使うのは、もうスマートフォンやパソコンで文章を書くのと同じくらい当たり前になっているじゃないですか。3年くらい前まではむしろ積極的に言っていたと思いますが、今さらAIですと打ち出すのは、少し気恥ずかしいくらいの感覚になっています。

 

差別化の戦略と、これからの仲間づくり

レッドオーシャンを避ける

会社の生存戦略というより、一気に成長するために大事にしていることがあります。スタートアップは基本的に、普通の中小企業や大企業のように競合がひしめくレッドオーシャンには行きません。自分たちが持つ技術を、他にはない場所に組み込んでいく戦略を取っています。だからこそ、自分たちの技術を常に最先端に保つか、競合がいない領域を選ぶかが重要になります。

展示会などに行くと「うちのAIはこんなにすごい」とアピールする会社が多いのですが、自分たちはAIも扱いつつ、どちらかというとカメラ、つまり光を捉える部分で差別化を図ろうという戦略を取ってきました。何かしら自分たちの武器を磨いていく、というのが自分たちなりの戦い方です。

今の社員は、共同創業者のフランス人研究者と自分のほかに、博士課程で学ぶベルギー人のメンバーが一人、そして60歳を超えて再雇用というかたちで手伝ってくれている日本人のシニアメンバーたちがいます。みなさん日本の大企業でものづくりが強かった時代をよく知っている人たちで、今は控えめな条件で応援してくれています。お酒を飲みながらよく夢を語り合っていて、そこでのコミュニケーションを大事にしています。

ベトナム人新卒を採用

今回、ベトナム人の新卒を3人採用する予定です。日本人だとなかなか採れない、という事情もあります。ものづくりの現場で手を動かす仕事に、油汚れのようなイメージを持って敬遠する日本人の学生は少なくないです。

弊社がやろうとしているのは、世界でまだ誰も手がけていないような難しいレンズをつくることです。世界最先端の設備や知識が集まる場所で仕事ができるというのは、これからのベトナムという国の発展を考えたときに大きな意味があると思っています。もちろんAIも学べますし、付加価値が下がりにくい、AIに奪われにくい仕事ができるという点は、日本人の学生にも訴求できると考えています。日本の学生に対しては、まだスタートアップへの理解が十分に広がっていないのが正直なところで、これは親御さんのマインドも含めて、超えるべきハードルだと感じています。

若い世代に伝えたいこと

向上心という武器

若手社員に求めるのは、向上心です。私自身もそうですが、AIに使われる側になったら意味がありません。これからAIやロボットが進化すれば、ベーシックインカムのような形で働かなくても暮らせる社会が来るかもしれません。それ自体は悪いことではないと思っていますが、そのなかでも自分の社会的な価値をどこに置けるかというのは、人生において非常に大事なことだと思っています。

私自身は、日本のものづくりの復興を今の会社の目的の一つに掲げています。かつて日本の円が強かった時代を知らない若い世代も多いですが、私と同世代の人たちでも東南アジアの国々が技術力や経済力をつけている今の姿を見ずに、昔のイメージのまま海外を見てしまうのはもったいないことだと思います。

賢さについて聞かれることがありますが、私は学士、修士、博士の違いを、山登りにたとえて考えています。学士の人は、言われた山をきちんと頂上まで登れるスキルがある人。修士の人は、どのルートを選んで頂上まで行くかを考えられる人。博士は、登る山そのものを選べる人です。弊社のように様々な仕事に取り組んでいる会社では、自分で仕事を見つけて、そこに必要なものを揃えられるくらいの人材が最初は必要でした。もちろん、AI時代なので検索や計算で補える部分も増えています。最後にものを言うのは、わからないことを聞ける一つひとつのネットワーキングだと思っていて、そういうコネクションを自分はたくさん持っていることが強みだと感じています。

暇なことは悪くない

スタートアップの社長は忙しいでしょう、とよく言われるのですが、結構、時間には余裕があります。中小企業の経営に携わっていたころは、絶対に潰してはいけないというプレッシャーもあって、寝ていないことが自慢になるような雰囲気もありました。現在では、時には夕方からサウナに行きながら次のことを考える、というくらいの余裕を持って働いています。

学生は時間があること自体がうらやましいことだと思います。私自身は暇が苦手なタイプで、学生のころも部活や麻雀、パチンコなど、いろいろな遊びをしていました。無理に何かを目指す必要はないと思いますが、人生でどのくらいのところまで行きたいのかはある程度決めて、それに向かって動いてみるといいのではないでしょうか。

経験という意味では、たとえば女性が一人でバックパックを背負って世界を回った、というような話を聞くと、素直に尊敬します。自分が持っていない経験をしている人はすごいと感じますし、やらないよりはやった方がいいと思っています。

人類の役に立つ仕事を

現在はいろいろなピボットをしているタイミングなので、明確に言い切るのは難しいのですが、スタートアップである以上、会社を売却するか、目に見える形でIPOをするか、EXITを目指す姿勢に変わりはありません。ただEXITだけが目標ではなく、自分の生きた証として、自分の知識や仕事が何かしら明確に人類の役に立ったと言えるような仕事をしたい、という思いがあります。

編集後記

今回のインタビューを通して、技術そのものよりも「人とのつながり」を大切にする経営の姿勢が印象的でした。大学発のディープテックという難しい領域で、コネクションを武器に事業を広げてきたお話は、就職活動や将来のキャリアを考えるうえでもヒントになると感じます。学生のうちに何を経験しておくかを、あらためて考えたいと思います。