焦りのなかった就職活動
のんびりした時代の空気
大学時代、就職活動に対する焦りはまったくありませんでした。海外に携わる仕事がしたい、同じことを繰り返す日々ではなく変化のある仕事がしたい、そして少しずつ自分がこなす仕事が大きくなっていくことをイメージできるような仕事がしたい。その程度の漠然とした方向性は持っていましたが、「迷い」と言うものは全くありませんでした。
当時はまだバブル経済の名残があり、世間のムードも「将来に不安がない、明るい未来しかない」という空気に満ちていました。いわば怖いもの知らずで、それほど慎重になる必要もなかった。だから今の学生さんが感じているような「焦り」のようなものは、正直ありませんでした。
広告と商社に惹かれた
当時、働きたい業界として思い描いていたのは、広告業界や商社でした。漠然としながらも、その業界に行きたい方向だけは持っていました。結局、広告業界は面接や会社説明会に行っても、御縁がありませんでした。
大学4年生のときにバブルが崩壊して、周りが少し緊張感を持つようになりました。「人が生きていく上で、口にするものを扱う食品業界であれば、なくなることはないだろう。」そう考えて絞り込んだのが、食品商社でした。
商社時代に学んだこと
株式会社菱食(現・三菱食品株式会社)という選択
ご縁があり、入社したのは三菱商事の子会社にあたる株式会社菱食(現・三菱食品株式会社)です。食品商社業界では、売上高で業界でもトップシェアの大企業でした。大きな仕事ができるかもしれない、そんな学生なりの思いを持って選んだ会社です。在籍したのは7年2ヶ月でした。配属は北海道の札幌支社でした。
起業という選択肢はなかった
当時は「起業」という選択肢自体が、世の中の風潮としてまだありませんでした。とにかく大学に入り、大学を出て、大きな会社に勤めなさい。今以上に、そうした志向が強い教育を受けた世代です。また入社しても社長になりたい、起業をしたいという思いは、当時はまったくありませんでした。
パソコンとインターネットが世の中に普及し始め、通信回線が電話回線だった時代に、ベンチャー企業、起業家という言葉がちらほら出始めました。それでも、その頃はまだあまり興味を持てずにいたんです。
負けず嫌いという武器
当時、商社にて売り上げを伸ばせたのは、自分自身の性格に負けず嫌いな部分があったからだと思っています。結果が出るまでやり続ける。途中で投げ出したり、諦めたりすることは、自分に負けることだと考えていました。そのためにどうするかを考えて、いろいろと取り入れながらやってきた結果が、売上を大きく伸ばすことにつながったんです。
独立を決意した一年間
21世紀という節目
株式会社菱食(現・三菱食品株式会社)を退職したのは29歳の時です。退職願を出すまでに1年ほど進退を考えました。時期的には20世紀から21世紀に変わる時です。世紀が変わるという時期に生きているのは、奇跡です。自分の人生は一度しかない、だから21世紀に自分の夢をかけてみようという思いもありました。
あわせて、ベンチャー企業、起業家という言葉がだんだんと流行り始めていた時代でもありました。35歳を過ぎたら転職は通用しないという「35歳限界説」とも言われていたころです。学生ベンチャーが流行った時代でもあったので、29歳に独立したいと志した事はむしろ遅い方だったと感じておりました。
忙しさの中で決めたこと
とにかく商社に勤務していた時は、仕事が忙しくて、落ち着いて考える時間も、構想を練り上げる時間もなかなか取れませんでした。仕事を終え、帰宅して疲れて休むという生活が続いていたので、むしろ辞めないと現実化しないという思いが、退職を後押しした理由のひとつでもありました。
ちょうど同じタイミングで、父が経営していた会社を手伝ってもらえないかという声がかかりました。北海道に在籍していたころは、地方都市ゆえに情報が少ないと感じることも多かったので、東京に戻ってから、情報を収集し、しっかり考えようと思いました。
家具インテリアEC事業から
消去法で選んだ家具
商社退職後、父の会社を2年ほど手伝いましたが、考える時間は持てても、大企業では当たり前だった環境と中小企業の実態の落差により、実行に移すことはなかなかできませんでした。中小企業は、大企業とは違い、一人当たりの仕事をする範囲が広く、大変勉強になりました。残念ながら父の会社は止む無く清算せざるを得ない状況になりました。清算処理をしている時期にいよいよ何をやろうかと、より一層絞り込んで考えるようになったんです。
食品業界の出身なのでそれなりの人脈もあり、知識もありましたが、賞味期限があり人の口に入るものだからこそ、トラブルが起きたときのリスクを考え、この業界でビジネスを広げていくことに躊躇しました。ちょうど、その頃、楽天市場等ECモールが盛り上がり始めたころで、すでに競合となるショップも多く、参入して勝てるだろうかとも考えました。そうして消去法で決めていった結果、経営資源として食品でのビジネス展開はやめようと決めたんです。
運命の出会い
学生ベンチャーではなく社会人を経てからの独立だったので、スタートが遅れていました。だからこそ、誰かと組んだ方がいいのではという思いがありました。そんなときに株式会社セイルーを立ち上げた創業者がビジネスパートナーを探しており、一緒に大きくしようという流れで始まりました。
まだプラットフォームが完全にできあがっていたわけではなく、ベースは出来ていたものの、作りあげている段階でした。彼は検索エンジンで上位に表示させるSEOという技術に長けていたので、集客にはほとんど困りませんでした。私はプラットフォームを作る側の経営資源をまとめたり、新しいものを見つけ出したりする役割を担っていました。
このような出会いにより、最終的にECで家具・インテリアと言うリソースでビジネス展開することを決めたのです。
いまの強みと歩んできた道
日本一の商品数だった時代
創業当初は、ベッドとマットレス、ベッドフレームのセットで19,800円という商品もあるほど、非常に低価格帯からのスタートでした。インテリア家具の自社ECサイトを立ち上げたのは、国内では、当社が初めてだったと思います。
在庫を持たず、メーカーからお客様へ直送するというビジネスモデルをつくり、在庫負担のない身軽な会社でもありました。各仕入れ先からいただいた商品情報をどんどんECサイトに登録していったので、当時は日本一の商品登録数でしたし、一層目指しておりました。
集客支援へのシフト
しかしEC産業黎明期ということもあり、高額な商品はなかなか売れず、ECでは決済したものの、商品が届かないなどの詐欺事件のような出来事もあり、購入に慎重になるお客様も多かった時代です。また競合が増え始めたこともあって、将来を見据えた上で、EC事業に力を入れるのを20年ほど前にやめ、実際店舗を構える家具インテリア小売店様向けの集客支援ポータルサイトへとシフトしていきました。とにかく、ここぞというときに集客できることが、当社の一番の強みです。
AIと住生活業界のこれから
まだ手探りの活用段階
AIという言葉が本格的に出てきたのは、去年から今年にかけてのこの一年ほどのことです。今後、AIによってどんどん合理化が進み、これまで時間と人手がかかっていたことが瞬時にできるようになっていくと思っています。
新作のデザインを仕立てる工程、会社の受付業務、Web制作やプレゼン資料の制作、そしてお客様からの相談やリクエストへの対応。インテリアは既製品が少なく、住まわれている方のサイズに合わせたセミオーダーも多い業界なので、そうした課題を解決するツールとして、AIはこれからますます活躍していくと思います。ただ、現在はまだ手探りの状態だとしか言えません。導入、活用するにしても反面、リスクも生じるため検証は必要です。
また検索エンジンでもAIが答えを提示する「AIモード」が上位に出てくるケースが増えてきているので、Web事業を手がける会社としては、これに合わせていくことがこれからの課題になるかもしれません。
これから成し遂げたいこと
住生活領域をつなぐポータルへ
やりたいことは山ほどあり、あまり線引きはしていません。今はインテリア業界を中心とした集客支援をしていますが、当社理念に掲げているのは、住生活にまつわる業界全体への集客支援です。壁紙や照明、床材、カーペット、オーダーメイドのカーテン、寝具まで、住生活に関わる業界の方たちへの集客支援を担うポータルサイトを目指していきたいと思っています。
住生活というコンテンツは、どこの国にも共通してあるものです。日本特有といえば畳くらいで、それ以外はだいたい海外から入ってきて、日本の中で独自に発展してきたものだと思います。集客を支援するポータルサイトというビジネスモデル自体、私が調べた限りでは、海外にはあまり見当たらないので、世界でも通用するのではという思いがあります。ただし、それを実現するには「人材・資金力・時間」が必要になってきます。
後継者づくりという課題
もうひとつ、課題としてあるのが後継者づくりです。自分ももう四捨五入すると60の歳になるので、早めに後継者をつくっておきたいという思いがあります。
学生さんへ伝えたいこと
フラットな組織で学べること
当社は経営陣と現場との距離感が非常に近い、フラットな組織です。会社とは何か、事業とは何か、ビジネスとは何かということが、早い時期からわかる会社だと思います。少数精鋭を目指している会社でもあり、人手が足りないからとどんどん人を採るのではなく、AIを使ったりDX化して合理化しながら無理のない事業運営を追求しています。そのぶん、関連部署とのやり取りは多くなります。業務は部署間のリレーションで動いているので、相手方の部署や自分の部署、仕事が流れてくる部署のことを理解しないとパフォーマンスは上がりません。何年かに一度の人事異動もあるので、組織とは何かということが自然とわかっていく環境だと思います。物事のスピードが速い会社なので、将来起業したい、会社を大きくすることに力を注ぎたいという熱意を持った方には、合うと思います。
若いうちから海外へ
海外に興味がない方に無理に勧めるつもりはありません。ただ、海外に興味はあるけれど、なかなかきっかけがないという方には、少し無理をしてでも行った方がいいと伝えたいです。もちろん遊びでかまいません。
行くだけで、日本という国の良さや、こういうものがあれば良い、または世界は広いということを改めて知ることができます。海外は大らかであるため、日本の細やかさに気づかされます。東南アジアに行けば、かつて日本が持っていたようなエネルギーや活気を感じることもできます。そうした比較を通じて、自分が日本でどれだけ力になれるか?、日本でビジネスにしたらどうか?を考えられるようになると思うんです。
大学生や専門学生の時期は、人生のなかでもっとも時間にゆとりがある時期です。社会人になれば、会社やお客様に合わせて自分の時間を削らなければならない場面が増えていきます。だからこそ、この時期に経験しておかないともったいないと思います。海外が難しければ、国内でもいいと思います。自分の住んでいる世界から一歩踏み出して、日本国内でもさまざまな風土や文化の違いに触れる。そうした違いを学ぶことは、きっと将来自分にとって、必要な経験になるはずです。そういう経験は人生の財産になるはずです。
海外へ行くことはもちろん、学生のうちに色々な経験をすることで、自分の進みたい道・やりたいことを早めに見極め、会社選びをして欲しいと思います。
編集後記
今回は株式会社ヘヤゴトの宮島一郎代表にお話をうかがいました。私自身も学生起業に興味を持つ身として、「焦りがなかった」という言葉には最初驚きましたが、時代背景を丁寧にひもとくお話を聞くうちに、当時のムードがよく伝わってきました。負けず嫌いという性格を武器に結果を出し続けてきた姿勢や、消去法で事業領域を選び抜いた経営判断には、多くの学びがあります。学生時代の時間の使い方についてのメッセージは、私自身もあらためて胸に刻みたいと感じました。