インタビュー

テニス推薦から、社会課題に挑む起業家へ。「生涯を楽しめる世界」を目指す志村駿介の起業論

テニス推薦から、社会課題に挑む起業家へ。「生涯を楽しめる世界」を目指す志村駿介の起業論
PROFILE
株式会社Lean on Me 代表取締役
志村 駿介

テニス漬けの学生時代から、経営者の道へ

プロを諦めた転換点

大学まで硬式テニスの推薦で進学してきたので、いわゆる勉強漬けの学生生活とはまったく違いましたね。テニス漬けの毎日でした。

高校3年生のときに「プロテニスプレーヤーになろうか」とも思っていたんです。ところがアメリカに行ってみて、「プロテニスプレーヤーになることは、自分でなくてもできることかもしれない」と気づいたんです。 自分にしかできないことをやりたいという気持ちが芽生えてきました。

家庭環境が変えた将来設計

大学3回生になって将来のキャリアを考え始めたとき、当時思いついた職業は、教員になってテニス部の顧問を持つ、という道でした。自分が接してきた働く大人がそういう人しかいなかったから、という理由なんですけどね。一応教員免許は取ったんですが、社会に一回も出たことがない人が教員になって社会のことを教えるのって、結構無理があるな、と。

そこで家庭環境を振り返ってみると、僕は母子家庭で育ち、弟には知的障がいがあります。 普通に働いて給料を稼ぐ道を選んだ場合、生涯賃金は大体 2〜3 億円くらい。家族に何かあったときに、十分に支えられないかもしれない。 経済的にゆとりのある大人になりたいと思って、そこから経営者の道を考え始めました。

体育大学で経営を学ぼうとした苦労

大阪体育大学出身なので、学んできたのは主にスポーツ科学や身体に関する分野でした。 経営なんて一切学んでいない(笑)。だから最初はユーキャンでファイナンシャルプランナーの資格を通信で取ってみたり、少しずつお金に関する知識を学んでいきました。

就職活動では銀行や証券会社、不動産など金融系をいろいろ受けたんですが、全部落ちてしまった。そんな中ではま寿司が「君は経営者にならないか」というキャッチコピーで合同説明会をやっていて。ちょうど出店計画を猛スピードで進める時期で、早い段階で店舗責任者になれる環境があった。PL も BS も全部見ながら、従業員の雇用も責任を持ってやっていく場があったので、自分から手を挙げて入社することにしました。

障がい福祉との出会いと、日本初のオンライン研修誕生

現場で気づいた「学べるツールがない」問題

はま寿司を退職した後、何を事業にするかは、まだ定まっていませんでした。 2013 年 8 月から、母が勤める障がい福祉サービス事業所でアルバイトをしながら準備期間にしていました。

弟がダウン症なので、ダウン症のある方との接し方は、ある程度イメージできていました。 ただ自閉症スペクトラム障がいの方など他の障がい特性のある方への接し方にはとても悩み、体系的に学びたいと思ったんです。でも当時、学べるツールがなかった。先輩職員さんも忙しくて教える暇もない。障がいのある方から目が離せないから、「現場で覚えていって」という職人気質な文化でした。

全国共通の構造的問題

最初は「この施設だけそういう形なら、自分が入ってマニュアルを作ればいい」と考えていた。でもそのタイミングで他の障がい者施設を見学させてもらう機会があって、見ていくと全国各地で同じような構造になっていた。みんなちゃんとした研修ができていない環境だったんです。

「じゃあ自分でそれを作ろう」と、2014年に創業。2016年にSpecial Learning(スペシャルラーニング)をリリースしました。日本で最初の障がい福祉特化型オンライン研修サービスです。

創業 5 年間は施設バイトで生活費を稼ぎながら

最初は WEB 事業からスタートして、地域の飲食店のホームページを作りながら、その資金を e ラーニング開発に充てていました。でも WEB 制作も後発だったので、大した売上にはならなかった。このままのペースだといつまでもやりたいことができない、と思って銀行から200万円ほど借りて、その資金でeラーニングを一から作っていきました。

創業してから 5 年間くらいは、障がい者施設でアルバイトをしながら生活費を稼いで、これをコツコツ作っていくということをやっていた感じです。

上場経営者との出会いがターニングポイント

ビジネスとして本格化しようと思ったのが 2019 年ごろ。そのタイミングで関西で上場している先輩経営者の方々とのご縁をいただくようになりました。「スタートアップというものがあるんだ」「上場というものがあるんだ」という、創業当初は全然知らなかったことを知り始めた。そこから投資家の方にも入ってもらって、ビジネスモデルの作り方を勉強させてもらって。前期でようやく黒字転換して、そこから利益が出てくる状態になりました。

「生涯を楽しめる世界」のために、Lean on Me がやること

ビジョンは自社だけのものではない

会社のビジョンは「生涯を楽しめる世界」という言葉を掲げています。

知的障がいのある方と長い時間接してきたり、支援者の方やご家族の方ともたくさん出会って話をさせてもらってきました。知的障がいのある方と接していると、自分自身の心が洗われるというか、すごくきれいな気持ちになったり、命の尊さに触れる機会もあった。自閉症スペクトラム障がいの支援領域に関わる方々にも、深い思いや高い専門性を持った方が多いと感じています。そういう障がいのある方々に関わるすべての人の人生が充実している世界を作っていきたいという思いがあります。

ビジョンの置き方としても、「私たちが実現する社会」というより「このビジョンに共感するいろんなステークホルダーと一緒に実現する未来」という形にしているのが特徴的なところかもしれません。

ミッションは「“障がい”を社会に融和する」

弊社 Lean on Me としてのミッションは、「“障がい”を社会に融和する」という言葉を掲げています。

重度の知的障がいのある方の中には、言葉でのコミュニケーションが苦手な方が多くいます。壁を叩いたり、物を投げたり、自分のことを叩いたりしながら気持ちを伝えようとするんです。外から見ると、「問題行動」のように受け取られてしまうこともあるかもしれない。 でも彼らが何を意思表示したいのかを汲み取るための専門的な支援の仕方を研究している有識者の方々が、私たちの周りにたくさんいます。

その意思をちゃんと汲み取りながら、障がい者雇用を進めていく社会の潮流に馴染ませていく。その間のハブになるようなところを私たちが担っていこうというのが、ミッションに込めた意味です。

社会課題と資本主義を両立する組織づくり

福祉とビジネスは対極ではない

福祉という社会課題の解決と、資本主義の中でちゃんと稼いで続けていくことって、一見対極にある考え方だと思われがちです。でも、この両輪を回していくことがこれから求められる会社の在り方として必要だと思っています。

以前は、全員がビジネスのスキルと福祉の視点の両方を持ってほしいと思って採用していたんですが、このセンスを持っている人って本当に希少で、全員に求めるのが難しかった。今は組織全体で見たとき、ソーシャル的な視点の強いボランタリー精神のあるメンバーで構成する部署と、ビジネス戦闘力の高いメンバーで構成する部署に役割分担して、組織として持続可能な体制でやり続けるという形にしています。これが他社との違いにもなっているかもしれません。

フルリモートでも機能するチームの作り方

現在は 30 名弱のメンバーで動いています。フルリモートでフレックス制を採用していて、ご家族のイベントがある日も、きちんと休みを取れるようにしています。そうした職場環境は、スタートアップっぽくない感じかもしれませんね。

「身近な人を幸せにできなかったら、こんな大事なことを掲げていても実行できない」という思いがあって、働く環境は大事にしています。

フルリモートで最初難しかったのはコミュニケーションの部分です。顔を合わせたことのない関係性の中でテキストメッセージをやり取りすると、すごく優しくてあたたかい人でもテキストが冷たく見えてしまうことがある。でも一度会ったら、「あの人があのテンションで言っていることだから」とテキストだけでもその人となりが読み解けたりする。年に一度の全社合宿、マネージャー以上は四半期ごとに集まって振り返りや方針決めをする、部署ごとでも定期的に集まる、という形にしてからはコミュニケーションミスが起きにくくなってきました。

一緒に働きたい人物像

素直さは結構重要かもしれないですね。素直さがないと、成長の上限が決まってしまう。それと、弊社はこういうミッション・ビジョンを持っている会社なので、そこに少なからず共感できる部分を持っていてほしい。ビジネスのスキルが高い人をどんどん入れたいんですが、共感していないと短期間だけ集中して働き、離職してしまうことになりかねない。せっかくなら長い軸で働いてもらいたいので。

あとは、成長できる機会が結構ある会社なので、それを積極的に取りにいってくれる人は嬉しいですね。e ラーニングだけにとどまらない役割もたくさんあります。大手企業との協業も、スピード感を持って進めています。 弊社のアセットを生かした新しいことをやってくれる視点や、これまでのやり方をアップデートしてくれる視点を持つ人は、本当に求めています。

19 万事業所のマーケット、まだ 研修の仕組みが届いていない

業界が抱える構造的な問題

日本全体で人口が減っている中、障がいのある方の人口は年々増加しています。それにともなって障がい福祉サービス事業所の数も年々増えていて、現在約 19 万事業所あります。一方で、虐待件数も増えているというのが現状です。

背景には、高齢者介護・保育・障がい福祉という福祉の 3 領域のうち、介護と保育には国家資格があるのに、障がい福祉には介護福祉士・保育士のような、現場で必須とされる国家資格がない、という問題があります。無資格で働いている人が圧倒的に多い。厚生労働省のレポートでは、虐待発生の一番の理由として知識不足が挙げられています。大雑把に数字に直すと、一日 3 件くらい虐待が起きているような現状です。

虐待をしてしまう職員の特徴を見ていくと、50 代・60 代の年配の方が、自分たちが子どもの頃に親からされた体罰をそのまま知的障がいのある方に行ってしまうケースが多い。知的障がいのある方の中には話し言葉を頭で整理するのが苦手な特性がある方もいて、文字にしたら伝わる、絵にしたら伝わる、というケースがある。それを知らずに話し言葉だけで接していると、「言うことを聞かないから厳しく指導する」という発想になってしまいがちです。 伝え方を工夫すれば防げることが、知識の欠如によって起きている。

法改正が追い風に

ビジネス的な面でいうと、施設での虐待防止研修の義務化という法改正があって、研修を実施していない場合、報酬面で影響が出る仕組みになっています。常勤職員だけでなく、非常勤も送迎の運転手も調理員も全員が毎年受けなければならない。介護・福祉領域は離職・入職が多いので、受講記録を人力で管理するのは大変です。e ラーニングシステムを入れてしまった方が楽、という DX の動きも重なって、導入が進んできています。

残り90%に、どう届けるか

19 万事業所があって、e ラーニングを導入しているところはまだ 10% 未満です(弊社調べ・2026年時点)。残りの 90% の未導入層にこれから広げていく、というフェーズにあります。

今は、ニッチトップとしてシェアを取っていくことに最も重きを置いています。 Special Learning 事業がしっかり PMF(プロダクトマーケットフィット)して走っているので、まずそこを伸ばしきることを意識しています。累計ユーザー数は15.3 万人、8,200 事業所という規模になってきました。

これまでの取り組みによって、社会福祉法人など、アナログな接点でなければリーチしづらかった層にも認知が広がってきました。 株式会社が運営する事業所や、障がい者雇用に取り組む企業、最近では自治体にも導入いただけるようになってきました。法務省などもお客様に入ってきています。

学生へのメッセージ

「しんどい道」が希少性を生む

社会課題の解決をしたい、世の中にとっていいことをしたいと思う学生は増えていると感じています。でも、そういう会社の多くが 2 年くらいで撤退していく。素晴らしいビジョンを掲げて立ち上げたけれど、事業性がなくて続かない。そういうのをすごく見てきました。

弊社は今13期目に入ります。ビジネスとしてそれを両輪で回していくことを体現している会社って、結構稀有だと思うので、そこに興味があるような学生さんはぜひ来てもらいたいと思います。

学生さん全般へのメッセージとしては、自分の価値を高めていくことが非常に大事だと思っていて。最近アクティブな学生を見ると、AI開発やマーケティング施策など、流行り廃りの早い短期的なことに時間を使っているケースが多い。どうせ自分の時間を使うなら、誰もやりたくないような業界や仕事、逆にしんどい道を選んでいく。その中でも頭は最新の AI 活用やテックをちゃんと学びながら、掛け算していく。自分の希少性を上げることに時間を使う方が、遠回りなようで近道だと思います。周りに流されずにやっていくのが一番いいんじゃないかな、と感じています。

編集後記

今回、株式会社 Lean on Me の代表取締役・志村駿介さんにお話を伺いました。テニス推薦入学から、金融業界への就職活動がうまくいかなかった経験、はま寿司でのキャリア、そして創業後 5 年間は障がい者施設でのアルバイトで生活費を稼ぎながら e ラーニングを開発し続けた、というストーリーには正直驚かされました。「社会課題の解決とビジネスは両立できる」という言葉は、10 年以上それを体現し続けてきた方だからこそ重みが違います。障がい福祉という領域のマーケットの大きさと、その 90% がまだ未開拓というお話も印象的でした。就活や将来のキャリアを考えるうえで、「自分の希少性を高める」という視点はとても参考になります。ぜひ Lean on Me の取り組みもチェックしてみてください。