インタビュー

事業を通じて地域課題を解決する。川根本町で描く未来図

事業を通じて地域課題を解決する。川根本町で描く未来図
PROFILE
株式会社KAWANEホールディングス 代表取締役
迫 洋一郎

ゾーホージャパンから川根本町へ

ダイバーシティへの取り組みが原点だった

私がKAWANEホールディングスを立ち上げる前に代表を務めていたのは、ゾーホージャパン(ZOHO)という横浜・みなとみらいにある外資系のIT企業です。そのゾーホージャパンの代表をしていた時に、ダイバーシティ&インクルージョンや働き方改革に力を入れていて、最初は障がい者雇用やシングルマザーの雇用など、いろいろな取り組みをしていました。そうした中で業績回復はもちろん、会社の雰囲気もよくなっていって、次に取り組んだのが地方創生です。地方にサテライトオフィスを作り、地方で働きながらその土地の課題にも向き合おうという発想でした。 

61歳で新しい会社を立ち上げた

その時に作ったサテライトオフィスのひとつが、静岡県川根本町にありました。そこから地方の課題に向き合うようになっていったんですね。IT企業だと、どうしても地方課題そのものに取り組むことは難しい部分があります。もっといろいろな課題に本気で向き合いたいという思いが芽生えてきて、61歳の時に前職の代表を退きました。それで静岡県川根本町に立ち上げたのが、株式会社KAWANEホールディングスです。

静岡・川根本町を選んだ理由

社員による実証実験で決まった

これは前職の話になりますが、サテライトオフィスの候補地は北海道なども含めていくつかありました。当時、社員のみなさんにそれぞれの候補地へ行ってもらって、実証実験をしてもらったんです。その結果、川根本町がいちばん「人が優しくサテライトオフィスに適している」という結論になりました。サテライトオフィスというのは、社員が移住したり新規採用をしたりしながら、クリエイティブな働き方を通してビジネスを大きくしたり地域の課題に向き合ったりする場所です。だからこそ、地域の人との触れ合いがものすごく大事になってきます。

挨拶が生きる町の空気に惹かれた

2016年にさかのぼりますが、静岡県庁からお誘いがあって、企業誘致の枠組みの中で県内の4つの市町村をまわらせてもらったことがありました。川根本町に来た時、歩いていた小学生がしっかり挨拶をしてくれたんです。古民家を案内してもらっている時には、近くにいたお年寄りが役場の人に「何やってんだ」と声をかけてくる。そういう関係の近さを見ていて、心を動かされました。

私自身は鹿児島の片田舎で生まれ育ちました。昔はみんな挨拶をしていて、近所のお年寄りに叱られることもよくありました。ところが今の首都圏では「声をかけるな」「声をかけられたら逃げなさい」という風潮さえあります。しかし、川根本町にはそれがありませんでした。人の良さや本来あるべき姿を感じ取れたことが、いちばん大きな理由だと思います。

事業を通じて地域課題を解決する

経営理念から生まれた6つの事業

弊社の経営理念は「事業を通じて地域課題を解決する」です。社会課題や地域課題であれば、それを事業にしてもいい。そこから生まれたのが6つの事業です。川根本町はお茶が有名な土地で、65歳でも「若者」と言われるような町です。日本の平均年齢が今49歳くらいなのに対して、川根本町は高齢化率が52%と高齢者が多い町です。人口ピラミッドで見ると逆転していて、毎年生まれる子どもは10人前後、亡くなる方は100人から120人ほどという状況です。だからこそ介護事業にも取り組んでいます。

観光地でもあるので、町が作った観光施設もあります。もともと外部の企業が指定管理者として運営していたのですが、儲からないという理由で撤退してしまうケースもありました。それで弊社に相談があって引き継ぐことになりました。宿泊施設は5年間黒字が続いていて、赤字になったのは線状降水帯で地元の鉄道が止まった年だけです。その他、私自身が経営コンサルタントもしていますし、もともとIT企業にいたこともあって、ICT事業も手がけています。中山間地域だとなかなか仕事がないので、横浜の知り合いのIT企業の開発をリモートで請け負ったりもしています。

採用は今も大きな課題

苦労している点を挙げるなら、採用です。移住してきて一緒にやりましょうという若い人がまだ少ないんですよね。地元川根本町の方は介護事業でたくさん働いてくださっているのですが、年齢は上の方が中心です。とは言え、弊社のことを知って移住してくれた社員もいます。

外国人の介護人材について、弊社ではまだ採用実績がありません。ただ、静岡県は外国人材の受け入れを進めていて、私たちもその静岡県と、多文化共生というプロジェクトを通じて関係を深めてきました。これは静岡県が進めていたプロジェクトで、外国人材にとって第二の故郷のような場所を作っていこうという内容です。そのプロジェクトは今は静岡県から川根本町に移管され、町と一緒にその事業を進めているところです。

海外との交流で広がる可能性

フランスの学生が保育園で遊ぶ

私自身は「外と中をつなぐ」のも役割だと思っています。毎年、フランスの理系大学からインターン生を1か月ほど受け入れているんです。かつての東京工業大学に近いレベルの理系大学です。この大学がおもしろいのは、将来、上級エンジニアや経営者になっていく学生に「若いうちに現場を知って、現場で汗を流すことが将来の宝になる」という考え方があって、現場作業をやらせてほしいと大学側から要望されることです。

せっかく来てもらうので、現場作業だけでなく、川根本町の「0歳から18歳までのシームレスな教育」という町の理念に合わせて、インターン生を保育園にも連れて行きました。子どもたちと一緒に遊びながら、数を数える遊びの中でフランス語の「1、2、3」を教えてもらったりしたんです。この他、小学校や中学校、高校とも交流をしてもらい、高校では英語の先生役をやってもらいました。さらに部活動で地域に伝わる和太鼓を披露したらフランスのインターン生が日本文化に感動して、一緒にばちを持ち体験を通して楽しんでいました。

台湾の大学生も受け入れている

台湾の学生を受け入れるようになったのも、人のつながりからです。前職時代の社員の友人が台湾で講師をしていて、話を聞いたら介護系の大学だったので、おもしろいと思って受け入れることになりました。今年は神奈川大学とも交流をしていて、こうした異文化交流の他、首都圏の経営者や市議を町に呼んで地元の人とマッチングするようなことも行っています。

消滅可能性自治体という現実と向き合う

744自治体のひとつという事実

少子高齢化については、日本が世界の中でも最先端を走っています。2024年4月、人口戦略会議の提言の中で、全国1,729の自治体のうち4割ほどにあたる744の自治体が、2050年ごろには「消滅可能性自治体」になるというデータが公開されました。川根本町もそのひとつです。人は「使いにくいな」「生きにくいな」と感じるところから、改善や新しいサービス、新しい商品が生まれてくると思っています。満足しきっていたら、新しいものは何も生まれません。だからこそ、課題は原石であり宝なのです。つまり、私たちがいる環境は宝に埋もれているような環境だと思っています。私には、課題豊富なこの町で、ワクワクする未来を一緒に作っていきたいという思いがあります。

IT寺小屋で再挑戦のチャンスを作る

つい最近動き出しているのが、静岡県と川根本町、企業の3者で作ろうとしている「IT寺小屋」という構想です。高校や大学に進学する人の約5割以上が奨学金を借りています。その2割ぐらいの方が、経済的な理由で学業を続けられずに途中でリタイアしてしまいます。そういう人にリベンジのチャンスを与えたいという思いから、ITとAIをしっかり身につけて、地域課題に触れながら解決策を実装するところまでを2年間ほどで行う構想を進めています。AIの進化はすさまじいので、これまで通りの情報処理系のカリキュラムではもう通用しないと思っています。いろいろな経営者や県、町にも協力してもらいながら、新しい人材を世の中に送り出していく。それは外から川根本町に人を連れてくることにもつながるので、人口減少への一つの手立てにもなると考えています。

面白いと思ったら、この構想に一緒に関わってくれたら嬉しいです。

編集後記

今回は株式会社KAWANEホールディングス代表取締役の迫洋一郎さんにお話をうかがいました。地方創生という言葉はよく耳にしますが、それを移住や事業づくりだけでなく、教育やフランス・台湾との国際交流にまで広げているお話が印象的でした。「消滅可能性自治体」という厳しい現実をそのまま受け止めながら、そこに宝が埋もれていると語る姿勢に、課題を前向きに事業へ変えていく発想の強さを感じました。