インタビュー

「10年連続で赤字だった家業」母からの1本の電話で継いだ、新潟の町の車屋

「10年連続で赤字だった家業」母からの1本の電話で継いだ、新潟の町の車屋
PROFILE
旭自動車株式会社 代表取締役
鍋谷達郎

新潟で旭自動車株式会社の代表取締役をしている鍋谷達郎です。在庫車を1台も並べず、お客さま1人ひとりの要望を聞いてから車を探す、注文販売スタイルの中古車販売を手がけております。

学生時代はテニス漬けだった

テニスに明け暮れた日々

学生時代は部活、スポーツに明け暮れていました。テニスが得意で、大学までずっと続けていました。実家が車屋というと、小さいころから車に囲まれて育ったと思われがちですが、そのようなタイプではなく、体を動かすことに夢中な学生でした。

家業を継ぐ気はまったくなかった

継ぐ予定はなかった

家を継ぐつもりは、最初は全くありませんでした。就職活動のときも、車の仕事に就きたいという気持ちがあったわけではなく、たまたまご縁のあった2社より内定をいただき、そのうちの1社にお世話になっていました。1社は日本食研さん、焼肉のタレで知られている会社で、工場勤務のポジションでした。もう1社が地域に根ざした車屋さんです。

小さな歯車になりたくなかった

どちらに進むかはかなり迷いました。ただ、大企業に入って小さな歯車の1つになるのは、苦手だなという感覚がありました。それよりも、自分の手で変えていけるような会社へ行きたいという思いのほうが強かったことが、車屋を選んだ理由になります。

祖父が始めた車屋

弊社はもともと祖父が始めた会社です。祖父は私が中学生のときに亡くなってしまったので、直接話を聞く機会はありませんでした。父から聞いた話では、最初はバイクの商売をしていたところ、新潟地震で店の商品がすべて流されてしまい、これからは車の時代だということで車屋を始めたそうです。祖父の口から聞けなかったのは、今でも少し心残りに思っています。

母からの電話がきっかけ

家業を継ぐきっかけになったのは、1本の電話でした。当時は新卒で入った別の車屋さんで働いており、営業マンが50人いる中でトップになるという目標を自分の中で決めていました。ちょうどトップになったころ、母から連絡がありました。「お父さんがボロ雑巾みたいになってるのだけど、戻ってこれないか」と問われ、戻ることを決意しました。

24歳、傾いていた会社を1から立て直す

かなり傾いていた経営

戻ってみると、経営は10年以上連続赤字でかなり傾いていました。当時24歳で、経営のことなど何も知らないまま、潰れそうな会社を立て直していくことになりました。

泥臭く足で稼いだ日々

業務内容は、できることをひとつひとつ積み上げていくことのみでした。朝は暗いうちから展示車を洗車をして、日中はお客さまへの連絡や手紙書きに時間を使っていました。昔の卒業アルバムに住所が載っていましたので、それを頼りに同級生へ「地元へ戻って来たので、車のことで困っていたらぜひ相談してください」と手紙を送ったりもしました。ほんとうに泥臭く、足で稼いだという感覚です。その結果入社1年で黒字化させ、それから20年一度も赤字にならずにここまでこれました。

前職の営業経験が役立った

以前の会社ではハローページを見て知らない方へ電話をかけ、退社された先輩方の顧客リストに手紙を書いたりしていた経験は、立て直しにとても役立ちました。実際、前職では営業マン50人の中でトップを取ることもできたのですが、そこで意識していたのは、車の知識がなかった分、お客さまの話や悩みをとにかく聞き出すことでした。この姿勢は今の仕事にもそのままつながっています。

在庫車を持たない販売スタイル

プライスボードのない店

弊社の強みは、10年前に切り替えた販売のかたちにあります。通常の中古車屋さんは車が並んでおり、プライスボードがかかり、ひと目でわかるようになっているかと思います。弊社にはそのような車が1台もありません。お客さまの悩みをしっかりお聞きしたうえで、その方に合う1台を探してくるという、いわば中古車のオーダー販売のようなビジネスモデルへ変更しました。

ヒアリングを仕組み化する

お客さまに合った車を見つけるには、たくさんの知識が必要になると思われるかもしれません。ただ実際に大事にしているのは、ヒアリングを仕組み化することです。どのような順番でヒアリングを進め、どのような方にはどのような提案をするのか、というフローをつくり、社内はもちろん、コンサルティング先にも展開しています。

広がってきた新しい事業

他社への販売コンサルティング

今は、この販売方法を他の車屋さんにコンサルティングする事業も手がけています。地場の車屋さんが大手に苦しめられている状況を同業者として見てきたので、その力になりたいという思いからです。

代車管理のSaaS事業

もう1つ、車屋さん向けのSaaS(サース)事業として、代車のスケジュールを管理するシステムもつくりました。

YouTube(ユーチューブ)で集客する

そして昨年からYouTube(ユーチューブ)を始めていて、今はそこからの集客がかなり増えています。今いちばん力を入れている集客法もYouTube(ユーチューブ)です。

受け継いでから大変だったこと

年配スタッフとの向き合い方

大変だったのは、経営を何も知らないまま、朝から晩まで働き続けたことに加えて、既存のスタッフとの関係づくりでした。当時いたスタッフは年配の方が多く、そうした方々に認めてもらうためのコミュニケーションには、かなり気をつかいました。当時4人だったスタッフも、現在は13名に増え、年齢層も20代~30代が中心となって活躍しています。

一緒に働きたい人物像

採用や日々のチームづくりで大事にしているのは、明るくて楽しい、一緒にいたいと思える人であること、そして素直な人であることです。

これから目指す姿

大手に困らされるユーザーを減らしたい

中古車販売の業界は、今も大手企業が大半を占めています。ただ、その大手があまりよい販売方法をしているとは言えず、利用するユーザーさんが困ったり、時には騙されてしまったりすることも少なくない業界だと感じています。地場の車屋さんが苦しんでいるのを同業者として見てきたからこそ、そうした同業者たちの力になり、ゆくゆくは顧客満足を高めて、中古車というものに対して「いいね」と思ってもらえる世界をつくっていきたいと考えております。

小回りの利くサービスで勝負する

大手と同じことをしていては、追いつくことはできません。だからこそ、大手とは違う、自分たちにしかできない方法で勝負しています。お客さまの要望を聞いてから探してくるというやり方は、むしろ小さな会社に合っていると思っており、そのきめ細やかで小回りの利くサービスこそが、弊社の強みです。

採用への想い

車の知識より大事なこと

採用にはかなり悩んでいます。求めているのはセールスと整備のポジションで、車の知識は最初からなくてもかまいません。それよりも、誰かのために何かしたい、誰かに感謝されることが自分の喜びになる、そのような方であればうれしいなと思っています。

仕事のやりがいと学生へのメッセージ

お客さまの笑顔が一番

やりがいを感じるのは、いつになってもお客さまから「ありがとう」と言われる瞬間です。そのときのお客さまの笑顔は、何度経験しても最高だなと思います。

人生の節目に立ち会う仕事

車は人生で何度も買い替えるものではありません。その大きな買い物に立ち会えて、お手伝いができるからこそ、お客さまとのコミュニケーションは自然と深くなっていきます。そうした人生の節目に立ち会えることが、この仕事の大きなやりがいです。買って終わりではなく、その後の車検や整備、万が一の事故のときにも頼られる存在として、お客さまの一生涯のパートナーでありたいと思って弊社は取り組んでおります。オフラインのニュースレターやLINE(ライン)での配信など、購入後もつながり続ける仕組みをつくっているのもそのためです。

20代の学生に伝えたいこと

これから仕事で成功したいと思うのであれば、20代にどれだけ仕事にコミットするかが、その方の人生にとってとても大切な時間になると思います。体力があるうちに、遊ぶのももちろん楽しいのですが、仕事はそれ以上に楽しいことなので、ぜひできるだけコミットしてほしいなと思います。人生の3分の1は仕事をしている時間ですから、その時間を有意義にするためにも、学生のうちからの姿勢が生きてくるはずです。

この会社のよくある質問

車の知識がなくても働けますか? まったく問題ありません。私自身、家業に戻ったときは車の知識がほとんどありませんでした。それよりも、お客さまの話をしっかり聞ける姿勢のほうを大事にしています。

どんな人が向いていますか? 明るくて楽しい人、素直な人、そして誰かに感謝されることを喜びに感じられる人が向いていると思います。

今はどのポジションを募集していますか? セールスと整備のポジションを募集しています。

編集後記

学生時代の鍋谷さんは車屋を継ぐ気がまったくなかったというお話が、いちばん印象に残りました。母からの1本の電話で人生の進路が大きく変わり、そこから泥臭く足で稼いで会社を立て直していく姿には、経営の教科書には載っていないリアルな迫力を感じます。在庫車を持たずお客さまの声から車を探すという発想も、大手にはできない小さな会社ならではの強さだと感じました。就職活動で「安定か、挑戦か」に悩む学生にこそ、読んでほしいインタビューです。