インタビュー

いち営業マンから、上場グループの「障がい者雇用支援事業」を率いるまで

更新: 2026年9月17日
いち営業マンから、上場グループの「障がい者雇用支援事業」を率いるまで
PROFILE
株式会社パレット 代表取締役
三宅 治樹

「株式会社パレット」で代表取締役をしている、三宅治樹です。私たちは、企業向けの障がい者雇用支援サービス「Canvas」と、就労移行支援・自立訓練サービス「ColorsLABO」を通して、障がいのある方の「働く」を支える事業をおこなっています。東証グロース市場に上場するCRGホールディングス株式会社のグループ会社として、茨城県からこの事業をスタートしました。

サラリーマン社長という立ち位置

祖父の背中を見て育った学生時代

私は、経営者の家系に生まれました。そんなに大きくはないですが、地場で不動産事業を営む家に生まれ、祖父が経営していたので、いつか自分も継ぐのだろうという意識は常にありました。

やりたい、というよりは、やるのだろうな、という責任感に近い感覚だったと思います。だからこそ学生時代から、漠然と「経営者になる」という将来を意識していました。

地元愛から選んだ人材業界

新卒で入った会社は、ハウスメーカーでした。ただ1年ほど勤めるなかで、祖父が敷いてくれたレールの上をそのまま生きていくのは嫌だな、と思うようになりました。自分で事業をやりたい、という若さゆえの勢いもありました。

ちょうどアベノミクスという言葉が流行っていた時期で、一度しぼんでいた人材業界がまた活気づいてきた頃でした。地元の先輩に人材業界で起業している方がいて、その話を聞くうちに「自分もいけそうだな」と感じ、地元・茨城で人材派遣の事業を立ち上げようと考えました。

ただ、実際に起業するにはいくつか要件があり、そのための下積みとして入社したのが、現在のグループ会社です。一番の決め手は、実家からの近さでした。ただ、実際に働くうちに、良い会社だと感じ、長く続けることになりました。

トップセールスからホールディングスへ

2014年、24歳のときに第2新卒としてグループへ入社し、そこから3年ほど、人材派遣の営業を担当しました。最後の1年は、グループ全体でトップセールスになりました。諸々細かい話もありますが、それがきっかけでホールディングスへの異動が決まりました。

ちょうど上場準備の時期と重なっていたこともあり、上場準備や上場後の新規事業企画、M&Aを担当する部署に、管理職として配属されました。実際に会社は上場し、最初に立ち上げた新規事業が、この「パレット」という事業でした。

私たちの親会社であるCRGホールディングスの発祥の地は、茨城県土浦市です。私自身は茨城県水戸市の出身で、地方の店舗から入社してキャリアを歩んできました。上場を果たすことで、会社に対する責任を負う立場になったことを意識したからこそ、まずは地元に還元できる事業をやりたい、というモチベーションがありました。地域を活性化する地方創生の視点と、地元に拠点を持てる事業という二つの軸から生まれたものが、パレットでした。

ナンバーツーから代表取締役へ

創業時は、グループ会社の役員が代表として着任し、私はナンバーツーという立場で、創業準備から事業責任者として関わっていました。

そこから1年ほど経ち、当時まだ20代だった私が、上場企業グループ会社の社長を務めることには、周りから見て荷が重いと思われていた部分もあったかと思いますが、ありがたいことに事業が順調に伸びていったこともあり、そのまま代表取締役に就任することになりました。それ以来、今日まで代表を続けさせていただいております。

専門性を磨きながら組織を広げる

私費と公費、2つのセグメント

私たちの事業は、大きく2つのセグメントに分かれています。ひとつは、企業の障がい者雇用を私費で支援するサテライトオフィスサービス「Canvas」。もうひとつは、公費をいただいて運営する就労移行支援事業所「ColorsLABO」です。

創業以来、私たちは精神障害と発達障害のある方への支援を一貫しておこなってきました。この領域は、福祉にいろいろなサービスを絡めて幅広く提供する事業者が比較的多いのですが、私たちはこの2つの軸足に絞り、専門性を突き詰めることにこだわってきました。その結果として、業界的にも高い水準の定着率を実現できていると思っています。

約100人体制で全国22拠点へ

現在、正社員などの雇用契約を結んでいる社員は80名ほどです。加えて、業務委託でサポートいただいているメンバーが20名ほどいるので、チーム全体で見ると、ざっくり100人ほどの組織となっています。拠点は関東を中心に、全国22拠点以上まで広がっています。

熱量を軸に、職種ごとに求める力

採用の基準は、セクションによって少し変わります。現場で働く支援員のメンバーに関しては、とにかく熱量があれば、学歴やキャリアは関係なく、幅広く採用しています。この事業へ携わっていきたいという想いがあるかどうかを、一番大切にしています。

一方で、管理職や営業職のメンバーには、熱量に加え論理的思考ができる人材を求めています。もちろん、その入り口の選定にはキャリアやスキルも判断材料になるので、そちらも含め総合的に見ながら採用させていただいています。

働き始めてからが、本当のスタート

現場を見た上で実践した定着支援

障がいのある方への支援ならではの難しさとして、単純に採用すれば終わり、ということでは決してありません。何の仕事を任せるか、どうマネジメントするか、どうすれば長く働き続けてもらえるか。常に向き合い続ける必要があります。

グループとしても障がい者雇用の知見が十分にあったわけではなかったので、それを事業に置き換えるとなったとき、まずここを突き詰めて考えなければいけませんでした。市場から学び、自社で試す。その繰り返しをずっと続けてきました。

創業から1、2年、支援の現場にどっぷり入っていた頃は、うつや統合失調症といった障がい特性をお持ちの方の出社支援に苦戦していました。気分によって朝出社しづらくなってしまう方に対し、仕事にゲーム性を持たせるようなマネジメントを企業に提案したり、どこまで進めたら何ポイント、というような仕組みを取り入れてもらったこともあります。

自分自身のADHDと向き合いながら

発達障害のある方への支援では、私自身の経験も生きています。実は私自身も、ADHDの診断を受けており、時間感覚が一般的な感覚とややずれている、いわゆる「時間盲(じかんもう)」と呼ばれる特性があります。

朝8時半に出社しなければいけないのに、その「8時半」の感覚自体がずれてしまう。似たような特性を持つメンバーは遅刻が多かったり、納期を守ることが難しかったりすることがよくありました。そうしたメンバーには、アラームをかける、常にメモ書きをして何時までに何を出すかを目で見てわかるようにするといった、発達支援ならではのテクニックを可視化して提示するようにしていました。

現在私は経営に専念しているため、現場支援からは離れていますが、当時はそういった工夫を積み重ねていました。

「ワタシの支援が地域を支える」という経営理念

一人の雇用が、地域経済を支える

私たちは「ワタシの支援が地域を支える」という経営理念を掲げています。障がい者雇用というと、福祉や支援という言葉が先に来ると思うのですが、私たちはその一歩先を見据えています。

一人ひとりが働ける環境をつくることで、その方に給料が生まれ、生活が安定し、家族が安心できる。企業には労働力が生まれ、地域には雇用と消費が生まれる。一人の雇用をつくること自体が、その方個人への支援にとどまらず、地域経済そのものへの支援になる。そういう意味を込めて、この理念を掲げています。

地方への積極出店にこだわる理由

本社は東京都新宿区ですが、Canvasの1号店は茨城県水戸市に開きました。今も年に5店舗ほどのペースで出店を続けていて、基本的には地方への出店を積極的におこなっています。

私自身、地方で生まれ育ったこともあり、都市部だけでなく、全国各地で必要とされる地域にサービスを届けたいという想いがあります。そうすることで、少しずつ地域のインフラとして根づいていけるのではないか。そう考えながら、出店を進めています。

今の課題は、明確に「仲間不足」

このビジョンを実現していくうえで、今、明確に感じている課題は「仲間が足りない」ということです。飛び地飛び地で出店をしていくので、どうしても採用に限界が来てしまいます。出店のペースはこの業界のなかでも比較的早いほうだと思うので、正直、採用が追いついていないのが実情です。

そこで2025年に、広報のプロジェクトチームを立ち上げました。私自身、あまり表に出て顔を出すタイプではないので、その部分を担当メンバーに任せて、SNSなどを積極的に活用しながら、今まさに仲間集めに力を注いでいるところです。

学生へのメッセージ

選択そのものより、選択を正解にする努力を

私は地元の地域創生団体の理事も務めていて、学生に向けて経営についての学びの場を提供しています。そこでもよく話しているのが、「選択の結果より、その選択を正解にすることのほうが大事」ということです。

どの大学に行くか、どの会社に入るか、転職するか、起業するか。選択肢はいろいろあると思います。ただ、大事なのは、今自分がいる場所をどう正解にしていくかということです。もちろん選択した以上、責任はついてきますし、一時的に不正解に見える状況もあると思います。それでも、最後まで自分が正しいことをやっていると思えたら、それはとても幸せな人生になると思っています。

近くにメンターを見つけてほしい

学生のみなさんに本当に伝えたいのは、自分の近くに、いわゆるメンターのような存在を見つけて、学びの場を設けてもらうことがとても大切だ、ということです。

私自身、学生時代に小さな飲食店のような形で事業を始めたことがあるのですが、そのときは周りに教えてくれる人が誰もいませんでした。何が正解で何が不正解かもよくわからないまま進めており、今思えば、誰か教えてくれる人がいたら、もっとうまく立ち回れたはずだと感じております。

政治家志望だった学生時代

実は私は、もともと政治家志望でした。親戚に政治家が多かったこともあり、学生時代は政治家の事務所へ、直接ドアをノックするようなこともしてました。

もし今、学生時代に戻れるとしたら、政治家の事務所ではなく、地元でメディアによく出演されているような経営者のドアをノックしに行くと思います。そうしていたら、きっと経営面でのメンターに出会えていたのではないかと、今振り返って思います。

編集後記

今回お話を伺って、印象に残ったのは、三宅さんが「サラリーマン社長」という言葉を、謙遜ではなく実感として使われていたことです。上場グループのなかで、20代のうちに代表を任されるというのは、決して当たり前のことではないと思います。それでも、事業と向き合ってこられた姿勢が印象的でした。政治家志望から経営者へ、そしてご自身のADHDという特性を支援に生かす発想には、学生としても学ぶところが多かったです。