インタビュー

「使ってみてから決める」不動産があってもいい。0円賃料から始まる新しい不動産流通のかたち

「使ってみてから決める」不動産があってもいい。0円賃料から始まる新しい不動産流通のかたち
PROFILE
株式会社スタジオシンタックス 代表
羽谷行孝

株式会社スタジオシンタックスで代表取締役をしている羽谷行孝です。愛知県名古屋市を拠点に、不動産の売買や仲介、管理などを手がけながら、空き地や空き家を「ほぼ賃料0円」で貸し出すマッチングサイト「ほぼ賃料0円不動産」を運営しています。

バブル崩壊期に飛び込んだ不動産の世界

儲かる世界に憧れた

私が社会人になったのは、ちょうどバブルが崩壊し始めた頃でした。当時の不動産業界は、まだその余韻もあって、社会の中で成功している人といえば不動産関連の会社という空気があったんですよね。胸を張って言えるようなものではなかったかもしれませんが、私にとっては「儲かる世界」に見えて、そこに飛び込んでみようと思ったのがきっかけです。

物件ごとの奥深さに惹かれた

ただ、実際に不動産の仕事に精通していくと、想像していた以上に奥深い世界でした。同じ物件でも見方を変えれば全く違う価値が見えてくるうえで、それをどう流通させていくかは物件によって全然違います。そのおもしろさに気づいてから、私はどんどん不動産にのめり込んでいきました。

塩漬けになった不動産をなんとかしたい

誰にも見つからない不動産

不動産の仲介を長く続ける中で、どうしても市場から取り残されてしまう不動産がたくさんあることに気づきました。なかなか買い手・借り手が見つからない。そうした不動産が10年も20年も塩漬けのまま動かない状況を、私はずっと見てきています。

誰か一人でいい

こうした不動産にも、見る目が変われば価値や可能性は違って見えるはずです。だからこそ「誰か一人を見つける」ことが必要なのではないかと考えるようになりました。その思いから、空き地や空き家を市場の流通に載せていく仕組みとして立ち上げたのが「ほぼ賃料0円不動産」というマッチングサイトです。2024年2月にネットでリリースし、2年ほど運営を続けています。

所有者の思いと現実のあいだで

物件ごとに違う価値観

事業を進める中で一番難しいと感じるのは、所有者ごとに不動産に対する考え方や思い入れが違うことです。長く持ち続けてきた不動産であるほど思いは強くなり、それが取引の条件として現れてくることもあります。市場の現実と所有者の思いとのあいだにあるギャップを、丁寧にすり合わせていく難しさは常に感じています。

納得できる取引を目指す

とはいえ、思いをすべて汲み取りながら取引を進めるのは現実的には難しく、どこかで折り合いをつけていただく場面もあります。心苦しさはありますが、それでも私が大切にしたいのは「納得」してもらうことです。まずは使ってみて、納得してから借りたり買ったりしてもらう。ときには無償で譲渡していただくこともあります。市場原理だけでは測れない部分にこそ、不動産の取引で一番大事なものがあると思っています。

借りたい人はいても、貸したい人に届かない

抽象化した登録のしくみ

「ほぼ賃料0円不動産」は、所有者が気軽に登録できるように、あえて登録項目を抽象化しわかりやすくしています。ただ、空き地や空き家を持つ所有者はご高齢の方も多く、そもそもサイトの意味や仕組みを知ってもらうこと自体が簡単ではありません。会員登録はしていても物件を公開するところまでは踏み切れない、という方も多いのが実情です。

事例を積み重ねていく

だからこそ今は、一つひとつの事例を作って実績を積み上げていく段階だと考えています。地道な取り組みが必要なところは課題であり、これから力を入れていきたい部分でもあります。

未利用の不動産が未来のインフラになる

自動運転とEVの先に

私が思い描いているのは、この仕組みが自動運転車やEV(電気自動車)の充電施設、通信基地局といった未来のインフラにつながっていく社会です。日本全国に広がる未利用の不動産は、市場原理の中だけで動く不動産流通では活用しきれません。だからこそ「ほぼ賃料0円不動産」が普及することで、そうした余白の部分をうまく事業に活かし、日本の経済や産業に貢献できるのではないかと考えています。

3つ目の選択肢

不動産の使い方は今、売る・貸す・そのままにしておくの3つしかありません。ここに「まずは利用してみてから判断する」という新しい選択肢を加えることが、これからの土地の利用形態には必要だと思っています。

これから広げていきたいこと

アプリ化という構想

いずれはスマートフォンでさっと登録できるアプリも作りたいと考えています。今のサイトの登録項目についても改善したい部分があり、まずは考え方そのものを浸透させていくことを優先しながら、事例の積み上がり具合を見て判断していくつもりです。

相続相談という新しい強み

不動産会社は基本的に市場原理の中で動く不動産にしか関与できません。ですが相続では、市場原理の内側も外側も含めたすべての不動産について相談が寄せられます。そこをすべてカバーできる相続相談サービスとして前面に出していければ、弊社の強みになると考えています。

行政や地域との連携も

将来的には、地元の専門家への紹介サービスや、検索画面での行政や企業向けの広告枠など、サイトの純度を維持しながら、普及にあわせた収支の計画も持っています。まだ誰も踏み込んでいない領域を、少しずつ広げている手応えを感じています。

編集後記

今回のインタビューを通して、羽谷さんが「当たり前」をそのまま受け入れず、心のしこりとして残ったことを掘り下げ続けてきた姿勢がとても印象に残りました。不動産という、長い歴史と慣習に縛られやすい業界で、既存の枠組みに疑問を持ち続けることは簡単ではないと思います。それでも「みんなが納得できる取引」を軸に据える羽谷さんの言葉には、事業への誠実さがにじんでいました。空き地や空き家という社会課題の先に、自動運転やEVといった未来のインフラを見据える視座の広さにも、大きな刺激を受けたインタビューでした。