金融業界のエンジニアから、まさかの起業へ
選択肢が少なかった就職氷河期
最初のキャリアは大和総研という大和証券グループのシンクタンクで、エンジニアをやっていました。もともとITに興味があったわけではなく、私が就職したころはリーマンショックの直後くらいだったので、ITか金融業界の営業かというくらいしか選択肢がなかったんです。なりゆきでシステムエンジニアになったのですが、元々は海外に出たいという気持ちが強い若者でした。それなら最初から海外留学をしておけばいいような話なのですが、英語にそこまで自信がなくて、会社のなかで出張ベースで海外に行かせてもらえたら楽だな、という程度に思っていました。
香港駐在で気づいた「日本への無関心」
入社してから海外に行きたいと言い続けていたら、ありがたいことにミャンマーやベトナム、アメリカなど、いろいろな海外案件に関わらせてもらい、最終的には3年半ほど香港で駐在員として過ごしました。これが最初の大きな人生の転機だったと思います。香港の人はとても親日で、日本語を話せる人も多く、年に何回も日本に旅行に来ている人が結構いるんです。北海道の大雪山に登った話、白川郷や砂丘に行った話を楽しそうに話している香港の人たち。私はどこにも行ったことがありませんでした。私自身は日本からずっと出たいと思っていたけれど、海外の地で改めて自分のルーツに向き合わされる経験でした。
着付け教室から始まった伝統工芸との出会い
香港での駐在を終えて帰国したタイミングで、「日本についてこれは知っている」と言えるものが欲しいなと思い、着付け教室に通い始めました。最初はパーティーで着物を着られたらちやほやしてもらえるだろう、というくらいのノリでしたが、恋に落ちたのは一瞬でした。人気の着物の柄には紀州徳川家のデザインがあります。現代でも着られていて、徳川家の格式高い柄だからこそ結婚式にも着ていけるデザインなんです。そういった話を聞くたびに、心が震えました。私は日本の歴史の延長線上を生きている、そう感じました。ただ、呉服業界は斜陽産業で、5年か10年もつかどうかもわからないと言われている業界です。消費者としてその現状を目の当たりにしても、一介のサラリーマンだった私には何もできませんでした。
ニューヨークで見た「着物」の海外進出
そんな折、帰国してからPwCコンサルティングというコンサル会社に転職し、ニューヨークに1年ほど出張することになりました。そこで出会ったのが、ローブとして海外ブランドから売られている「Kimono」です。海外では着物はルームウェアのローブ、あるいはガウンのような扱いで、その市場は拡大傾向にありました。正直ショックでした。日本人の知らないところで着物のキの字も知らない人たちがKimonoで稼いでいる!許さん!と思ったんです。でも、しょせんはローカライズの話なんですよね。私たちがナポリタンを食べるのと同じことだとも思いました。それなら、これはビジネスチャンスだと思ったんです。日本国内では着物を買う人はほとんどいませんが、海外には大きなKimonoマーケットがある。そこに日本の職人さんを連れていけば、彼らが食べていけるようになるかもしれない。伝統をつないでいく方法はこれだと思いました。誰もやらないなら私がやる!そう決意し、3年前に株式会社Artisansを立ち上げました。
「ALISA」というブランドと、「Artisans」という会社
事業内容はアパレルブランド
事業内容を簡単に言うと、アパレルブランドです。特徴は、普段は着物を制作されている工場や工房の方々とコラボレーションしてつくっていることです。
ベンチマークはエルメスとブルネロクチネリ
弊社のビジョンは、職人さんたちを世界で活躍する作り手に進化させること。ベンチマークとして置いているのが2つのブランドです。ひとつはエルメスで、もともとは馬具の工房でした。馬車から車に変わっていく激動の時代に、馬具づくりで培った技術力を、カバンやブーツ、洋服といったかたちに転用して、今のようなラグジュアリーブランドに進化させてきました。しかも今もエルメスは馬具をつくり続けています。日本の呉服産業にも、同じことができないはずがないと思っています。着物は消えることはないと思いますが、それが主力の商品になるかどうかはわかりません。だからこそ、その技術を伝統として持ちながら、商品はアップデートしていくことが必要だと考えています。もうひとつのベンチマークが、ブルネロ・クチネリというブランドです。「人間主義的経営」を掲げ、職人の尊厳を守り、彼らに適切に還元していくという経営哲学の面でベンチマークにしています。
会社名に込めた思い
アパレルブランドとしては「ALISA」という名前で展開していますが、会社としての名前は株式会社Artisans(アーティザンズ)です。アーティザンズとは作家や職人を指す言葉です。ブランド名と会社名をわざわざ分けているのは、Artisansという会社の下に、いろいろな伝統工芸のブランドをつくっていきたいと思っているからです。「ALISA」はアパレルブランドとして、着物の職人さんたちに「日本から、日本人によるラグジュアリーブランドをつくろう」と呼びかけています。ただ、これは着物だけの話ではなく、伝統工芸の業界はどこも同じ課題を抱えています。儲からないから子どもに継がせられず、そのまま途絶えてしまう工房は少なくありません。だからこそ、稼げるサステナブルなビジネスをつくっていきたいと思っています。焼き物や漆器など、日本には素晴らしいものがたくさんあります。Artisansという会社のもとで、いくつもブランドを育てていけたらと思っています。
分業の美学と、ビジネスとしての現実
西陣織、30近くの工程それぞれに職人がいる
西陣織のような伝統工芸品は、つくるのに30近くの工程があり、それぞれの工程に専門の職人さんが一人ずついます。たとえば、薄い和紙を裁断し金色の糸にする「金糸(きんし)」をつくる工程では、和紙の上に均一に金をまく人が一人、金をまいた和紙を細く切る人が一人、というように分かれています。最盛期においてはその分業が効率的でした。しかし生産量が激減した現代においては、職業として成り立ちません。でも、その工程だけをひたすら30年、40年と続けてきたからこそ到達できる高みがある。それが伝統工芸品の難しさであり、面白さでもあります。
芸術品か、実用品か
伝統工芸品というのは、芸術性を持った実用品です。普段使いできてこそ意味があります。かつては芸術品に近い着物にも大金を払う人がたくさんいました。昔のように着物を着る人が多かった時代であれば、高級な実用品としてビジネスが成り立っていましたが、令和の今はそうはいきません。芸術家として極めるのか、産業として極めるのか。作り手も、どちらに比重を置くのか意識しなければいけない時代だと思っています。実用品として稼いでいくなら、ある程度の完成度で、現代の暮らしに合った実用品を数多くつくる。そういった割り切りも必要だと考えています。そこのビジネス設計を私が担えたらと思っています。
「昔ながらを守るべき」と言う人ほど、実は他人事
「山脇さん、素晴らしいことをしていますね。でも、昔ながらの着物を着る人を増やしたいと思っている人もいることを忘れないでください」と言われたことがあります。ただ、その方はスーツを着ていたんです。それが答えだと思いました。結局、第三者として外野から「守るべきだ」と言っているだけなんですよね。そう思うなら毎日着物を着てほしいし、買ってほしい。買う人がいなければ、伝統であっても産業は成り立ちません。着物はもはや実用品ではないという事実に向き合ってほしいと思っています。
学生へのメッセージ
やりたいことがなくても、それでいい
正直、就職活動をしていたころは働きたくありませんでした。就活からずっと逃げていて、気づいたら選べる会社があまりないという状態になっていたんです。具体的にやりたいことが特にあったわけでもなく、しょうがないからサラリーマンをやっておこう、というくらいの気持ちでした。
自分の名前に込められた伏線
「ALISA」というブランド名は私自身の名前でもあります。私の「アリサ」という名前は、両親がグローバルに活躍してほしいという思いから、海外の人にも分かりやすいようにとつけてくれました。一方で「有紗」という漢字は祖父が考えてくれました。実は「紗」という字は、絹織物の意味を持ちます。美しい絹織物や着物をたくさん手に取れるようにという思いを込めてつけてくれたんです。着物の伝統を次の千年につなげることを人生のミッションと決めたとき、「あぁ、私、自分の名前に帰ってきたな」と思いました。ブランド名はALISA以外考えられませんでした。
何歳からでも、挑戦はできる
人生は本当に何が起こるかわかりません。私は今40代なのですが、30代の終わりにまさか自分で会社を起こすとは思っていませんでした。やりたいことがある人は、それに向かって突き進んでいけば、きっと面白いことが起こると思います。やりたいことがない人も、それを後ろめたく思う必要はなく、のらりくらりとやっていても、ある日何かが起こるかもしれません。全力で若さを楽しんでもらえたらいいなと思います。努力が必ずリターンを生むかどうかはわかりませんが、どこで芽吹くかもわからないので、面白そうだと思ったことには、全部首を突っ込んでおけばいいと思います。
編集後記
金融業界のエンジニアから伝統工芸のアパレルブランド経営者へと、まったく異なる道を歩んできた山脇さんのお話には、驚きの連続でした。特に、ご自身の名前に込められた意味と今の事業がつながっていたというエピソードは、人生の伏線回収を見ているようで胸が熱くなりました。「やりたいことがなくてもいい」という言葉は、将来に迷うことも多い私たち学生の心を軽くしてくれるメッセージだと感じます。伝統工芸を持続可能な産業に進化させるという壮大なビジョンを、心から応援したいと思います。貴重なお話をありがとうございました。