コロナ禍を機に自分の働き方を見つめ直す
定年にとらわれず挑戦を続けたい
私は1996年に新卒で社会人になり、営業の仕事を中心に経験を積んできました。働き方を見つめ直す転機になったのは、コロナ禍です。社会の変化を目の当たりにする中で、自分はこれから先の10年、15年をどう働き、どのような価値を提供していきたいのか、考えるようになりました。
定年という区切りにとらわれず、自分が本当に取り組みたい仕事を続けていきたい。そのために、これまでの経験を活かして自分の事業を持つ道を模索し始めたんです。
事業承継を通じて新たな一歩を踏み出す
独立を考えたといっても、すぐに会社を辞めたわけではありません。勤めを続けながら、どのような形なら自分の経験を活かして事業を育てられるのか、さまざまな可能性を検討しました。
その中で出会ったのが、M&Aによる事業承継という選択肢です。すでに築かれている商品や取引先との関係を引き継ぎ、自分の経験を加えて次の展開につなげる。そうした形にも、事業を始める意義があると感じました。
ご縁のあったコーヒー事業を事業譲渡という形で引き継ぎ、ジーエムビー株式会社を設立しました。約1年間は勤めと並行して事業を進め、現在は自社の経営に専念しています。
コーヒー事業を選んだ理由
人と企業をつなぐ仕事から学んだこと
私が社会人になったのは就職氷河期で、就職活動では200社ほどに葉書を送りました。当時は自分なりに、不景気の中でも暮らしに欠かせない食品を扱う業界なら安定しているのではないかと考え、食品メーカーに入社しました。その後、人材業界に転職し、20年弱にわたって人と企業をつなぐ仕事に携わりました。
人材のマッチングでは、企業と求職者の希望がすべて一致するとは限りません。双方の事情や、仕事に求めるものを丁寧に理解し、納得できる接点を探す必要があります。入社後に状況や考え方が変わることもあり、人をつなぐ仕事の難しさと、責任の大きさを実感しました。
その経験を通じて、相手の期待を理解し、目先の成約だけでなく、その先の関係まで考えることの大切さを学びました。同時に、自分自身の事業では、品質や背景を理解し、心からよいと思える商品を届けたいという思いが強くなっていきました。
自分が納得した価値を届けたい
もともとコーヒーが好きだったこともあり、事業を営んでいた方とご縁ができ、話を重ねる中で「この事業に取り組みたい」と思うようになりました。
惹かれたのは、商品としてのおいしさに加えて、その背景にある産地や生産者の仕事を伝えられることです。自分が納得した価値を、自分の言葉でお客さまに届けたい。コーヒー事業は、その思いを形にできる仕事だと感じています。
ベトナムの生産現場と日本のお客さまをつなぐ
現地パートナーとの直接取引
コーヒー事業では、ベトナム産に特化したブランド「谷崎珈琲ビレッジ」を展開しています。農園を経営するベトナムの現地パートナーから、商社を介さず直接買い付ける「ダイレクトトレード」を行っています。
現地では、栽培から収穫、精製、焙煎までを担っています。コーヒーは果実の種子を加工・焙煎したもので、栽培や精製の方法によっても味わいが変わります。私自身も現地を訪れ、生産者と話し、農園や加工の現場を確認しながら、商品の背景を理解することを大切にしています。
取り扱っているのは、スペシャルティアラビカや、品質を追求したファインロブスタなどです。生産地や品種による味わいの違いを楽しんでいただけるよう、自社サイトや楽天市場などで販売し、カフェやレストラン、ホテルなどに向けた業務用の提案も進めています。
ベトナムコーヒーのイメージを変えるために
産地の名前だけでは伝わらない価値
事業を進める中で感じるのは、ベトナムコーヒーの品質や多様な味わいが、日本ではまだ十分に知られていないということです。コーヒーの産地として、ブラジルやエチオピア、ケニアなどを思い浮かべても、ベトナムを思い浮かべる方は多くないかもしれません。
ベトナム産の豆はインスタントコーヒーなどにも使われてきたことから、「価格の安いコーヒー」という印象を持たれることがあります。ただ、その印象だけでは、現地で品質を追求している生産者や、それぞれの豆が持つ魅力は伝わりません。
私が現地を訪れて感じたのは、生産者の工夫や丁寧な仕事と、日本での認知との間に隔たりがあることでした。その価値を日本のお客さまに届けることに、私たちの役割があると考えています。
一杯の体験から評価を変えていく
コーヒーの品質は、産地の名前や価格だけで決まるものではありません。同じ国の豆でも、品種や栽培、精製、焙煎によって個性は変わります。ベトナムにも、香りや風味を追求したアラビカや、ロブスタの持ち味を活かしたコーヒーがあります。
だからこそ、説明をするだけでなく、実際に飲んでいただくことを大切にしています。先入観を持たずに味わっていただき、「ベトナムにこんなコーヒーがあるんだ」と感じてもらう。その一杯を、認識が変わるきっかけにしたいですね。
ベトナム大使館とも交流・情報交換を行いながら、ベトナムコーヒーの認知拡大に取り組んでいます。生産者の思いと、お客さまの実際の評価をつなぎ、継続して選ばれる商品に育てていくことが課題です。
今後のビジョンと認知拡大への取り組み
日本市場への進出を支える橋になる
現地の生産者やコーヒー事業者と話す中で、日本に自分たちのコーヒーを届けたいという思いを聞くことがあります。一方で、日本側のニーズや販売方法がわからず、接点をつくることに難しさを感じている方もいます。
GMBは「Global Market Bridge」の頭文字です。市場と市場をつなぐ橋になりたいという思いを込めています。今後は輸入・販売に加え、日本市場への進出を目指すベトナムの生産者や企業を支援する取り組みも進めたいと考えています。
具体的には、日本のロースター、つまりコーヒー豆を焙煎する事業者などとの接点づくりや、販売先の開拓、日本のお客さまに合った商品の伝え方を支えることです。これまで培った営業経験と現地との関係を活かし、双方にとって続ける価値のある取引をつくっていきたいと思っています。
ベトナムのコーヒーが、品質や味わいを理由に日本で選ばれる。その選択肢を増やすことが、私たちの目指す姿です。
直接話して味わう機会を増やす
認知を広げるためには、オンラインでの情報発信と、実際に商品を体験していただく機会の両方が必要だと考えています。試飲やサンプルの提案を通じて、味わいだけでなく、生産地や生産者の取り組みについてもお伝えしています。
直接お話しすると、お客さまが何を重視しているのか、どこに疑問があるのかもわかります。その声を商品提案や情報発信に活かしながら、次の機会につなげています。
地道な営業で信頼を積み重ねる
営業先の開拓には、前職で培った経験を活かしています。DMでご関心を持っていただいた先に連絡したり、サンプルをお届けしたりしながら、ロースターやカフェ、レストラン、ホテルなどに一件ずつ提案しています。
また、ベトナム現地のパートナーや、日本で事業を営むベトナムの方々との交流を通じて、情報交換や関係づくりも進めています。国をまたぐ事業だからこそ、相手をよく理解し、信頼を積み重ねることが欠かせません。
新しい価値は、商品を用意するだけでは広まりません。自分から接点をつくり、お客さまの反応を確かめ、提案を磨いていく。その地道な積み重ねが、事業を育てる力になると思っています。
学生へのメッセージ
結論を急がず仕事から学んでほしい
就職、転職、起業など、今はさまざまな選択肢があります。私自身も働き方を変えてきたので、一つの会社にずっといることだけが正解だとは思っていません。
ただ、仕事を始めたばかりの時期は、まだ見えていないことも多いものです。社会の仕組みや仕事の進め方、相手との信頼関係のつくり方を、実際の経験から学ぶ時間を大切にしてほしいと思います。
よく「まずは3年」と言われますが、数字そのものよりも、何を経験し、何を身につけたかが大事です。仕事の面白さや難しさを知る前に結論を急いでしまうのは、少しもったいないと感じます。
そう言いながら、私自身は新卒で入ったメーカーを2年ほどで辞めているんですけどね。当時は不満に目が向いていましたが、別の会社に移ってから振り返ると、最初の会社で学んだことや、その環境のよさに気づきました。立場や経験が変わると、同じ出来事の見方も変わるんです。
目の前の経験が次の挑戦を支える
今の仕事が、将来やりたいことに直接つながっているように見えないこともあると思います。私も、人材業界で身につけた営業や関係づくりの経験を、後にベトナムコーヒーの事業で活かすとは思っていませんでした。
それでも、目の前の仕事に真剣に向き合った経験は、後になって自分を支えてくれます。うまくいったことだけでなく、失敗したことや悩んだことからも、次に活かせる学びが得られます。
最初から、人生を通じてやりたいことが決まっていなくてもよいと思います。経験を重ねながら、自分が大切にしたいことを見つけていけばよい。20代の挑戦や努力は、30代、40代、さらにその先で、新たな一歩を踏み出す力になるはずです。
編集後記
今回のお話で印象に残ったのは、自分が納得できる価値を届けたいという思いを、具体的な事業へとつなげている姿勢です。人材業界で培った営業経験を活かし、事業承継を経てベトナムコーヒーの輸入・販売に取り組む歩みから、これまでの経験が新しい挑戦を支えることを感じました。
また、商品の魅力を伝えるために、試飲や地道な営業を重ね、お客さまとの接点を一つずつつくっていることも印象的でした。学生への「経験は後から糧になる」というメッセージは、これから社会に出る私たちにとって、目の前の仕事に向き合う意味を考えるきっかけになりました。貴重なお話をありがとうございました。