インタビュー

「潜り込み就活」から始まったキャリア。温泉県・群馬でウェブマーケの「総合窓口」を目指す

更新: 2026年8月20日
「潜り込み就活」から始まったキャリア。温泉県・群馬でウェブマーケの「総合窓口」を目指す
PROFILE
株式会社アクロバティックス 代表取締役
依田沙希

就活が嫌いだった学生時代

サークルは遊びだけ

大学時代は、遊びが好きな人たちが集まったオールラウンドサークルにいました。メンバーは80人くらいいて、私はそこで副会長をやっていたんですよね。イベントの企画とか、サークル全体の持っていき方とか、そのあたりが自分の役割でした。あとはもうずっと遊んでいた気がします。

「潜り込み就活」という発想

就活って大学3年生から始まるじゃないですか。私はそれが嫌で、勝手に「ここに行く」って会社を決めて、そこに入るにはどうしたらいいかを学生時代から考えていました。編み出したのが、アルバイトで潜り込むという方法です。

もともとの出身企業はリクルートなんですけど、当時のリクルートは新卒採用を行っていなかったんですよね。今はあると思いますが、当時はなくて「ちょっと変わったことをしてきた人を採る」くらいの空気でした。当時の出版業界はまだ紙がメディアのすべてだと思われていた時代ですから、私も自然と出版関係でリクルートに行こうと考えていたんです。

とはいえそこに戦略があったわけではなく、「新卒採用をやっていないなら、バイトで潜り込んでうまくやれば入れるんじゃないか」というすごく安易な発想でした。

やっていたのは「求人広告を紙で売る」というアルバイトです。当時のバイトの時給はかなり良くて、時給1,800円くらいでした。25年前の話です。広告が取れたら、その広告費の8%をキャッシュバックしてもらえる仕組みで、100万円取れば8万円プラスされる。すごくおもしろいバイトでした。

本当は旅行雑誌の部署を目指していたんですが、バイトの募集がなかったので「求人広告でもいいや。部署が違うだけで、なんとか接点はできるだろう」という、これもまた安易な発想でした。結局、狙っていた部署への接点はできなかったんですけど、そのまま就職はできて、無事に入社しました。

じゃらんから草津温泉へ

入社後は「じゃらんnet.」の立ち上げ

入社後は、希望していた旅行事業部に配属されて、旅行サイト「じゃらんnet.」がまだ立ち上がったばかりのころの企画や広告営業を担当していました。

重度のアトピーと草津温泉

なぜ旅行や温泉に惹かれていたかというと、実は重度のアトピーだったからなんです。治らないと言われるくらいで、ステロイドを塗って包帯を巻かないと、朝起きたら血だらけになるくらいひどい状態でした。

薬で抑えることしかできないと言われるのが嫌で、温泉に通うようになったんです。草津温泉が効くという話を聞いて通ったら、半年くらいでほぼ完治しました。かさぶたみたいにポロポロ取れていって、今もほとんど跡が残っていません。この体験があって、温泉に関わるような仕事がしたいと思うようになりました。

楽天トラベルと地域活性化の原点

六本木への転職

当時は紙からネットへとメディアが移り変わっていく時代で、旅行サイトもまだそれほど多くなく、じゃらんnet.と楽天トラベルが二強という状況でした。じゃらんが一強で、楽天は後追いだったんですよね。楽天の場所が六本木だったこともあって、田舎者からすると人が多くて高いところに行くのに憧れるような感覚で、転職を決めました。

全国の県庁と連携したでの地域活性化事業

楽天トラベルでは、宿泊施設への集客提案を担当していました。この時期に立ち上げに携わったのが、自治体と連携した地域活性化プロジェクトです。沖縄、北海道、石川、兵庫、香川県庁とはかなり長く仕事をしていて、県庁から予算をもらい、宿泊施設を巻き込んで四国をブロックごとに分け、年に4回の特集を楽天上で組んだり、専用の宿泊プランを作って販売したりしていました。当時はまだ「地方創生」という言葉すらなかった時代です。

独立という選択

会社員では担当しきれない

独立を決めた理由は2つあります。

ひとつは、単純に人から言われたことに従うのが苦手で、「自分だったらこうやるのに」という思いをずっと抱えていたこと。それを解消するには独立するしかないと思っていました。

もうひとつは、一つひとつの施設にずっと付き添って一緒に育てていく、ということができなかったこと。集客の提案という仕事自体は好きだったんですが、会社員だと担当する施設数が多くなりすぎて、一つの施設への関わりが薄くなりがちだったんです。そこを改善するには独立するしかないとずっと思っていました。

いずれ群馬に戻って独立すると決めていたので、リクルートでバイトも含めて7年、楽天で7年弱というキャリアを経て、26歳のときに群馬に戻り、起業しました。

現在の事業内容

宿泊施設向けのウェブマーケティング会社

現在の会社は、ウェブマーケティング会社です。クライアントの7割ほどが宿泊施設で、残り3割が法人や自治体になります。集客マーケティングという軸で、ウェブを使ってどのように旅館やホテルに集客していくかを提案するのがメインの事業で、それに付随してプロモーション全般をトータルで手がけています。

自ら宿泊施設を運営する理由

もうひとつの軸として、地元の活性化事業も行っていて、現在はコワーキングスペースとカフェ、宿泊施設の運営をしています。

コンサルティング契約というのはどうしても「口だけ」に見られがち。いい意味でもそのイメージを消すにはどうしたらいいかを考えたときに、自分たちで宿泊施設をブランドとして作った方が、先行事例としてのマーケティング材料になると考えました。同じ宿泊施設を運営する立場だからこそ、話を聞いてもらいやすくなるという利点もあります。

群馬は温泉大国と言われるくらい温泉地が多く、日本でも有名な温泉地が集中している地域です。そもそも自分を治してくれたのが草津温泉ですし、温泉地で仕事ができて、風呂にも入れて、お金も入るなら、こんなに楽しいことはないという思いが強いのかもしれません。

今後のビジョン

生成AIでの自動翻訳・チャットボットで宿泊施設の悩みを解消する

事業の軸自体は変えるつもりはありませんが、サービスの展開は広げていきたいと思っています。最近多いのが、インバウンド体制を整えられていない宿泊施設の悩みです。それを一元的に解消できないかと考えて、独自のAIチャットボットの仕組みを開発しています。

宿泊施設への事前の問い合わせや、部屋からの内線での問い合わせをすべてチャットで自動返信する仕組みで、ホテルとゲストがそれぞれの母国語同士でチャットできるサービスとしてリリースしています。

こうした付随するサービスを増やしていくことで、旅館の悩みや課題をいろいろなサービスの組み合わせで解決できる、いわば「総合窓口」のような立ち位置になっていきたいと考えています。

空き家をリノベして宿泊施設を増やす

旅館などを自ら運営している目的もあり、空き家を一軒ずつリノベーションして、宿泊施設の数を増やしていくことも前提にした事業展開を考えています。

学生へのメッセージ

東京には一度出た方がいい

東京にいる人は、基本的に地方出身者が多いと思います。私は個人的に、一度は絶対に東京に出た方がいいと思っています。地方に戻ったときの情報や伝達速度の遅さって、東京に出ないと気づけないんですよね。地方にずっといたまま今の事業をやろうとしていたら、成功はなかったと思います。東京でノウハウやスキルを学んで、それを地方に持ち込むからこそ、成功事例が出やすいと感じています。

企画が好きな人は基本的に起業する運命をたどると思っているので、ぜひ起業してほしいですし、できればそれを地方でやってほしいと思っています。地元に戻るのでも良いですし、関東近郊に戻るのでも良い。その方が、やれる幅はかなり広がると思います。

ニッチに絞ると、間口は逆に広がる

地方に戻ると、地方の仕事だけで需要が続くか不安に思う人が多いと思うんですが、実際には都心の仕事も含めて増えているという現状があります。京王電鉄さんや住友不動産さん、LIXILさんといった企業のウェブまわりの仕事を、群馬にいながらいただくこともあります。

うちのような宿泊施設のマーケティングという、かなりニッチな仕事をやり続けていくと、逆にそれ以外の展開が見込みやすくなるんですよね。宿泊施設向けの集客というウェブマーケティングも、鉄道会社やメーカーの仕事も、根本をたどればどれも「エンタメ」という括りの中でつながっています。結局、どの業界も集客に悩んでいるという点では同じで、間口を狭く持っておくことで、自分が思っていた以上の広がりが見込めるものだと感じています。

編集後記

依田様のお話をお伺いして印象的だったのは、「戦略ではなく、その場その場の発想で道を切り拓いてきた」という姿勢です。潜り込み就活も、独立の決意も、後から振り返れば理にかなっていますが、当時はかなり思い切った選択だったのではないかと感じました。とくに「ニッチに絞ることで間口が広がる」というお話は、地方で事業を考える学生にとって、大きなヒントになるのではないかと思います。貴重なお話をありがとうございました。