大学1年で、「個人事業主」になった
僕は大学1年の終わりにもう開業しちゃっていて、途中で法人成りさせて今の会社を続けています。なので、しびっくぱわーとしての活動がほぼほぼ大学生活みたいなところはあるんですけど、とはいえ、そこに至るまでには結構ちゃんとした流れがあるんですよね。
陸上競技がしたくて筑波に来た
僕は2010年に大学に入学して、出身は九州の熊本です。陸上競技をやりたくて筑波大学に来ました。実際に入学して、陸上競技をやり始めたものの、授業や大学生活においては筑波大学に対して憧れを強く持ちすぎてしまって、周りのテンションとの差にうまく馴染めなかったというか。うるさいタイプだったし、友達もいっぱいできて、孤立していたわけでは全くないんですけど、いざ大学に来てみると、授業はみんな代返しあって、テスト前になるとノートを貸し借りして、そこそこの点数を取って、そこそこの研究室に入って、そこそこの卒論を書いて、そこそこの就活をして、そこそこの企業に就職して、そこそこの人生を歩むのかなと思った時に、すごく嫌だなと思ってしまったんです。
高校時代、そして浪人時代に、自分で起業したいという気持ちがすでにあったので、大学1年生のすぐには起業できないと思っていて、大学3年生まで経験を貯めてから起業しようと決めて、1年生の春・夏・秋を過ごしていました。
「いつかやる」が消えるかもしれないと気づいた夜
ただ、あの年の終わりに東日本大震災がありました。つくばは震度6弱で2回揺れただけなので、東北のようにひどかったわけではないんですけど、初めて親元を離れて1人暮らしをしている中で被災して、死ぬかもしれないという経験を人生で初めてしたんです。その瞬間、いつかやろうと思っていたことが、この瞬間にできなくなるかもしれないと初めて思いました。
大学3年生までいったら起業しようと決めてはいたものの、いつかやろうと思っていたことが今この瞬間にできなくなるかもしれないと気づいて、慌てて起業しなきゃと思ったんです。それで大学1年生の終わり、2011年3月31日に開業届だけ出して、個人事業主として開業しました。これが僕の大学一年生の始まりであり、終わりみたいなところなんです。
コミュニティカフェから行政コンサルへ
そこからは時代の追い風もあって、コミュニティデザインという領域がすごく流行った時期でした。今でいう生成AIみたいなテンションで、いろんなところで使われる言葉だったんです。僕は大学2年生の時に、学生だけでコミュニティカフェを作って運営する活動を始めました。まちづくり活動ですね。そこからまちづくりやコミュニティデザインに興味のあるお客さんが、学生も大人も問わずいろいろな人が来てくれるようになって、そこで出会った人と商店街活性化をやるようになりました。
商店街の仕事をしていると、どんどん自治体、市役所や区役所の仕事に近づいていって、行政のコンサルテーションという形に少しずつ変わっていきました。大学3年生を終える時までカフェをやりながら商店街活性化をやっていて、3年生まで行ってから休学して、行政のコンサルテーションで法人化したのが今の会社です。
大学1年生の途中まではもんもんとしていて、週5、6回東京に通ってビジネス系の集まりに出るような大学生だったんですけど、震災をきっかけにつくばで場づくり、コミュニティデザインを始めて、商店街活性化、行政コンサルをやって、後半はほとんど仕事メインで大学に通っていたという感じです。仕事とともにあった大学生活でした。
1点差で不合格になったから、今の自分がある
1400点満点中1点足りずに落ちた
前提として、身分不相応に頭のいい高校に通っていました。熊本県立熊本高等学校という、医学部医学科進学者数が日本一と言われるような公立高校です。ただ、僕はそんなに勉強に身が入らなくて、高校から始めた陸上競技がすごく楽しくなってしまいました。全国では勝てないけど、九州ではそこそこの位置というところで、インターハイも国体もうまく成果が出なかったのがすごく心残りでした。
大学でも陸上を続けたいと思っていて、競技として学問的に体育や栄養、スポーツ生理学を勉強しながら続けるとなると筑波大一択だと当時思っていました。曲がりなりにもそこそこ頭のいい高校で、陸上の成績も悪くなかったので、現役の時に筑波の体育を受けたんですけど、模試もA判定で当日も何も失敗しなかったはずなのに、気づいたら1400点満点中1点足りずに落ちていました。誰も予想していなかった展開で、前期しか出願しておらず、後期も私立も受けていなかったので、浪人が確定しました。
浪人するにあたって筑波で陸上競技はしたいけれど、1年のブランクがあると競技者としては難しいだろうと。だから陸上競技は続けるけれど、体育学部に行くのはなしと自分で決めて、運動生理学のような理学的なことをストレートに学ぼうと思い、高校時代は文系だったところから浪人の1年で理系に転向しました。
「てめえらのことはてめえらでやれ」と言われた原体験
理転する中で、予備校時代の生物の先生が僕の恩師です。福岡と広島でそれぞれ自分の塾を経営していて、週に1回だけ熊本の予備校に教えに来る女性の先生でした。彼女が1、2回目の授業の時に、「あんたたち受験生は夏が勝負だ。でも私は夏休みはちゃんととる。勉強は自分たちでやりなさい」と言ったんです。
仕事で教えているのに、予備校生にとって一番大事な夏を投げ出すんだ!と思って、なんでこの人はこんなに自由なんだろうと思いました。予備校に雇われてはいるけれど、実力があるから雇われているし、そもそもご自分で塾も経営されている。経営者にはそういう自由があるんだと初めて知りました。
実際、彼女から受けた影響でインプットも良くなって、結果として色々ありながらも無事に筑波大学の生物資源学類に合格できました。その経験を通じて、能力を高めたいという気持ちと同時に、起業して自由に過ごしたいという気持ちが強くインプットされたのが浪人時代の経験ですね。この原体験は、僕にとって五本の指に入る出来事だと思っています。
人と人、人とまち、人と行政をつなぐ
10億円の資金調達から5歳児の初めてのおつかいまで
会社としてはビジョンに「まちと仕事のリデザイン」を掲げ、ミッションは「地域を愛し、自己決定できる人を育てる」、バリューは「あらゆる挑戦を応援する」です。社員やスタッフ、バイト、インターンメンバーに一番しっくりきているのは「あらゆる挑戦を応援する」だと思っていて、そのためであれば何でもします。
事業領域としては、JAXA発ベンチャーのようなディープテック研究開発型のスタートアップ創出支援もすれば、20億円ほどの資金調達のお手伝いもします。他方で、0歳児向けのベビーマッサージイベントや、5歳児の初めてのおつかいのような企画運営も手がけていて、10億円の資金調達から5歳児の初めてのお使いまで、あらゆる挑戦を応援するという標語で伝えています。
自社拠点として、まちに開かれたコワーキングスペースやコミュニティスペースを2拠点、市からの委託事業で1拠点、そのほかにスペースの運営支援をリモートで3拠点ほど手がけています。場を持ち、場を使いながらまちに開いて、まちの人と一緒に何かを始めるきっかけづくりをしているという感じです。この「きっかけ」としてイベントというアウトプットを使うことが多く、社員10人足らずの小さな会社ですが、年間1,500件ほどのイベントを企画運営しています。少なく数えて1,500件で、実際には2,000件以上あると思います。
フルリモート・フルフレックスという働き方
2018年から続く「職場はSlack」
会社としては2014年に登記していて、創業当時からカルチャーとしてフルリモート・フルフレックスでした。届け出や社員との調整を含めて就業規則として定めた中では、2018年からきちんとフルリモート・フルフレックス制度を導入しています。コロナ前からフルリモート・フルフレックスで、職場はSlackですと答えています。
拠点を運営していて、イベントの現場もある中でそれでもフルリモート・フルフレックスを続けているのは、設立当初から子育てや介護、入院などありとあらゆる事情があっても、望むなら仕事を続けられるようにしたいと思っているからです。子育てで仕事は好きなのに続けられないとか、介護が突発的に発生して仕事を変えなければならなくなるというのは、すごく不幸せなことだと思っていて。結果として、今は社員12人中11人が子育て中で、親の介護が発生している社員も2人います。そういった方々とは、日中働けない時があっても夜に働くというように調整しながら動いてもらっています。
12人中10人が起業家というチーム
社員は全員マルチワーカーで、12人中10人が起業家というか自分の会社を持っていて、残り2人も個人事業主として開業していたり、他の会社でも働いていたりします。週40時間働いているメンバーは僕を入れて3人しかいません。みんな時間の使い方に対する感度が高い人間が揃っているんです。お金の無駄遣いは後から回収できるけれど、時間の無駄遣いは後から回収できないので、時間への感度は高い方がいいと思っています。
好きなことを好きなだけやったらいい
大学生の方がビジネスパーソンより忙しい
僕みたいな大人の言うことなんか聞かなくていいと常々思っているんですけど、それでも伝えたいのは、自分の好きなことをやってほしいということです。もちろん影響を受ける人や影響力のある人はいて、僕にとっては浪人時代の生物の先生が恩師です。ただ彼女は最初から受験生の最も重要な夏を見放していて「てめえらのことはてめえらでやれ」と言ったのがすごく強烈でした。
大学1年生、2年生は特に自由度の高い、何でもやりやすい局面にいる可能性が高いと思うので、自分の好きなことを好きなだけやったらいいんじゃないかと思います。勉強が楽しければ勉強してもいいし、研究が楽しければ研究に突っ込んでもいい。麻雀を打ってもいいし、サークルをやってもいい。20歳前後の方が、その時にしかできないことは無限にあります。それを突き詰めた時に、後からもうちょっと勉強しておけばよかったと思うのは健全な焦りだと思いますし、その時にしかできないことをやったというのは一生残ると思うので、好きなことを好きなだけやったらいいんじゃないかと常々思っています。
個人的には、大学生は時間があっていいなという大人はろくな大学生活を過ごしていないと思っていて、大人になればなるほど自由になるし、年を取れば取るほど楽しくなると思っています。ビジネスパーソンは仕事だけしていればいいけれど、何かやりたい学生は学業をしながらプラスアルファでそれをやるので、そのエネルギーはビジネスパーソンにはあまりないと思うんです。うちの社員たちには、学業やサークルをしながら一緒に働いてくれてるバイト・インターンの子たちの方が忙しいんだよ、とよく話しています。
特に学生時代は、好きなことに全ベットしやすい環境である可能性が高いので、好きなことに全ベットした方がいいんじゃないかと思いますね。
編集後記
大学1年で開業届を出し、震災をきっかけに「いつかやる」を前倒しにした堀下さんの話を聞いて、時間の使い方について改めて考えさせられました。私自身、学生起業をかじる身として、「好きなことを好きなだけやる」という言葉にはっとしました。フルリモート・フルフレックスを2018年から続け、子育てや介護と両立しながら働く社員が多いという組織のあり方も印象的でした。学生の今しかできない挑戦を、私も大切にしていきたいと思います。