インタビュー

才能の壁を知った陸上部から、地方に「仕組み」をつくる仕事へ

才能の壁を知った陸上部から、地方に「仕組み」をつくる仕事へ
PROFILE
株式会社地域創発機構 代表取締役
中嶋 遼太

手探りで工夫し続けた高校時代

陸上部で長距離を走っていた

高校時代は陸上部で長距離走をやっていました。朝昼夜と自分でトレーニングメニューを考えて、本当に部活を頑張っていた記憶があります。

コーチのいない環境で結果を出した

通っていたのは陸上が強いわけではない、ふつうの県立高校です。コーチもいなかったので、目標を自分で立てて、次の大会で記録を出すにはどうしたらいいのかを工夫しながら取り組んでいました。この一連の体験が、いまの自分につながっていると感じています。

学校では初めて、長距離で県大会に出場することができました。箱根駅伝に出場するような大学から声をかけていただいたこともあったのですが、その大会で才能の壁の厚さを痛感しました。選手生命の短さや将来のことも考えて、陸上とは違う道で大学に進むことを選びました。

「社会人とは何か」を知りたかった大学時代

十個のアルバイトを経験した

大学時代は、ぼんやりと起業したいと思っていました。実家がふつうのサラリーマン家庭だったこともあり、自分で稼いで食べていくことにずっと憧れがあったんです。自分でホームページをつくってアフィリエイトをやってみようとするなど、少しずつ模索していた時期もありました。

その延長で、大学時代は十個ほどアルバイトを経験しました。引っ越しや結婚式場の着付け出し、コールセンター、飲食店のキッチンなど本当にいろいろです。社会人とはどういうことなのかを、肌で学ぶ時間になっていたと思います。

理学部を選んだ理由

大学選びでは、自然科学や自然の環境に関心がありました。小学校の頃から生物や生き物が好きだったこともあり、理学部に進みました。

コンサルティング会社で経営を学んだ20代

一生地盤ばかり見るのは違うと感じた

理学部だったこともあり、自然の地盤調査や、建物を建てる前のコンサルティングを行う会社から内定をいただきました。ただ、一生地盤ばかり見る仕事なのかと考えると違和感があり、あらためて別の会社を探すことにしました。そこで内定をいただいたのが、株式会社船井総合研究所、いわゆる船井総研と呼ばれる会社です。

入社当時の船井総研は少し特殊な会社で、社員一人ひとりが個人事業主のような形で動いています。自分の予算が与えられて、自分でクライアントを開拓し、会社の名前を使いながら全国の中小企業、それこそ人口が一万人に満たないような地域の会社も含めて、売上や利益に悩む経営者の方々に経営の助言をしていく仕事です。人口の少ない地方でどうやって勝ち抜くのかを、実践のなかで学ばせてもらいました。

一人で経営者と向き合う日々

入社してからの半年から1年ほどは、上司について会議のメモを取ったり、コンサルティングの流れを学んだりしていました。その後は自分で営業して、取れそうなお客様がいれば自分の顧客として担当していく流れです。社会人2年目にはもう自分の顧客を持っていました。

近隣の企業がどう儲かっているのかという他社の事例が、ノウハウとして社内で共有される仕組みがあったので、何十年と経営をしてきた方々の前でも話ができたのだと思います。

地方創生の現場に立つ

2つの事業に取り組んでいる

いまは大きく2つの事業に取り組んでいます。1つ目は、行政から地方創生プロジェクトの委託を受けて、現地に入って活動するものです。2つ目は「二拠点(デュアル)・移住ライフ大学」という、地域移住に関心のある方向けに情報発信やイベント企画を行うメディアです。すでに200ほどの市町村にアカウントを作っていただいていて、いつでも情報を掲載できる仕組みになっています。首都圏から移住したい方々とのつながりも、このメディアを通して築くことができています。

現地に暮らしながら支えている

1つ目の地方創生の事業では、地域おこし協力隊という制度で3名が現地に入っているほか、地域活性化企業人という制度で私自身や他のメンバーも一定期間、地域に暮らしながら活動しています。

地方自治体の大きな課題は、町おこしのアイデアはたくさん出ても、実際に動く人がいないことです。机上の空論のコンサルティングではなく、現地で暮らしながら取り組むところが、他の地方創生の会社との違いだと考えています。

具体的には、ローカル線の駅前に宿泊施設やイベントホール、カフェバーを整備し、今年の5月30日にオープンしました。高齢者から小学生・中学生まで、多世代が交流できる場所です。宿泊施設もカフェもなかった、過疎化が進む町でした。婚活イベントや物産展、子ども食堂の企画など、メンバーそれぞれのやりたいことに予算をつけて、地域の方々と調整しながら形にしています。

この事業自体はマネタイズをほとんど意識していません。将来的には持続可能な街づくりを目指していますが、行政も国の予算や補助金に頼っているところが多く、赤字の市町村も少なくないと思います。だからこそ民間で違うやり方を模索しないと厳しいのではないかと考え、いまはその研修期間のような位置づけで取り組んでいます。

信頼関係づくりに半年かかった

地域のキーパーソンを探し続けた

地域の方に受け入れてもらえるまでには、半年から1年ほどかかりました。先に関係を築いていたからこそ、後から入ってきたメンバーもスムーズに馴染むことができ、いまでは毎週末飲み会をするような間柄です。

私自身、もともと人との関係づくりが得意だったわけではありません。ビジネスの話は問題なくできても、相手に興味を持って本音で心で会話をしないと、地域の方には受け入れてもらえないと感じています。もっと学生時代に、例えばバーテンダーのような接客業を経験しておけばよかったと思うこともあります。

意識していたのは、地域のキーパーソンが誰なのかを早く見極めることです。地域から本当に愛されている方は、例えば携帯電話に小学校の保護者全員の名前が入っている、くらい顔が広い方です。そうした方に巡り会うまでに、半年ほどかかりました。1か月ほど地域に入って、いろいろな方と話していると、必ずキーパーソンの名前が挙がってくるようになります。

この行政の受託事業は、営利を強く出そうとすると、それが地域の方にも伝わってしまい、長続きしなかったり良い関係を築けなかったりすると感じています。だからこそ、赤字にならないように、くらいの視点で取り組むようにしています。

首都圏と地方をつなぐ未来

移住と仕事はセットでなければ再現性が無い

これから力を入れたいことの1つは、首都圏にいる優秀な方々が地方でも高い年収を得られるビジネスをつくることです。AIの普及でホワイトカラーの仕事のあり方が変わっていくと言われていますが、優秀な方が地方に行きたいと思っても、そもそも仕事がなければ実現しません。高い収入を払える形で成り立つビジネスが地方にも必要だと考え、いまその仕組みづくりに取り組んでいます。

「二拠点(デュアル)・移住ライフ大学」には15,000〜16,000人ほどの会員がいて、移住や転職に関心のある方々にアプローチできる基盤があります。地域の企業と首都圏の人材をマッチングし、移住と転職をセットにしたサービスを展開していきたいと考えています。首都圏出身で東京生まれ東京育ちの方も多いなかで、地方を選ぶ理由がまだ十分に伝わっていないのが現状です。地方でも都会と遜色のない年収を得ているロールモデルを、私たちのメディアから発信していきたいと思っています。

スマートシュリンクが謳われる中、官民連携は必須か

もう1つ考えているのが、少子高齢化によって役場の職員も減っていくなかで、地域の歴史やお祭りといった大切なものが少しずつ失われている現状に対して、民間が地方自治の一端を担う役割をつくれないかということです。まだ事例が少なく、構想としてはふわっとした段階ですが、模索を続けています。

こうしたビジョンを実現していくために、まずは優秀な学生の方々とつながっていきたいと考えています。地方に行った方が、その土地での関係性も含めてきちんと土台を整えてあげられれば、すごいことができると思っています。

学生へのメッセージ

人間力を磨いてほしい

学生に戻れるなら、バイトリーダーやサークル長のような、人をまとめる経験をもっとしておきたいと思います。今後、AIに置き換わる業務は増えていき、企業の採用も縮小していくはずです。だからこそ、マネジメントや人対人の会話は、これまで以上に重要なスキルになっていくと感じています。

地方創生も、結局は人次第で成功するか失敗するかが決まるのだと、日々実感しています。人間力を磨くために、辛い経験も含めて学生時代にもっといろいろやっておけば、いまもっとうまくできたかもしれないと思うことがあります。

首都圏のIT企業でパチパチと仕事をする姿に憧れて上京しましたが、実際は大手企業ならではの型にはまった仕事であることも多いでしょう。地方であれば、自分にしかできない仕事に取り組める分、自分自身の成長にもつながると感じています。

編集後記

今回のインタビューで印象的だったのは、陸上で味わった「才能の壁」から、地域での「信頼関係の壁」まで、常に手探りで工夫を重ねてこられた姿勢です。効率やマネタイズよりも先に、地域の方と本音で向き合う時間を大切にされている点に、地方創生の本質を見た気がしました。私自身も、目先の成果より先に人との関係を丁寧に積み重ねることの大切さを学ばせていただきました。中嶋様、貴重なお話をありがとうございました。