医学部を目指す高校を辞めた
高校生の頃は医学部を目指していました。ただ私の中では、子供が好きということもあって、医者という職業に高尚なイメージを持ちすぎていたんですよね。周りはみんな「医者になりたくて頑張るぞ」という感じで来ているのかと思っていたら、実際は偏差値順で集まってきているだけだったりして。都内の中高一貫の進学校って、東大や京大の滑り止めで地方の医学部を目指す子が多いじゃないですか。地方出身のぼくはそういう空気に馴染めなくなっていって、出席日数も足りなくなって、高校3年の3月に退学か留年の選択をすることになりました。結局その高校は辞めてしまいましたね。
辞める選択にためらいはなかった
考える間もなかったですね。親は教育にお金をかけてくれていたので、ショックだったと思います。勉強して医学部に行くための高校、と言った感覚で通わせてもらっていたので、だったらもう辞めようという判断でした。少し尖っていたんだと思います。
辞めたあとはやることもなく、本当にニートのような生活で、ゲームをしたり映画を見たりしていました。暇すぎて、勝手に星をつけて評価するようなこともしていましたね。
アンコールワットより衝撃だった光景
そんな暇つぶしをしていたときに、「成功する人は十代で必ず海外に行っている」という動画がたまたま流れてきたんです。こういう内容には結構乗せられやすくて、もう少し早く行動しないとと思うようになりました。当時、芸人の山崎邦正さんの元相方であるてんつくマンさんがNGO団体をやっていて、その団体ではカンボジアなど東南アジアの貧しい国への支援ツアーを開催していました。それに参加して、私はカンボジアに行ったんです。日本語を教えたり、観光施設の手伝いをしたりしていました。
アンコールワットは世界遺産の中でも人気が高くて、実際に見て本当に感動しました。ただ、帰国前日くらいに見たものの方が、私にとってはずっと衝撃でした。カンボジアはポル・ポト政権による弾圧を三十年ほど受けていて、当時知識層が虐殺されたこともあり、平均年齢が二十六から三十歳くらいと言われています。ある日突然、隣人が隣人を殺すようなことが本当にあった国なんです。街には銃弾の跡が残っていましたし、顔の半分から頭蓋骨が出ているような方が普通に歩いていたりもしました。それを見た瞬間、アンコールワットの記憶が飛んでしまうくらいの衝撃を受けて。
日本に生まれたことの幸運を、そこで改めて感じました。もしかしたら日本は大丈夫かもしれませんが、地球や世界がこの先どうなるか、明日から隣人と殺し合わなければいけない状況になったらどうだろうと考えるようになって、人生を悔いなく生きようと思うようになったんです。そこから何かしたくなって、二十歳でベンチャーの世界に飛び込みました。
ベンチャーの世界に飛び込む
動画を見てすぐ社長にメールした
最初はどこでもいいから、とにかく何かしたいという気持ちでした。当時、Youtubeでメンズファッション系のEC会社を経営する社長の動画を見つけました。その方は二十代半ばで慶應大学を出たあと大手企業に入り、それも辞めて起業した人だったんです。田舎出身で、起業が身近になかった私からすると、いい企業に入った人がわざわざ辞めて起業するというのには衝撃を受けました。その動画を見た後にすぐメールを送って、働かせてもらうことになりました。
急いでスーツを買って、家族で東京旅行をかねて面接を受けにいったのを覚えています。そこからメンズ向けのECサイトの会社で三年ほど働かせてもらいました。
母の病がまた人生を変えた
三年働く中で、実の母がALSという難病にかかったことがわかりました。身近な人が死ぬかもしれないという現実は、それまでの経験以上にショックでした。もともと「一度きりの人生をどう生きるか」という思いでベンチャーの世界に入っていたところに、さらに死を身近に感じる出来事が重なりました。社長の下で起業家という生き方への憧れも育っていたこともあって、母の病気が判明した三週間後には会社を立ち上げていました。
そこから飲食店やEC事業のコンサルティングをはじめ、当時流行っていた民泊事業や、Web広告代理店など、いろいろな事業に手を出していきました。もちろん失敗も成功もありましたし、不動産事業にも関わりました。
エンターファンズ創業へ
ライブ配信は週末起業からはじまった
ライブ配信事業そのものは、六年ほど前から二人で週末起業のような形ではじめていました。事業ドメインとして面白いと感じるようになり、いくつかの会社で役員を兼務するような働き方を続けたのち、これ一本に絞って自分でやろうと決めました。現在は株式会社エンターファンズという社名で、アイドルグループなどライバー以外の芸能領域にも事業を広げています。
芸能事務所と言われて気づいたこと
もともとライブ配信をはじめたのは、身近にライブ配信をやっている方がいて、そういう世界があるのかと知ったのがきっかけでした。ですので最初は、「芸能事務所をやっている」という感覚はなかったんです。事業をはじめて一年ほど経ったころ、周りから「中川くんは芸能事務所をはじめたんだね」と言われて、そこでパラダイムシフトが起きました。
私にとって芸能事務所というのは、ジャニーさんやホリプロの堀さんのような方がつくるものだと思っていて、自分がゼロからつくるものだとは考えていなかったんです。芸能に興味がある人、たとえば才能やビジュアルに自信がある人、あるいは好きな芸能人のためにマネージャーを希望する人がいるというのはわかります。でも自分が芸能事務所をつくっているのかもしれないと言われたとき、確かにそうかもしれないとわくわくしました。この夢に懸けて、これ一本に絞れそうだと思ったんです。
事業の展望
目指すはフルラインナップの芸能事務所
創業してから最近まで、「芸能事務所」と紹介されることが多かったのですが、芸能事務所には俳優、声優、アイドル、アーティスト、スポーツ選手、バラエティタレントなど、いろいろなラインナップがあります。私たちはずっと、ライブ配信で活躍するライバーだけをラインナップにしてきました。Youtuber事務所やフリーアナウンサーが所属する事務所のように、コンセプトごとに分かれているのが今の業界だと思うのですが、私たちはこれから、日本で一番大きい業態の芸能事務所を本気で目指しています。
現在はライバーとして二万人ほどの方に所属契約を結んでいただいていて、自社でアイドルグループのデビューも進めています。今後は声優や俳優、アーティスト、バラエティタレントなど、フルラインナップの芸能事務所にしていきたいと考えています。
所属人数にこだわる理由
日本一という言葉の定義はいろいろあると思いますが、私たちの中では、売上と所属人数の両方でトップを取ることだと考えています。特に所属人数を増やしたい理由は、オーディションだけでスターになれるかどうかは、誰にも見抜けないと思っているからです。
例えば、世界的に活躍しているBTSのジョングクさんもエンターテインメント企業のオーディションに落ちた経験があると言われていますし、アジアのトップスターの中にも、何十回とオーディションに落ちながら活躍している方がいます。モーニング娘。の初期メンバーも、オーディションで落ちた方たちだけで結成されたと言われていますよね。オーディションで「あなたは合格、あなたは不合格」と判断すること自体、おこがましいのではないかと思っているんです。
三分話せばわかるという方もいらっしゃると思いますが、少なくとも私にはわかりません。人のことを深く知るには、付き合ってみて、結婚して数年経ってようやくわかるくらいのものだと思っています。だからこそ、芸能の世界で挑戦してみたいという方には、なるべく多くの機会を用意したいと思っていて、所属人数も目標に掲げています。
一緒に働く仲間について
求めるのは能動性と好奇心
一緒に働く人に求める要素は、大きく三つあります。一つ目は能動性です。指示を待つばかりだと指示する側が忙しくなってしまいますし、依頼する側も「なぜ活躍してくれないのか」と感じてしまいます。「何か仕事はないですか」という一言を能動的に言えるだけでも、活躍しやすくなると思っています。
二つ目は学び続ける姿勢です。芸能事業自体は百年、二百年と続く業界ですが、その中でもライバー事業はかなり新しい領域で、プラットフォームのルールなどが頻繁に変わります。だからこそ、情報を仕入れて学び続ける生涯学習の精神が大事だと考えています。素養のある方であれば、一昔前のように十年修行するような世界ではなく、一年ほどで業界に詳しくなれることもありますが、逆に学ぶことをやめてしまうと、すぐに活躍できなくなってしまいます。
三つ目は応用力です。一人で完結する仕事ではなくチームで動く性質が強いので、他のケースで得た気づきを別の場面にも活かせるかどうかを見ています。二万人ほどのライバーをマネジメントしていると、似たような相談が何十件も出てきます。そうした事例を他のメンバーにも共有し、応用できるかどうかで成果は大きく変わってきます。
未経験入社のメンバーが成長する瞬間
この仕事を続けている原動力は、大きく二つあります。一つは、所属してくれているライバーの子たちの変化を見ることです。最初はDMがきっかけで軽い気持ちで面談を受けた方でも、配信や芸能活動を通じて夢を叶えたり、体が不自由で在宅の仕事しかできない方が配信で生活を成り立たせられるようになったり、経済的に自立して人生を変えられたという方もいます。悪いことをせずに相手にとって良いことを提供しながらビジネスとして成り立っているのを見ると、精神衛生的にもとても良い状態でいられます。
もう一つは、メンバーの成長を見ることです。芸能事務所という業界は、そもそも正社員採用や新卒採用があまり一般的ではありません。私自身はWeb業界の出身なので、正社員採用をするのが当たり前だと思って続けてきました。未経験で入ってくれたメンバーが一年、二年と経つうちに能動的になり、数字を出せるようになり、自分から配信をはじめてみようと動いてくれることがあります。受け身だったメンバーが行動的に変わっていく過程を見るのが、大きなやりがいになっています。
学生へのメッセージ
頑張った年数はそのまま差になる
そんなに偉そうなことを言える立場ではないと思いつつお伝えすると、人生はいつからでもやり直せますし、自分が本気になればどうにでもなるということです。私自身、高校を一度辞めてドロップアウトした経験がありますが、3年間本気で頑張った人と頑張らなかった人には、小学生と高校生くらいの差が生まれます。
学生時代の努力も大切ですが、社会に出てからの時間の方がずっと長いんです。社会に出てから三年、五年、十年と頑張れば、学生時代の努力の差は十分に巻き返せると思っています。思い立ったが吉日で、頑張りたいという熱量と、それを続ける継続力さえあれば、やりたいことは見つかりますし、なんとかなります。ぜひ頑張ってほしいと思います。
私たちが取り組んでいるエンタメや芸能の業界は、表側はキラキラして見られがちですが、運営する側は本当に泥臭いことも多いんです。立ち上げたばかりのころは、街中でスカウトのような形で声をかけて回っていたこともありました。それでも、自分が担当したメンバーが有名になっていく姿を見ると、代えがたい感動があります。芸能やエンタメの業界で正社員採用、新卒採用を継続している会社はあまり多くないので、興味を持ってくださる方とご縁があれば、うれしく思います。
編集後記
今回、中川さんのお話を伺って、一つの出来事がまた次の行動につながっていく人生の流れに引き込まれました。カンボジアでの経験やお母様の病気など、大きな出来事のたびに人生の方向を大きく変えていく決断力に驚かされます。特に、「オーディションだけではスターになれるかどうかわからない」という考え方は、私自身が就職活動を進めるうえでも、選考だけがすべてではないと思わせてくれるお話でした。頑張る力と続ける力さえあれば人生はいつからでもやり直せるという言葉を、これからの学生生活にも活かしていきたいと思います。