食の起業家とともに、キッチンカーで「動く市場」をつくる
いつか飲食店を開きたいと考えている人は多い。しかし、固定店舗での開業は初期投資が大きく、失敗したときの負担も重い。その構造を変え、食の起業家を成功に近づける手段として、太田昭さんはキッチンカーに可能性を見いだしている。車両を販売するだけではなく、開業を支え、キッチンカーオーナーとともに新たな市場そのものをつくる。その仕事と考え方を聞いた。
経営は、いつか担う当たり前の仕事だった
変化の兆しがある場所で、仕事を覚える
幼少のころから、いつか会社の経営を担うことを、将来の仕事としてごく自然に意識していました。ですので、学生時代から企画を立案し企業に持ち込むことは行っていました。その中でマーケティングの重要性や経営視点でアドバイスを教えて下さる方が居て、力を付けることができました。ただ、最初から自分で会社をつくったわけではありません。まずは企業の中で、価値がどのように生まれ、マーケティングの実務やセールスプロモーションや営業活動、新しい事業がどのように組み立てられ、組織がどのように成長していくのかを、できるだけ多くの知見を得ようと考えました。
就職先に選んだのは、印刷を中心に事業を展開する凸版印刷、現在のTOPPANです。当時は、パソコンを使いこなせる人や企業が自社のウェブサイトを持つことさえ、まだ珍しい時代でした。その中で、これから伸びるデジタル領域へ積極的に投資していた企業であり、日本初の企業連合型のサイトを構築しており、そこに魅力を感じました。既に大きくなった市場よりも、これからITによる変化が起きる場所に関心があったのだと思います。
飛び込み営業から、デジタル地図の仕事へ
とはいえ、最初から希望する部署に所属できたわけではありません。そこで、希望者のいなかった新規の飛び込み営業を担当する課に配属してもらいました。決まった商品を説明するだけではなく、その会社が抱えている課題を見つけ、まだ社内にない仕事を提案することで、営業としての力量をつけていきました。その中で受注した、デジタルで地図をつくる仕事が一つの転機となりました。今ではGoogleマップのようなサービスが日常になっていますが、当時は地図をデジタルで扱うこと自体が新しいテーマでした。その仕事をきっかけに、デジタル領域の新しい案件を任せてもらう機会が増えていきました。
大手企業だったからこそ、名の知られた企業の優秀な経営層の方々と仕事をする機会にも恵まれました。自分の考えを伝えると、「そこまで考えているなら」と任せてもらえる環境でした。提案するだけで終わらず、結果が出るまでやり尽くす。その繰り返しが、経営の仕事につながる土台になりました。
企業の成長を支える側へ
その後は、ITとマーケティングに関わる領域を軸に、メーカー、チェーンストア、D2Cなど、事業の形ごとに市場を分析し、多様な企業の成長を支える仕事に携わりました。経営を任され、執行役員、専務取締役、代表取締役、顧問といった立場で、複数の会社で再構築や事業成長に取り組み、現在に至ります。役割や業種が変わっても、見るべきものは同じです。市場に何が足りず、誰にどのような価値を届ければ、事業として成立するのか。キッチンカー市場に関わる仕事も、その延長線上にあります。
キッチンカーが「たまに見かける」存在なら、市場はまだ足りていない
「キッチンカーで、よく食事を買いますか」と聞くと、多くの人が「たまに見かける」あるいは「買ったことがある」と答えます。私は、その言葉に市場の伸びしろが表れていると考えています。コンビニエンスストアやドラッグストアについて、同じように尋ねたとき、「たまに見かける」「買ったことがある」という程度の答えにはなりません。既に生活の中へ定着し、繰り返し利用されているからです。成長市場は、デジタルやAIの領域だけにあるわけではありません。人々の生活の中にも、まだ十分に満たされていない市場があります。キッチンカーが現在も「たまに」の存在であるなら、日本の中で本来必要とされる大きさまで、まだ育っていないということです。
アメリカの映画では、ニューヨークなどの街の風景として、フードトラックが自然に登場します。日本でも、イベントだけではなく、オフィス街のランチ、住宅地でのお惣菜、地域の食材を生かした商品、企業や自治体、学校の取り組みなど、活用される場面は増えています。それでも、キッチンカーの登録台数を見る限り、産業としてはこれからが成長期です。既に完成した市場へ参入するのではなく、これから必要になる市場を自分たちでつくることができる。そこに、事業をつくるベンチャーとして大きな魅力を感じました。
食の起業家を、成功に近づける
飲食店開業の構造を変える
飲食業は、いつか自分の店を持ちたいと考える人が多い分野です。一方で、固定店舗を構えるには、物件の取得、内装、厨房設備など、開業前に大きな投資が必要になります。開業した場所とメニューが合わなかったとしても、簡単には移動できません。挑戦する人が多いのに、最初の選択を誤ったときの負担が大きい。これが飲食店開業の難しさです。
キッチンカーであれば、固定店舗よりも投資を抑えて始め、実際に販売しながら、メニュー、価格、提供方法、販売場所を検証できます。場所を変えることができ、事業をやめる場合には車両として売却できることも、固定店舗との大きな違いです。小さく始め、手応えを確かめながら事業を育てる。キッチンカーは、食の起業を現実的な挑戦に変える道具になります。
車両を売るだけでは、開業支援にならない
私たちはキッチンカーのメーカーですが、車両を製作して引き渡すだけの会社ではありません。何を、誰に、どこで売るのか。必要な設備は何か。保健所の営業許可を取得できる仕様になっているか。事業計画から車両選定、構造変更、許認可、開業準備まで、数多くの事例を基に支援しています。これまで累計2,000台以上のキッチンカーを市場に送り出し、キッチンカー開業を検討する累計24,000組以上をサポートしてきました。その蓄積があるからこそ、開業前に起きやすい問題と、開業後に必要になることの両方を、具体的に伝えられます。
見た目の印象は大切ですが、キッチンカーは飾るための車ではありません。実際に調理し、営業許可を取り、売上をつくるための仕事場です。キッチンカーオーナーが何を実現したいのかを理解した上で、使いやすく、事業として続けられる車両をつくる。製造と開業支援を切り離さないことが、私たちの役割だと考えています。
キッチンカーオーナーとともに、「動く市場」をつくる
私たちのビジネスは、既にある市場の中で車両を販売して終わるものではありません。キッチンカーオーナーとは、納車後も長いお付き合いになります。開業を一緒に喜び、その後の成功も一緒に喜べる仕事であることに、誇りを感じています。キッチンカーオーナーの皆さんが、それぞれのメニュー、働き方、販売場所をつくり、その経験が次のキッチンカーオーナーの挑戦と成功にも生かされます。私たちは、そこから得たフィードバックを、車両やキッチンカーオーナー支援の仕組みに戻していきます。成功するキッチンカーオーナーを増やすことが、市場全体を大きくすることにつながります。
固定店舗は、一つの場所に店をつくります。キッチンカーは、必要とされる場所へ動き、新しい需要を見つけ、まだ食の選択肢が足りない場所へ価値を届けます。そこには、これまで存在しなかった、大きな「動く市場」をつくり出せる可能性があります。オフィス街、住宅地、学校、地域のイベント、災害時の支援など、動けるからこそ担える役割があります。そして、一台ごとに独立したキッチンカーオーナーがいながら、全体として一つの市場を形づくっていく。私はキッチンカーを、キッチンカーオーナーの皆さんとともにこれからつくり上げる、魅力のある「動く市場」だと捉えています。
大手企業も、個人の起業家も参加できる
キッチンカー市場には、個人で初めて飲食業に挑戦する人も、大手企業も参加できます。企業にとっては、新商品のテスト、ブランドと顧客との接点づくり、地域との連携など、固定店舗とは異なる使い方ができます。規模や目的の異なるプレイヤーが、同じ市場の中でそれぞれの価値をつくれることも、この市場の面白さです。
キッチンカー文化は、街の外側にも広がり始めている
市場が育つと、その影響はキッチンカーの台数だけでは測れなくなります。例えば、セブンイレブンが発売した「旅するCAFÉ BOX」のタコライスでは、キッチンカーやカフェで提供されるような世界観をイメージしたことが、公式に説明されています。タコライスは、キッチンカーでも親しまれているメニューです。キッチンカーが生み出してきた商品の見せ方や楽しみ方が、コンビニの商品づくりにも影響を与える段階に来ている。その一例だと考えています。
個性のあるキッチンカーオーナーが、それぞれ独立して活動し、その集まりが食の文化をつくる。やがて、その文化がコンビニや企業、地域の取り組みにも広がっていく。キッチンカー市場をつくるというのは、車両の販売台数を増やすことだけではありません。新しい食の選び方、新しい働き方、新しい街の風景を、社会の中に増やしていくことだと思います。
これから挑戦する学生へ
今の学生は、知りたいことを調べ、ビジネスの仕組みを体系的に学べる環境にあります。ただ、情報が多いことと、価値を生み出せることは同じではありません。実際の顧客と接点を持ち、相手が何に困っているのかを聞き、自分の考えを試し、結果から学ぶ。その経験は、これからますます重要になると思います。
ITは多くの仕事を速くし、AIは考えたり表現したりすることを助けてくれます。一方で、誰かの挑戦に向き合い、相手の言葉になっていない課題を理解し、実行まで支える仕事は、人と人との接点の中に残ります。最初から大きな答えを持つ必要はありません。小さくても実際に動き、目の前の人に価値を届けてみる。そこから、自分にしかできない仕事が見えてくるはずです。
キッチンカーも、好きな食やサービスを、小さく社会へ届けられる選択肢の一つです。この世界観を好きになり、お客様との接点を楽しみながら改善を続けられる人には、大きな可能性があります。動くことで初めて見える景色があり、動いた人が市場を変えていく。私たちが掲げる「Movement changes the world.」には、そんな意味を込めています。
編集後記
今回、太田さんのお話を伺って、印象的だったのは「キッチンカーはたまに見る市場ではない」という視点でした。日常の中にある小さな違和感から、まだ育っていない市場の可能性を見つけ出す姿勢は、経営者としての解像度の高さを感じさせるものでした。2年で半数が廃業してしまう飲食業界の中で、リスクを抑えながら挑戦できる仕組みをつくるという発想は、これから起業やキャリアを考える学生にとっても、大きなヒントになると思います。私自身も、いつかキッチンカーで挑戦してみたいと感じた取材になりました。