研究者として歩んだ10年
理系の大学院へ進んだ学生時代
私は理系で、大学と大学院を合わせて 6 年間通っていました。関西の大学だったんですけど、学生時代は本当に楽しくて。起業しようとか、何か大きなことをやろうとか、そういうことは全然考えていなかったんですよ。どちらかというと友達と飲み会をしたり、サークルで合宿に行ったりするのが楽しくて、とにかく外で遊んでいたタイプでした。
1年生から3年生まではそんな感じだったんですが、考え方が変わったのはゼミに入ってから。さらに研究室に入ってからも、かなり変わりましたね。
論文4ページが、私の原点
理系の研究って、先輩がやっていたテーマを受け継いでいくことが多いんですよ。でも私はたまたま自分でテーマを決められるタイミングで入って。大学の先生が面白いと思った論文4ページを私の机にパーンと置いて、「これで何か面白い研究をみつけて」って言ったのが始まりでした。
研究なんてどう始めたらいいか分からなかったのですがとりあえずその論文を読んで、背景になっている論文をさらに遡って、業界のスタンダードや歴史を知って、じゃあ今何が必要なのかを逆算して、実際に自分で手を動かして。最終的に英語論文を出して修了したんですけど、自分が工夫して作ったものが世にまだないものとして認められて、論文という形で残ったんですよね。それがものすごく面白くて。「自分が頑張ることによって、新しいものを一つ見つけられている」っていうのがすごくやりがいだなと感じて、その時に「新しいものを生み出して世の中に役立てたい、それを自分の目で見たい」という気持ちが生まれたんです。
特許報酬で気づいた「もやもや」
大学院を卒業してから研究職に就いて、100 年ぐらい続く会社で最速最多で特許を出したということで賞をいただいたりもしたんですよ。すごくやりがいがあって面白いとは思っていたんですけど、どこかちょっと心寂しいところもあって。
研究職って営業さんみたいに売り上げがないので、特許を出したり論文を出したりするのが一番のやりがいポイントなんです。本来はそこで一番喜べるはずだったのに、特許で報酬をいただいた時もそこまでめちゃくちゃ嬉しいわけじゃなかった。「もう通過点みたいな感じ」ってなってしまって、あれってなり始めたんですね。この先に「楽しい」はあるけど、人生の深いところからの喜びはこの方向じゃないかもしれない、と感じました。
自分の原点を掘り起こす
自己分析に数百万円
そこから本気で自分の人生を振り返り始めたんです。就職活動の時も自己分析はしていたんですけど、性格分析ツールで得意不得意を分析する程度にとどまっていて、自分の人生で何があったか、何が嫌でどこに喜びを感じているか、今の感情が昔のどんな出来事に紐付いているか、そこまでは全然見ていなかったんですよね。そこに数百万円ほど使って、本気でやり直しました。
「家族」というキーワードへ
そのおかげで見つけたのが「家族」というキーワードでした。私の家はちょっと変な家で、ギスギスはしてたんですが、お出かけはよくしていて。お出かけが子どもの「生きる力」につながるなというのをすごく感じていたんですね。
もう一つ、決め手になったできごとがあって。2025 年に新しく辞書に登録された言葉のトップ 10 の中に「体験格差」というキーワードがあったんです。お金や生まれた土地によって体験に差が生まれてしまうという考え方なんですが、私はそれを見た時に「もっと違う視点もあるかもな」と思って。
貧困線の下で育った子ども時代
私の両親は離婚していて、離婚した後は母のパートの稼ぎだけで、母と私と妹の 3 人で生活していきました。いわゆる貧困線の下側、生活保護ラインの生活だったんです。
でも、じゃあ何もできなくてどこにも行けなかったかというと、確かにお金がかかる高価な習い事は全然できなかったんですけど、地域の雑誌を見たら 500 円とかで入れる博物館がものすごくたくさんあって。高校生まで無料だったりするので、1 日遊んでもご飯代合わせて 5,000 円以下で充実した遊びができる場所はたくさんある、というのを体感として知っていたんですよ。
「穴場スポット」を家族に届けるメディア「ふとふらっと」
東京にも「穴場おでかけスポット」はある
博物館や企業ミュージアム・工場見学みたいなものを集めるメディアを作ったら、そういうお出かけスポットがあるんだと家族が気づくきっかけになれるかもしれない。そう思って立ち上げたのが、家族向け穴場おでかけスポット発見メディア「ふとふらっと」です。
いろいろな場所を回っていると、ものすごく広くてものすごく充実している博物館なのに、3 連休の中日とかに行っても、写真を撮った時に一人も人が映らない、みたいな場所があるんです。
「ふとふらっと」では価格や距離、行きやすさといった現実的な条件から体験を探せるようにしていて、家族がでかけるきっかけを提供できる場所にしたいと思っています。そういう穴場スポットに限定して、将来子どもたちが生きる力をつけられるようなものができたらなというのが、このメディアを始めた理由です。
ビジョンが事業判断の軸
「ふとふらっと」をローンチしてから、インタビュー時点でまだ数ヶ月という段階なんですけど、何か事業の判断をする時には自分の思いやビジョンに合っているかどうかというのをすごく大事にしています。まずは家族に届けて、プラットフォームが育ってから次のステップに動き始めようという判断も、ビジョンに立ち返ることで決めました。迷った時の判断軸はビジョンに帰ってくる、というのはすごく意識しています。
今はおでかけスポット登録数も600件ほどになってきて、検索しておでかけしたというご家族の方もいらっしゃってきているんです。届けたいところに届いているんだなという感覚があって、それがすごく嬉しいですね。
これからの家族と、次の世代へ
笑顔が増える「地盤」を作りたい
私のビジョンはシンプルで、笑顔の家族が増えることが嬉しいんです。親だけとか子どもだけじゃなくて、家族が家族として笑顔の瞬間が増えるというのが、子どもの心においてもすごく大事だなと思うので。
今はお出かけというキーワードでやっていますが、将来的には別分野の方と組んだり、自分の事業を増やしていって、家族が笑顔をシェアできるような瞬間を増やしていきたいと思っています。
そしてもう一つ、私は家がぐちゃぐちゃになっていたところから今こうして自分で会社をやるところまできているんですけど、それって苦難を乗り越えて頑張ったというより、すごくシンプルに「ラッキーだったな」と思うんですよ。大学でたまたま家の外に出られたり、友達ができたり、いろんな経営者さんに壁打ちさせていただいたり。そのラッキーが私だけのラッキーで終わるのは嫌で。今も困っていたり苦しんでいたりするご家庭の親や子どもがいる中で、ラッキーが当たり前のように起こる「地盤」みたいなものを作れたらなと思っています。
一緒に働きたい人
ちょっとふわっとした表現なんですけど、心優しい人は大事だなと思っていて。心優しい人って、相手を自分よりも大事にしてしまって自分が苦しくなったり、自分の意見と相手が欲しい意見があった時に相手を選んでしまって、後から引っかかる、みたいなことが起きたりするんですよね。
相手を尊重することと自分の意見を通すことはすごく反対側にあるように見えるんですけど、その時々の TPO に合わせて自分の心に適した方を選んでいけると、人生も仕事もパートナーシップもうまくいくようになると思うんです。そういう感覚を一緒に作っていける人、自分の人生が自分のいいなと思った方向に進んでいくのが楽しいって思えるような人とは、ビジョンや業界に関係なく一緒に仕事していけたらいいなと思っています。
編集後記
取材を通じて、市川さんの言葉の一つひとつに「なぜこの事業をやっているのか」という軸の強さを感じました。体験格差という社会課題に対して、自分自身の原体験から「視点が違う」と気づき、メディアという形で動き出している姿がとても印象的でした。ビジョンを持って起業することの大切さは頭では理解していたつもりでしたが、「迷った時に判断軸はビジョンに帰ってくる」という言葉を聞いて、ビジョンとは飾りではなく、日々の意思決定を支える実用的なものなのだと改めて気づかされました。「世界は広いから大丈夫、外に出よう」——学生時代に家庭環境で苦しんでいる方にも届いてほしいメッセージです。