アート一本で食べていくつもりだった学生時代
三つ掛け持ちのバイト生活
日本大学芸術学部(日藝)の学生だった私は、ずっと美術作家になるつもりでいました。勉強はほとんどしなかったし、作品制作にとにかく打ち込んでいた。だから休みになると、お金を稼ぐために朝から晩まで三つくらいバイトを掛け持ちして、稼いだお金は全部作品につぎ込む、というサイクルをひたすら繰り返していました。
パチンコ屋もやったし、とんかつ屋さんもやったし、本当にいろんな仕事をしましたね。社会の仕組みがわかるんですよ、バイトって。どんなお客さんが来てどのくらい使うのか、お金がどう流れていくのか、卸屋さんの存在とか。就職したら三つ掛け持ちなんてできないし、学生のうちにいろんな仕事を経験できたことは、すごく大きな財産だったと思います。
企画展で気づいた「芸術の壁」
そのころ作っていたのは、空間アートです。シースルーの布にキッチンや寝室をプリントして空間に垂らすことで、入ってきた人の見え方がそれぞれ変わる、トリックアートのような作品でした。
「結局、自分自身が何者かはわからない。でも、他人から見た私は人によってまったく違う」──そういう哲学的なテーマを空間で表現したかったんです。東京ガスのリビングデザインセンター OZONE(新宿)で企画展をやらせていただく機会もいただいて、ここから有名になるんだと思っていた。
でも実際やってみたら、一般の方には全然刺さらなかった。感動したとか、生きる喜びになりましたとか、そういう言葉が全く返ってこなかった。稼いだお金を全部アートにつぎ込み続けて、ずっと無一文で、私これ何のためにやっているんだろうって、すごくもやもやしてしまったんですよね。
「家事が嫌い」が最初の発明を生んだ
夫婦喧嘩がきっかけ
芸術家になるんだって思っていたから、家事なんて全然やっていなかったんです。大学の同級生(日藝の)と結婚していたんですが、二人とも家事が苦手で、押し付け合って喧嘩ばかりしていました。
あるとき気づいたんですよ。「私ができるようになれば喧嘩がなくなるんだ。でもやりたくない。だったら、私を助けるものを作れば解決じゃないか」って。
掃除機ノズルの発明から1億円へ
そこで作ったのが、掃除機のノズルに取り付けて、吸引しながら拭き掃除ができるアタッチメントです。試作を繰り返すうちにいいものができて、二人で試してみたら、あれだけ押し付け合っていた掃除を取り合うようになった。家中がすごくきれいになって、夫婦仲まで良くなった(笑)。
「これ、特許取れるんじゃない?」と夫が言って、相談に行ったら「取れそうですね」と言われて。二人で億万長者を夢見ながら申請して、それが私の最初の発明品「ペン先すーぴぃ」です。
テレビにめちゃくちゃ取り上げていただきました。ヒルナンデス、ノンストップ、NHK…朝の情報番組はほぼ全局。最終的にはお掃除好きタレントの坂上忍さんが「自分のお掃除ツールの中でナンバーワン」と紹介してくださって、また売れました。結果、14万個・約1億円の売り上げになったんです。
アートではなく発明が「天職」だとわかった瞬間
アートをやっていたときは、ずっと「何のためにこれをやっているんだろう」と苦しかった。でも発明品に対して「便利になった」「ありがとう」って言葉が返ってきたとき、その苦しさが全部なくなったんですよね。
自分が楽になって、人から喜ばれて、夫婦仲まで良くなる。これは続けなきゃいけないと思いました。これが天職だと気づいた瞬間です。
「どストレートに考えたらダメ」という商品開発の流儀
1,000円のハンガーをバカ売れさせた発想法
その後、いろんな企業さんから声がかかるようになりました。二番目・三番目の発明もヒットさせてきた中で、体に染みついた考え方があります。「簡単な構造で、特徴ある形状にする」こと。そして「どストレートに考えたらダメ」ということ。
あるとき、洋服ハンガーメーカーさんから相談を受けました。100円ショップで工夫されたハンガーが売られている時代に、1,000円のハンガーを売りたいと。まともに1,000円のハンガーを作っても売れないし、テレビに出られる要素もない。
だから私は「ハンガーを収納するカバー」を提案したんです。「おまとめハンガーカバー」という商品で、使わないハンガーをすっきりまとめられるうえ、片側に取り出せるハンガーとしても使えて、ポケットには礼服と一緒にネックレスや数珠をまとめておける。それを1,000円で出したら、バカ売れしました。
余剰生地から生まれた「ルーム耳あてマフラー」
京都の老舗寝具メーカー・株式会社ロマンス小杉さんのお悩みも面白かったです。シーズンごとにキルティング加工を大量にするから、どうしても余剰生地が出てしまう。廃棄もお金がかかる。これを商品にできないかという依頼でした。
余剰生地なので、手間をかけたら元も子もない。10分もあれば作れる、切りっぱなしの「ルーム耳あてマフラー」を作りました。耳だけぴょこんと出た変な形状なんですが、その変な形状が受けてテレビにも取り上げていただいて、これもヒットしたんです。
知的財産が「ビジネスの設計図」になる
特許は「取るだけ」では片手落ち
発明を続けてきたことで、知的財産(特許・実用新案・意匠・商標)の使い方がだんだん蓄積されてきました。権利を取るだけでは全然足りなくて、「どういう権利を取って、どういうライセンス契約をするか」によって、同じアイデアが何倍にも変わるんです。
弊社には、特許を「読み解いて商品に変換できる」という強みがあります。特許の文章って本当に難解で、何が書いてあるかわかりにくい。でも製造・流通の立場から「この特許はこういう商品になる、こういう流通にしたいからこの範囲を明確に取ってほしい」という視点で弁理士さんと連携できるのが弊社の特徴です。
弊社のスタッフも、インターンから育った社員も、みんな特許を読めるようになってきています。知らないと損をするし、知ったらビジネスの選択肢がまったく変わる。日本の大学でほとんど教わらない領域だからこそ、そこにすごく可能性があると思っています。
今後の展望と、若い人たちへ
什器のフランチャイズ展開を構想中
弊社の主力サービスは「ビジしえん」です。商品企画・アイデア出しから設計、試作、権利出願支援、クラウドファンディングまでをワンストップで支援し、最短3ヶ月でクラウドファンディングで資金調達を目指す仕組みです。売り方・見せ方まで見据えた企画で提案するので、頭の中に広告や販売ページが最初から貫通している状態で開発が進みます。
今は次のステップとして、その開発したお客様の商品を適材適所で販売できるオリジナル什器(じゅうき)のフランチャイズ展開を構想しています。本屋さんのレジ前、道の駅、学校の売店──それぞれの売り場に合った商品をセットした什器を置いてもらう仕組みです。これは若い人たちと一緒にやりたい。販売会社を別に立ち上げてもいいし、可能性はいろいろある。起業魂がある人と一緒に考えていきたいと思っています。
「やりたいことがない」という学生へ
やりたいことがなくても、全然いいんですよ。私自身、美術作家になろうと思って苦しんでいた。「やりたいことがある」人だって、結局は探し続けているわけですから。
大事なのは、何をやったら人に喜んでもらえるか、自分が「ストンと腑に落ちた」と思える瞬間はどこにあるか。それはいろんな仕事をやってみないとわからない。私が三つも掛け持ちしてバイトしていたのも、結局その積み重ねだったと思います。
一番伝えたいのは、自分の中から出てきたものを大事にしてほしいということ。私は家事が嫌いだったから、自分のために発明を作った。それが人に喜ばれた。自分起点のものが、誰かの役に立つ瞬間がある。就職か起業かに悩むより、気になる会社に「一緒にビジネスをやりたいです」と飛び込んでみることの方が、ずっと近道かもしれないですよ。
編集後記
「家事が嫌いだから発明した」という話を聞いたとき、正直びっくりしました。発明というと、研究者や技術者がするものというイメージがあったからです。でも松本さんのお話を聞いていると、発明の本質は「自分が困っていることを解決する」という、すごくシンプルなところにあるんだと気づかされます。掃除機のノズルが1億円の売り上げになり、余剰生地から生まれたマフラーがヒット商品になる。「どストレートに考えたらダメ」という言葉は、ビジネスの教科書には載っていない感覚値だと思いました。知的財産を「守るだけのもの」ではなく「ビジネスの設計図」として使うという発想も、今日初めて知ったことのひとつです。まず経験してみること、そして自分の中から湧いてきたものを信じること──これが松本さんから学生への最大のメッセージだと感じています。