株式会社ヘルツレーベンで代表取締役をしている木下渉です。ライフサイエンス・ヘルスケア領域に特化し、データ利活用などのコンサルティング事業を手がけています。
手術室から、データの世界へ
現場から製品を届ける側へ
大学は看護学部で、卒業後は大学病院の手術室で看護師をしていました。その後、医療機器メーカーに移り、カテーテルによる心臓弁治療の分野で、新しく治療を始める施設に立ち会って手技を支援する仕事に就きます。17施設の立ち上げに関わり、欧州で指導資格を取って国内外で160症例以上の指導にも携わりました。
その後はプロダクトマネジャーとして、新しい治療デバイスの日本市場導入を担当しました。臨床にいた頃は「新しい機器が現場に入ってくる」という出来事として見ていたものを、今度は反対側から設計する立場です。同じ医療でも、立つ場所によって見える課題はまったく違うと実感しました。
数字で意思決定を支える
次は、数字で意思決定を支える側に回りたいと考えました。働きながらヘルスデータサイエンスの大学院に通い、外資系の製薬企業に移り、シニアデータアナリストとして、がん領域の営業活動のレコメンデーションロジックやダッシュボードの構築を担当しました。その後はコンサルティングファームのアナリティクス部門でマネジャーを務め、主にライフサイエンス領域のデータ活用やDXを支援しました。
「職務経歴書がユニークですね」と言われる理由
臨床 × 医療機器 × 製薬 × データ
臨床・医療機器・製薬の三つを内側から知っている人はそう多くありません。そこにデータ利活用の実務経験まで重なっている人となるとさらに限られます。経歴をご紹介するたびに「ユニークですね」と言っていただきます。この組み合わせが市場に少ないということだと受け止めています。
使い道を自分で決めたかった
独立するまでの10年で4社を経験しました。恵まれた環境だったと今でも思っています。ただ組織の中にいる限り、専門性の使い道は所属先の戦略に規定されます。積み上げてきたものを、どの課題に、どの順番で投じるのか。その判断を自分で持ちたいと思うようになりました。独立はその一番素直な形でした。
規制産業だからこそAI活用に伸びしろがある
鍵になるのは、データガバナンス
ライフサイエンス・ヘルスケアは規制産業です。ルールが多く、データの扱いにも説明責任が伴うため、AIに投資をしても他業界のように一直線には成果へつながりません。
鍵はAIそのものより手前にあると思っています。どのデータを誰が、どういう根拠で使ってよいのか。その統制、つまりデータガバナンスが整っている企業ほど、AIの導入は速く進みます。逆にそこが曖昧なままだと、どれだけ精度のよいモデルを持ち込んでも、現場では使えません。制約の多い業界だからこそ、ここを設計しきれた企業に差がつくのだと思います。
他の業界を回って、医療に戻ってきた
独立後は医療に限らず、SaaS・EC・製造業などのプロジェクトにも関わってきました。他の業界がデータやAIをどう使っているかを間近で見られたことは、大きな経験になっています。同時に自分にとってはやはり医療・ライフサイエンスで貢献するのが一番自然だと、あらためて認識する時間にもなりました。外の景色を知ったうえで、あらためてこの領域に戻ってきたという感覚です。
会社は自分の分身
形は決め切らなくていい
現在は少人数の体制で、業務の多くをAIが支えてくれています。この先も少人数のままか、人を雇って広げるかは、正直まだ決めていません。決め切らないままでいいと思っている、というほうが近いかもしれません。会社は自分の分身のようなものなので、そのときどきで自分の幸福度が最大になる形に変えていけばいいと思っています。実際、会社をつくったことで経験できたことがいくつもあって、会社が自分に成長の機会を与えてくれている、という感覚に近いです。
学生の方へ
苦手は修行だと思って飛び込んだ
学生の頃は人見知りで人前でうまく話せませんでした。いまこうして話しているのが不思議なくらいです。それを直すために、あえて対人接客の現場に飛び込みました。社会人になってからより厳しく指導を受けた時期でしたが、あそこで苦手を潰しておいたことが、その後のキャリアを支えていると思います。
掛け算はあとからできる
学生向けにお話しする機会をいただくことがあります。「学生のうちに何をしておいたらよいですか」とよく聞かれるのですが、いつもお伝えするのは、その質問をする必要がないくらい何かに打ち込めていたら、それがいちばん幸せだということです。
私自身看護師として始まったキャリアが、いまはAIとデータの仕事になっています。最初に選んだものが一生の職業である必要はありません。まずは一つ深く潜れるものを見つけてほしいですね。掛け算は、あとからいくらでもできますから。
編集後記
今回の取材を担当した、早稲田大学3年生のインターン生です。実は1か月前まで野球部に所属していましたが、プロへの壁を痛感し、挫折を抱えてビジネスの世界へ飛び込んだばかりでした。それだけに、木下さんが「苦手から逃げず、あえて接客の現場に身を置いて修行した」と語る姿は、今の自分に強く刺さりました。看護師、メーカー、製薬、そしてデータサイエンスへ。一見すると異なる点に見える経験を「掛け算」して独自の強みに変えていく木下さんの歩みは、キャリアを点ではなく面で捉える勇気を与えてくれました。この学びを、私自身の新たな挑戦の糧にしていきたいと思います。