理系から広告代理店、そして弁護士へ
AIブームのまっただ中で研究していた
私が大学院にいたのは、今からだいたい30年ほど前、バブルの絶頂期のことです。当時は「AIの第2次ブーム」と呼ばれる時期で、情報工学科でまさにAIの研究をしていました。指導教授は、ちょうどそのころ立ち上がった人工知能学会の主幹事的な立場にいた方で、かなり力を持って活動されていたんですよね。
当時のAIは今のような機械学習ではなく、ルールベース型が主流でしたが、私はあえて機械学習の研究にとりくんでいました。。バブル期ということもあって文系就職がとても華やかだった時代でもあります。私はもともと理系なんですが、なぜか困難なほうに進みたくなる傾向があって、周りが選ばないような、当時競争率が高いといわれていたマスコミを中心に就職活動をすることにしました。
理系だと研究室に求人がたくさん来るので、その中から選ぶのが普通なんですが、私は自分で企業訪問を重ねて、当時としてはめずらしいくらいの数を回りました。そうして縁があって入社したのが、広告代理店の博報堂です。
知財の弁護士になり、AIと再び出会う
博報堂を経て、その後は司法試験に合格し、弁護士として知的財産権の分野に進みました。知的財産権には、発明や商標といった技術系の「産業財産権」と、エンタメ系の「著作権」という2つの柱があります。振り返ってみると、学生時代の研究テーマは発明に近く、会社員時代はエンタメに近い分野だったので、結果としてどちらの側面も経験してきたことになりますね。
知財の仕事をAIでより効率的にできないかとずっと考えていたんですが、当時はまだ技術が追いついていませんでした。それがようやく実現できそうだと思えるようになり、周りの人間に声をかけて研究を始めたのが、創業のきっかけです。理系出身で弁護士になり、そこにAIの盛り上がりが重なって、両方を組み合わせた研究をスタートさせました。それから3年ほどで十分な精度が出るようになり、会社とサービスをリリースしたのが今から8年ほど前になります。
商標調査という原始的な世界をAIで変える
特許庁への調査は、今も昔ながらのやり方だった
弊社の事業は、知的財産権を扱う専門家の業務を、AIによって効率的かつ客観的にするサービスを提供することです。特許庁に商標を登録すると、そのロゴやネーミングを独占して使える権利が認められます。ただし、それには「過去に同じもの、あるいは紛らわしいほど似たものがないか」を事前に調査しなければなりません。この「似ている」を探す作業が、実はとても面倒なんですよね。
特許や商標というと最先端のイメージがあるかもしれませんが、権利を取得するための調査そのものは、今でも驚くほど昔ながらのやり方で行われています。ほんの40年ちょっと前までは、紙をめくりながら探していたくらいです。。最先端のものを扱っているのに、なぜこんなに原始的なやり方を続けているのか。そこに疑問を持ったのが、AI化に取り組み始めたきっかけです。
現在扱っているのは商標のみです。商標は複数の語に分解したり、組み合わせたりして類似性を判断する必要があるのですが、そこにいくつものAIを組み合わせて、さまざまな視点から指標を出し、客観的な数字と色でリスクの大きさをサポートしています。
化粧品やゲームなど、ライフサイクルの短い業界で使われている
商標は「信頼できる、クールだ、歴史がある」といった、共感を生むブランディングそのものです。どの国でも、まず特許が先行し、次に商標が生まれてくる傾向があります。それがとくに顕著なのが、化粧品や日用雑貨品、ゲームといった、ライフサイクルの短い分野です。実際に、小林製薬さんやライオンさん、大王製紙さん、TOTOさん、青山商事さんといった企業にもご利用いただいています。
弁護士としての知識だけでなく、博報堂という企業での経験があったことが、今の事業には生きています。ユーザーから声をかけていただいて、説明をして、契約になるかならないか。企業側がどんな段階で、どういう判断をしているかが見えるというのは、弁護士だけをやっていたら得られなかった感覚だと思います。
弊社からの報酬は、実は今も無報酬です。会社のツールが世界中に広がることで、知財そのものがより円滑に扱われるようになってほしい。そんな思いで続けてきました。最初は小さなブースを出して説明するところから始まり、ウェブサイトの拡充やSEO、営業担当の採用に力を入れ始めたのも、ここ2年ほどのことです。
とっつきやすさという、次の課題
精度は上がっても、伝わりにくさが残っている
いちばん苦労したのは、精度の高い判定を実現することそのものです。そして、それができた今、次の課題になっているのが「わかってもらうこと」の難しさです。プロフェッショナルの方には、精度も上がっているし使いやすいと言っていただけるのですが、知財部に配属されたばかりの方や、ネーミングを考える立場の方にとっては、まだとっつきにくいという声もあります。ここのインターフェースをどう改善していくかが、今後の課題だと考えています。
世界を視野に、商標の次は特許へ
ある国際機関のシステム部門のトップから、弊社に直接ヒアリングをしたいという連絡をいただいたことがあります。そうしたつながりが今後も広がっていけばと思っていますし、ぜひ協力関係を築いていきたいですね。まずは商標の分野で世界を視野に入れ、それが実現できれば、特許など他の知的財産権にも広げていきたいと考えています。とはいえ、まだまだ人数の少ない会社です。まずは日本国内で足場を固めてから、というのが正直なところです。
自由に、自分のペースで成長できる会社
AIもITも、当たり前に使う世代を歓迎したい
今はまさに、営業やエンジニアの採用に力を入れているところです。Wantedlyなどのプラットフォームも本格的に活用しようとしていて、担当のメンバーが記事を作っている最中です。営業職であっても、今の学生さんはAIやITツールを当たり前のように使いこなしていますから、そうした感覚を歓迎しています。
弊社は、創業当初からいわゆる押し売り的な営業は一切していません。問い合わせをいただいた方に説明をして、あとはフォローしていくというスタイルです。テレアポを何百件もこなすような働き方は求めていません。関係性を築いていくことを大切にしています。
もし弁理士や、弁護士になるための司法試験に興味があれば、その勉強もサポートできますし、好きなことに取り組んでもらえたらと思っています。中途採用でも、営業経験があることは必須にしていません。それよりも、知財という特殊な分野を理解しようとする姿勢のほうが大切だと考えています。
小さな会社だからこそ、役職に近づきやすい
弊社は、創業から8年とちょっとが経ち、そろそろ私も次の世代に会社をつなげていかなければいけない時期にきています。まだまだ小さな会社ですが、裏を返せば、それだけ早く役職に就きやすいということでもあります。自分のコントロールできる範囲が大きく、自由に働ける環境が楽しいと感じられる方には、向いている会社だと思います。起業したい気持ちはあるけれど、いきなり企業するのは怖いという方にも、おすすめできる環境ではないでしょうか。
弊社と提携している弁護士の中には、日本の弁護士資格を持ったうえでイギリスに留学し、現地の弁護士資格を取得、その後アメリカのカリフォルニア州の弁護士資格まで取得した方もいます。今は日米英の3か国の資格を持って活躍しています。今後は、弊社としてもそうしたグローバルな展開を視野に入れていきたいですね。
編集後記
今回のインタビューを通じて、AI研究、広告代理店、弁護士という一見つながりのないキャリアが、知的財産という1点で結びついていく過程がとても印象的でした。原始的なやり方が残る商標調査という分野に、正面から課題意識を持ち続けてこられた姿勢に、私自身も学ぶところが多かったです。無報酬で事業を続けてこられたという話には、正直驚きましたが、その根底にある「知財がより円滑に扱われる世界にしたい」という思いに、強い一貫性を感じました。貴重なお話をありがとうございました。