矢面に立つのが好きだった少年時代
応援団長とサッカー漬けの日々
小学校のころから、矢面に立つのが好きなタイプでした。応援団長をやったり、なんでも自分から前に出ていく方だったと思います。中学校になってもその気質は変わらず、中学三年生のときは応援団長と生徒会長をやっていました。そこから少し落ち着いて、今度はサッカーに夢中になり、勉強はほとんどせずサッカー三昧の日々を送っていました。
進学したのは、新潟県村上市にある偏差値50くらいの公立高校です。村上市は新潟県の一番北、山形県に近いところにあり、そこでいわゆる普通の青春時代を過ごしました。
小学校のときには空手をずっとやっていて、正義感が強いから警察官に向いているとよく言われていました。身内に警察官がいたこともあり、周りからも勧められるまま、新潟にある公務員の専門学校に進んで検察官を目指そうかと考えていた時期もあります。
起業のきっかけは、友人のひとことだった
興味を持ったのは友人がきっかけ
進路が大きく変わったのは、高校でサッカー部が一緒だった同級生の存在です。彼は高校卒業と同時にアメリカに行くと言い出すような、当時からかなり突飛なことを考える人間でした。まだ日本でせどりがそこまで流行っていない時期に、amazonで仕入れてメルカリで売るようなことを学生ながらにやっていて、面白いことをしているなと思って見ていました。
その彼から「将来起業したいから一緒にやらないか」「お前は社長になってでもいいから、本気でやりたい」と声をかけられたのが、起業や会社経営というものに初めて興味を持ったきっかけです。思いつきでの言葉だったのかもしれませんが、それでも自分にとっては大きな出来事でした。親や身内からの影響で会社を継ぐという人が多いなかで、私の場合は友人の存在が起業へのきっかけになっています。
大学受験という名目で上京した
とはいえ、村上市というかなりの田舎の出身で、起業するにも右も左もわかりませんでした。とにかく東京に行けばチャンスがあるのではないかというざっくりとしたイメージだけがあり、新潟の専門学校に進むより、大学受験をするという名目のほうが東京に出やすいと考えました。
受験勉強をして、拓殖大学の外国語学部に進学しました。本当は経営学部を志望していたのですが、後期日程で受かったのが外国語学部だったという経緯です。周りの学生がみんな英語の勉強に励むなかで、自分だけは起業をしたいと考えている、そんな学生生活を送っていました。
学生ゼミで学んだ、起業のいろは
大学に入ってからも、起業したいという気持ちだけが先行して、実際にどう動けばいいのかわからないまま大学三年生まで来てしまいました。さすがにこのままではまずいと思い、Google検索でいろいろ調べるなかで見つけたのが、立川にある東京都の支援施設「Startup Hub Tokyo」です。そこで学生向けの起業ゼミが開催されていることを知り、参加しました。
比較的スタートアップ寄りの内容だった講座で、起業のやり方を一から学び、スタートアップ志向の考え方を身につけていきました。当時はまだ、輸出やせどりとはまったく関係のない、ITやマーケティング寄りの学びが中心でした。
実家の事業承継と、武器としてのeBay
何も武器がない自分に気づいた
実家は新潟県村上市で小さな製菓会社を営んでいて、大学卒業前くらいのタイミングで、事業承継の話が出てきました。ただ、学生上がりで何も武器がない状態の自分では、その話を正面から受けることはできないと感じました。
将来的に承継という選択肢が視野に入るのであれば、何かしら武器をつけておきたい。ちょうど円安が進んでいた時期でもあり、輸出をやってみようと考えました。一番取っつきやすかったのがeBayです。海外では日本のものが高く売れるという現状があるのに、そこに個人が入っていきにくいという課題があり、それをどう民主化していくかというのが、今の事業にもつながるキーワードになっています。
eBayで得た二年間の学び
eBayでは、ゲームやトレーディングカードなど、日本のIPを中心に商品を扱っていました。二年ほど続けましたが、自己資金でやっていたぶん利益率もかなり薄く、そこから事業として伸ばしていくのは難しいという結論に至り、いったん就職することにしました。
友人の会社への転職、そしてJPNXの創業へ
厳しい環境のなかで来たオファー
就職先では、なぜできないんだと厳しく言われるような日々を過ごしていました。そんなときに声をかけてくれたのが、高校時代にアメリカ行きを宣言していたあの友人です。彼は株式会社APOCという会社を立ち上げていて、当時はまだ社員が代表者とCOOの二人だけでした。「入ってくれないか」という誘いは、くすぶっていた自分にとって、とても魅力的なものに感じました。
短期での退職にはなりましたが、そちらにすべてコミットしたほうが有意義だと考え、友人の会社に入りました。
エンジニアとの出会いが生んだJPNX
いつかは自分でスタートアップを立ち上げたいという思いはずっと持っていました。前職の会社にいるあいだに、eBayをやっていたときに感じていた課題を解消するプロダクトを作りたいという思いが強くなり、そんなときに副業でエンジニアの方と知り合いました。「こういうビジョンがあって、いつかスタートアップを立ち上げたいんだ」と話したことがきっかけとなり、彼が技術面を担ってくれる形で、今も一緒に会社を続けています。これが創業の経緯です。
「フリマ感覚」で輸出できる世界をつくる
弊社が向き合っているのは、eBayでの輸出や越境ECの「やりにくさ」です。わかりやすく言えば、メルカリ感覚に近づけたいと思っています。たとえば私の母が不用品を売りたいと思ったときに、簡単に出品できるような状態をつくりたい。そのために、eBayや越境ECをより使いやすくするアプリケーションの開発を進めています。
創業から今、最大の山場は資金調達
ギリギリで着金した資金
創業してから今にいたるまで、一番大変だったのは資金調達です。近年、スタートアップという動き方自体が業界内で見直されつつあり、東証には百億円の壁があることで、プレシードやシード段階のベンチャーキャピタルが投資しにくいという現状があります。そうしたなかで企業価値を見出すには「AI×何か」という文脈が強く求められる傾向もあり、弊社もAIと輸出をかけ合わせる方向にまさに今取り組んでいるところです。
調達には長く苦戦していましたが、ようやく機運が高まってきて、エンジェルの方から資金をお借りできる段階まで来ました。会社を創業したのが2026年1月で、その山場は今まさに乗り越えられそうな状況です。じつは、今月まさにエンジニアの仲間の給料が払えるかどうかというギリギリの状況で、なんとかいい形で着金できました。
新潟にいるからこその強み
私自身は今、新潟にいるため固定費がほとんどかかっていません。人件費とツールの利用料くらいで、投資家から見てもお金の放出自体が少ないという指摘をいただくこともあります。お金についてシビアに向き合いながら、今はそういう体制で走っています。
村上市初の上場企業を目指して
弊社は今、新潟県村上市に本社を置いています。この村上市から上場企業が生まれたことは、これまで一度もありません。スタートアップとしてやるからには上場・IPOを明確に目指したいと考えていて、「村上市発の上場企業をつくる」というのが、弊社の一つ目のビジョンです。
もう一つは、輸出という選択肢を広く普及させていくことです。輸出のメリットは突き詰めると「高く売れる」ということに行き着くと思っていて、このメリットをより多くの方に知ってもらい、海外に販売するという選択肢を当たり前にしていく。この二つのビジョンに向けて取り組んでいます。
学生へのメッセージ
学生というブランドを活かしてほしい
上から目線で何かを言えるような立場ではないと思っていますが、あえて伝えるなら「学生」というブランドの大きさです。スタートアップ業界のなかには、学生にしか投資しないというベンチャーキャピストもいるほどで、それだけ学生には爆発力が期待されていると感じています。外部から見ても、私個人としても、学生の可能性には大きな期待を寄せています。
それだけの期待をされている学生が挑戦しないのは、もったいないと思っています。スタートアップに飛び込むのか、面白い企業でインターンをするのか、就職活動に力を注ぐのか、あるいは学業に打ち込むのか。軸はなんでもよいと思うので、ぜひ学生のうちにいろいろな形で挑戦していってほしいです。
編集後記
今回お話をうかがった板越さんからは、「学生のうちに武器を持たずに動き出しても、あとから振り返れば必ず糧になる」という実感が伝わってきました。友人の一言で人生の方向が変わったというエピソードは、私自身、学生起業に片足を突っ込む身として深く共感するところがあります。資金調達がぎりぎりの状況のなかでも、村上市発の上場企業を目指すという大きなビジョンを語る姿が印象的でした。JPNXの今後の展開から目が離せません。