二つの異なる世界を経て、たどり着いた場所
無線技術士から政治の世界へ
私が最初に社会に出たのは、無線技術士としてでした。その後、政治の世界に身を置き、そこでの出会いが、のちにバイオの会社を設立するきっかけとなりました。創業の経緯は非常に複雑で、一言で「こういう思いで始めた」とはなかなか言えません。ほかの経営者の方のインタビュー記事も読ませていただいたのですが、私は立派なことを書けるような、きれいな創業ストーリーを持っているわけではありません。
決断の理由は一言で語れない
私の場合、創業しようとして創業したわけではないんです。無線技術士を辞め、政治の世界へという決断も含めて、これまでの人生について大きな決断をいくつもしてきましたが、なぜそうしたのかを短い言葉でまとめるのは、正直なところ難しいです。ただ様々な人との出会いが、それらの背景にあり、それがひとつの契機になったことは確かだと思います。
水産廃棄物からヒトデへ、忌避製品が生まれるまで
堆肥化事業からのスタート
弊社のバイオ事業は、微生物に関わる分野からスタートしています。水産系の廃棄物などの残渣を肥料にする仕事、これが最初の事業でした。
ヒトデを分解する技術との出会い
その後、ヒトデというものに出会って、これを微生物で分解できることがわかったんです。世の中的に見ても、ヒトデを分解すること自体が非常に難しく、大手企業でもなかなかできませんでした。様々な試行錯誤の末、ヒトデから抽出した、ほぼ無臭に近いエキスを取り出すことができて、それが弊社の経営を大きく前に進めることになりました。それがマリンサポニンになります。
「忌避」という言葉が伝わらなかった
このエキスには、消臭効果や、鳥・虫・獣を寄せ付けない忌避効果、カビ菌を抑える真菌抑止効果など、いろいろな働きがあることがわかってきたんです。最初にこのエキスを使ったのが「SARABAカラスくん」という商品で、殺傷するのではなく「寄せ付けない」という発想が、メディアにも注目していただけました。ただ、当時「忌避」という言葉自体があまり使われておらず、認知していただくまでに、時間がかかりました。メディアで取り上げていただいた直後は売上が伸びるのですが、しばらくすると落ち着いてしまいます。この繰り返しが、いちばん苦労した部分だったと思います。
ヒトデのエキスが切り拓く、石鹸という新しい挑戦
マリンサポニンと名付けたエキス
弊社ではヒトデから抽出したエキスを「マリンサポニン」と名付け、商標登録も取得しています。今、いちばん力を入れている事業が、このマリンサポニンを配合した固形石鹸です。
肌に悩める人に寄り添う石鹸
一般的な石鹸は香りや泡立ち、洗浄力などで語られることが多いと思いますが、マリンサポニンを配合した石鹸は、カビを抑止するというメディカルな要素を含んでいます。かゆみや湿疹、肌のダメージなど、肌の不調に悩む人は年齢や性別を問わずたくさんいらっしゃいます。老若男女問わず悩みに寄り添える石鹸でありたいと考えていて、これは他社にはなかなか真似できない部分だと思っています。
丸ごと分解するからこそできること
最近はヒトデを乾燥・粉末にして販売する企業も増えてきました。粉末にしたヒトデも鳥や獣を寄せ付けない効果はあるのですが、弊社はバクテリアでヒトデを丸ごと分解し、そこからエキスを抽出しているのが特徴です。粉末のヒトデはかなり強い臭いが残ってしまうのですが、丸ごと分解したエキスは無臭に近く、何も残りません。だからこそ、石鹸にも化粧品にも使っていただけます。これは他社には真似のできない、弊社ならではの技術だと思っています。
これから力を入れていきたいこと
廃棄物処理事業をあらためて強化する
弊社の原点は、ヒトデを分解するために生まれたバクテリアを使った、水産系廃棄物の堆肥化事業です。世界的に見ても化学肥料を抑えて有機肥料を活用する流れが強まっていて、日本政府もその方向性を強く打ち出しています。弊社が最初に開発した米ぬか発酵資材は、化学肥料でやせ細った土の中に微生物を増やし、肥えた土に変える働きがあります。廃棄物処理と石鹸事業、この2つを軸に、皆さんに喜んでいただける事業を育てていきたいと考えています。
学生へのメッセージ
二十代、三十代は何をやってもいい
私自身は無線技術者から政治の世界に入り、そこからバイオの会社を設立するという歩みをしてきました。この生き方がいちばんいいとは思っていませんし、リスクを背負って大変な仕事に自ら飛び込むことを、皆さんに勧めるつもりもありません。ただ、20代・30代というのは、自分の道がなかなか見つからないのであれば、どんなことに挑戦してもいいのではないかと思うんです。人生は一度きりですから、すべてが自分の肥やしになります。「こうあらねばならない」と決めつけず、いろいろなことに挑戦してほしい。社会人になってから挫折しても、それで終わりということはありません。ぜひ、頑張ってほしいと思っています。
編集後記
今回、三國さんに取材をさせていただき、ヒトデという誰も注目してこなかった資源に真剣に向き合い続ける姿勢に、強く胸を打たれました。忌避という言葉が伝わらず苦労した時代を経て、今は石鹸というかたちで多くの人に寄り添おうとされている歩みは、私自身の将来を考えるうえでも、大きな学びになりました。20代・30代は何をやってもいいという言葉を胸に、私も挑戦を続けていきたいと思います。貴重なお話をありがとうございました。