インタビュー

下請けの居心地の悪さから、ブランディングファームは生まれた

下請けの居心地の悪さから、ブランディングファームは生まれた
PROFILE
株式会社レンズアソシエイツ 代表取締役
矢野 まさつぐ

株式会社レンズアソシエイツで代表取締役を務めている矢野まさつぐです。「ピントを合わせる」をミッションに掲げ、企業のブランディングを支援するデザインファームを名古屋で経営しています。

広告デザイナーとして感じた違和感

学校を出て就職してから、ずっと広告のデザイナーをしていました。もともとグラフィックデザイナーになりたかっただけで、広告業界にこだわりがあったわけではないんです。ただ、就職活動でグラフィックデザイナーという職業を調べると、当時は広告業界で働く人という位置づけが強くて、そのまま広告デザイナーの道に進みました。

2社で広告の仕事を経験しましたが、下請けで仕事をしているとクライアントさんの顔がまったく見えないんです。大手企業の仕事に携われること自体は若い頃はとても楽しかったのですが、仕事の規模の大小よりも、お客さんとの距離感のほうがだんだん気になるようになっていきました。広告の仕事は企業活動のごく一部でしかないというところにも、あまり面白さを感じられなくなっていったんです。

クライアントの顔が見えない

制作の段階では、広告代理店のアートディレクターやクリエイティブディレクターから山ほど修正依頼が来るのですが、それが本当にクライアントさんの意向に沿ったものなのか、単に代理店の担当者の好みの話なのか、正直わかりませんでした。今のように働き方改革やリモートワークが浸透する以前の話で、下請け業者への扱いも厳しく、延々とファックスが送られてくるようなこともありました。そうした環境の中で、代理店の動きにも疑問を抱くようになっていきました。

29歳で独立、そして今の会社へ

そうした不満から、29歳の時に今の会社とは別の会社を1つ立ち上げました。3人か4人ほどの小さなデザイン会社です。しばらく続けていくうちに仕事もある程度大きくなってきたのですが、その人数では手がけられる仕事の規模に限りがあって、もう少し大きな規模の会社をやりたいと思うようになりました。

そこで、知り合いの会社を含めた3社を合体させる形で、共同出資によるジョイントベンチャーとして会社を立ち上げたのが、今の株式会社レンズアソシエイツです。2014年1月6日の設立で、もう13年ほど前になります。この会社を立ち上げた時に条件として掲げていたのが、下請けではなくお客さんと信頼関係を築きながら仕事をしていくという考え方でした。

企業ブランディングという仕事

弊社の事業を一言で言うと、企業ブランディングという業種になります。基本的な流れとしては、企業の社員さんと一緒にワークショップを行いながらブランディングの戦略を数年単位で立てて、3年ごとに何をやっていくかをガントチャートに落とし込んでいきます。ミッションやビジョン、バリューの策定から始めることもあれば、まずはウェブサイトのリニューアルから着手することもあり、企業さんによって順番はさまざまです。サイトを作って終わりという仕事ではありません。

クライアントは製造業やテック系の企業など、いわゆるBtoBの会社が多く、その中でも社歴が長い老舗の製造業の企業様との仕事が中心です。スマートフォンの中で見えるようなデザインだけでなく、ユニフォームや空間そのものなど、実際に手で触れられるものまで幅広く手がけています。

表面だけでは意味がない

企業のブランディングに関わる中で見えてくるのは、表面だけを取り繕って綺麗にするだけでは意味がないということです。中身がぐちゃぐちゃなまま採用だけを進めても、すぐに辞めてしまいます。今、新しく人を採用しにくい時代だからこそ、今いる人にいかに活躍してもらうかが重要になってきます。一つの船に乗っている以上、どこに向かっているのか、トラブルが起きた時にどう行動するのが正しいのかをみんなで共有しておく必要があると考えていて、そうした課題を解決する提案をしながら、企業に伴走しています。

創業メンバーが去った日

会社を経営していて一番苦労するのは、どの経営者もよく口にする「人」と「お金」だと思います。私自身、それを強く実感したのが、2021年頃のコロナ禍で売上が落ち込んだ時期でした。役員報酬を減らしながら耐え忍んでいた頃、ジョイントベンチャーとして一緒に会社を立ち上げた創業メンバーがポツポツと辞めていき、最後に一気にいなくなってしまったんです。運命共同体だと思っていた分、あの時期は本当にこたえましたね。

組織を台形からピラミッドへ

そこから立て直すために、現場のメンバーを少し上のポジションへ引き上げていきました。それまでは私を含めた数人が横並びで上に立ち、その下にメンバーがいるような台形に近い組織だったのですが、私がトップに立ち、その下に数名、さらにその下にメンバーがいるという3階層ほどの小さなピラミッド型に再編成しました。そのうえで、上からのキャップをできるだけ取り除いて、自由に動いてもらうようにしたところ、みんなが生き生きと仕事ができるような人間関係ができていったのが大きかったです。

創業メンバーが去っていくとは思っていなかったので、一時は誰も信じずに一人でやろうと思った時期もありました。ただ、それでは会社をやっている意味がないですし、数か月ともちませんでした。信頼できるメンバーを何人か見つけていく中で、創業メンバーのうち1人だけ、私の高校の同級生でもある人物が残ってくれていたので、その人を執行役にするなど組織を再編成しました。私自身も、もう一度人を信じるという方向にマインドチェンジした出来事でしたね。

営業機能を持たないクリエイティブ集団

今の課題は、少しずつ解決してはいるのですが、弊社がクリエイティブ集団で、もともと社内に営業機能を持っていないというところです。加えて、私たちが得意としている老舗の製造業の企業様と出会う機会自体がなかなか多くありません。テック系やスタートアップ系の若い経営者との出会いは多い一方で、社歴が50年、70年、100年という3代目、4代目の社長様や、これから事業承継を控えている企業様とはなかなか出会えないというのが、正直な課題感です。

会社を「クリエイティブカプセル」にしたい

やりたいことは一貫していて、自分たちの会社自体が生き生きとした組織でなければ、クライアントさんの会社をサポートすることはできないと考えています。弊社の組織のことを「クリエイティブカプセル」と表現しているのですが、そこに来ると同じ目線の仲間が集まっていて、アイデアも湧いてくるし、やる気になる。月曜日が待ち遠しくなるような、そんな会社でありたいと思っています。

まずは自社をそういう会社にしていくこと、そしてそれと同時に、クライアントさんの会社もそういう組織にしていくことを目指しています。従業員が会社に早く行きたいと思えて、成長できる環境にいることが楽しいと感じられる状態になれば、その人の人生も好転していくはずです。1社ずつ、オセロを白にひっくり返していくようなイメージで関わっていきたいですね。弊社は「ピントを合わせる」というミッションを掲げていますが、企業の中で働く人たちのピントを1つずつ合わせていくことが、その盤面をひっくり返すことにつながればいいなと思っています。

学生へのメッセージ

クリエイターの仕事をしていると「どこからアイデアが出てくるんですか」とよく聞かれるのですが、その答えは学生の皆さんへのメッセージにも通じます。日常のインプット量を圧倒的に増やすということです。たとえば近くのコンビニへお弁当を買いに行って帰ってくるだけでも、周りに意識を向けながら歩く人と、スマートフォンを見ながら往復するだけの人とでは、そこで得られる気づきがまったく違います。これが毎日積み重なって1年、5年、10年、20年となった時、人生に大きな差が生まれると思っています。アンテナの感度を全開にして、目に入るものや音、匂い、手で感じるものから、世の中の栄養分を吸収するような4年間を過ごしてほしいですね。

もう1つ伝えたいのは、学生のうちから好きな人や心地よいコミュニティだけで固まらないほうがいいということです。社会に出ると、年齢もジャンルも価値観もまったく異なる人たちと関わっていかなければなりません。学生時代から、あえて苦手な場所や人に触れて免疫をつけておくことも大切だと感じています。採用する側の立場から見ていても、そうした経験を積んでいる人は強いと思いますね。

編集後記

今回のお話でとくに印象に残ったのは、創業メンバーが去っていった時の経験と、そこから組織を立て直していった過程でした。早稲田大学に在学しながら学生団体での活動を通してビジネスに触れている身として、組織の形を変えることで人が生き生きと働けるようになるという話は、規模の大小を問わず通じる学びだと感じました。インプット量を増やすというシンプルなメッセージも、日々の過ごし方を見直すきっかけになりそうです。