25年の食品畑から、まったく違う世界へ
洋菓子や外食の立ち上げに携わってきた
私は25年間、京都の食品会社に勤めていました。洋菓子や外食業態の立ち上げなど、食に関わる仕事に長年従事してきました。今のペットフード事業とは、正直まったく畑違いの世界です。50歳のとき、2021年に会社を退社しました。理由は家族の介護でした。決してペットフード事業を志して歩んできた道のりではありませんでした。
保護猫の異変から始まった
介護生活に入って数ヶ月経った頃、私が飼っていた保護猫の一頭が体調を崩しました。急に水を飲まなくなり、ご飯も食べなくなったんです。それまで私は、いわゆる「カリカリ」と呼ばれるドライフードだけを与えていれば、健康に育つものだと思い込んでいました。毎日のように動物病院に通う中で、獣医師からぽろっとこう言われたんです。「ドライフードだけの子は、こういう疾患になりやすいんですよ」と。結局その子は3週間ほどで息を引き取りました。肝臓と腎臓、どちらにも癌があったそうです。
「ほんとうのごはん」を探して
六大栄養素と、水の大切さ
当時、家には4頭の猫がいて、残りの3頭にもカリカリだけを与え続けていいのか、不安になりました。そこでいろいろなネット記事を調べる中で、「ペットの管理栄養士」という資格に出会い、2社ほど取り寄せて勉強を始めたのが最初のきっかけです。教本に書かれていたのは、動物の栄養学でいう「六大栄養素」という考え方でした。人間で一般的に言われる五大栄養素はタンパク質・脂質・炭水化物・ミネラル・ビタミンですが、獣医学や管理栄養学の世界では、その先頭に「水」が入るんです。私たちが口にする食事は、実は70%から80%が水分でできています。ドライフードと水だけを与えるのは、人間で言えば毎日エナジーバーだけを食べているようなものなんですよね。ペットは水を飲む行為自体をあまりしないので、水分不足に陥りやすく、栄養が体中に巡らない、老廃物を排出しにくいという2つの問題が起きてしまいます。
大手メーカーの製品に潜んでいたもの
さらに驚いたのは、当時家で与えていた大手メーカーのドライフードに、人間の食品では使用が認められていないような成分が含まれていたことでした。あまりの驚きに保健所へ電話したのですが、管轄が違うと言われ、農林水産省を案内されました。実はペットフードは食品ではなく「雑貨」として扱われているんです。農林水産省に確認したところ、使用しないよう呼びかけてはいるものの、最終的に使うかどうかはメーカー側の判断だという回答でした。これには本当に驚きましたね。
手作りごはんから、事業への転身
友人の一言がきっかけだった
そこから自分で試行錯誤しながらごはんを作り始め、周囲の犬や猫にもあげるようになりました。すると「よく食べてくれる」と評判になったんです。ちょうど無職の身で時間もありましたし、まだ50歳。友人であり仕事仲間でもある人から「ペットフード事業を立ち上げたらどうか」と勧められ、その言葉に背中を押されての決断でした。今の会社のコンセプトの根っこには、ペットの健康寿命を延ばしたいという思いがあります。健康を延ばすには、まず食事から。人間も動物も、原点は同じだと思うんです。
京都駅の「お土産」という突破口
商品は現在、自分で作るのではなくOEMで外注し、レシピや作り方を指定した上で、全国と京都で販売しています。立ち上げ当初はまったく売れませんでした。転機は、公園などで開催されるペット向けイベントに出店していたときのこと。以前の勤め先でお世話になった京都駅の上層部の方と出会い、「ペットのお土産というカテゴリーで商品を作ってみませんか」と声をかけたのが始まりです。そこからパッケージを京都らしいデザインに変え、お土産市場に参入しました。今では京都駅が売上シェアの50%ほどを占めています。
10年ビジョンは、ペットと暮らせる「村」
ケアハウスとレストラン構想
今、10年ビジョンとして描いているのは、田舎でペットと一緒に暮らせる「村」をつくることです。経営理念に掲げているのは「命を大切にする暮らしを未来へ」という言葉。私自身も50歳を過ぎ、シニアの入り口に立っています。最初に手がけたいのは、古民家を改修し、囲炉裏でジビエを出すレストランです。その先には、シニアになってもペットと一緒に入居できるケアハウスをつくりたいと考えています。一般的な介護施設と違い、ケアハウスは食事の提供が中心の高齢者向け住宅ですが、ペットと一緒に入れる施設は今、ほとんどありません。その周辺には、良い食材を扱うスーパーマーケットやベーカリー、宿泊できる古民家なども必要になってくると思っています。犬と一緒に暮らすと寿命が延びるという論文もあるそうです。朝晩の散歩や、日々の愛情表現が理由なのかもしれません。人と動物が共に暮らす社会が当たり前になれば、時代はもっと変わっていくはずです。
少数精鋭で歩む経営スタイル
現在、社員は私一人です。ただ、業務委託という形で多くの方と関わっています。商品を作ってもらっている会社が5社、商品出荷を担ってもらっている会社が1社、そのほかSEO対策やInstagramの運用、外部デザイナーとも連携しながら事業を進めています。新規営業はあえて取らないようにしていて、今は自社のオンライン展開と、先ほどお話しした村づくりに力を注いでいる段階です。少数精鋭だからこそ、一つひとつの取り組みに丁寧に向き合えていると感じています。
共感してくれる人に、来てほしい
ペットへの愛と、実現への熱意
事業はお金やブランドだけで成り立つものではないと思っています。オーケストラのように、指揮者がいて、たくさんの演奏者がいる。誰か一人が失敗しても、ほかの人が補うことはできますが、最高のコンサートを目指すなら、みんなが努力する必要があります。私たちの考えに共感し、会社の中で自分自身の思い描いていることを実現してほしい。まずはそこに来てもらって、どんどん意見を言い、行動を起こしてほしいと思っています。新規事業が10年後も存続している確率は、一般的に6.3%ほどと言われているそうです。それでも、命を大切にする暮らしという世界観に合う人が集まってくれたら嬉しいですね。
編集後記
今回の取材を通して、一つの命の別れが、これほど大きな事業のビジョンにつながっていくのだと知り、胸が熱くなりました。西川さんの語り口はとても穏やかでしたが、その奥には「命を大切にする暮らしを未来へ」という強い信念が一貫して流れていたように感じます。ペットと共に生きる社会の当たり前を、京都から少しずつ広げていく。そんな挑戦に、これからも注目していきたいと思います。