投資銀行から松尾研究所へ
東大院から投資銀行に
私はもともと東京大学の工学部を出て、大学院も同じ大学の研究室で過ごしていました。新卒で入ったのはシティグループ証券株式会社という外資系投資銀行で、そこで日本国債や金利デリバティブのトレーディング業務に携わっていたんですよね。ただ、当時からずっとそこで働き続けようと思っていたわけではなくて、これからAIの時代が来そうだという感覚があり、AI領域で起業したり、何かできたりしないかなというのはずっと頭にありました。
二択のうち選んだ道
株式会社松尾研究所が立ち上がる前から、東京大学の松尾豊教授の研究室に関わらせていただいていました。そして松尾研究所の立ち上げの話が出たときに、ゼロから何もないところで自分で始めるか、ある種のネームバリューがすでにあるところで新しく立ち上げに関わるかという、大きな二択があって、私はそのうちの後者を選んだという感じですね。入って2年ほどがむしゃらに働いていたら、ありがたいことに役員に抜擢していただいて、さらに2025年からは副社長を務めています。
シティグループ証券で学んだこと
入社3日目の洗礼
シティグループ証券での経験がそのまま今の仕事に直結しているかというと、必ずしもそうではありません。ただ、入り口としては役に立ちましたし、何よりプロフェッショナルマインドや仕事の進め方のスピード感を学べたのは、就活生や学生に向けて話すとしたら一番伝えたいところです。学生気分が抜けきらないまま入ると、本当に数か月でクビになる人がいるような世界でした。私自身、入社3日目くらいにやらかして上司に呼び出され、英語でまくしたてられたこともあります。当時は英語力もまだ足りていなくて、正直半分も聞き取れなかったかもしれません。米系証券会社のマーケット部門のど真ん中のような環境で、良くも悪くも成果主義でドライな空気の中で揉まれたのは、社会人1年目としてはよい経験だったと思っています。
裁量と責任の重さ
マーケット部門では、休暇を取ったまま、クビになって戻ってこなくなる人がいるようなこともめずらしくありませんでした。新卒1年目から2年目に差しかかるころ、そういう人の担当していた仕事をそのまま巻き取ってやることになったのも、今考えると大変良い経験になりました。裁量をもらえる速さは大きな魅力である一方、その分だけ責任も重くなるというのは、身をもって感じたところですね。
急成長する組織で向き合った課題
波に乗って伸びた組織
今は経営全般を見る立場になり、どの事業にどれくらい予算を配分するか、会社の成長を最大化するにはどうするか、トラブルが起きていないかといったことまで、管掌する範囲が広がりました。30人くらいの規模であれば役員と社員の距離も近く、様子もつかみやすいのですが、50人の壁、100人の壁というのは本来どの会社にも訪れるものだと思います。弊社の場合はそこに時代の波も重なって、その壁を飛び越えるように一気に伸びてしまったんですよね。本来であれば整えておくべき社内のさまざまな制度などが、伸びのスピードに置き去りにされてしまった部分があって、それを今も一つずつ直しているところです。
目標を分けて託す
組織拡大の中でとくに難しかったのは、会社全体の目標を、それぞれ性質の異なる部門にどう分解して託していくかということでした。弊社には、短期的な売上には直結しにくい、中長期の研究開発を担う組織もあります。そうした部門に一律に売上目標を求めるのではなく、研究の価値や独自性を大切にしながら、外部資金の獲得や事業との接続も含めて、会社として持続可能な形をどうつくっていくか。その役割や目標を一緒に設計していくことには難しさがありましたし、今も試行錯誤を続けています。
二つの事業をどう伸ばすか
AIソリューションの開発事業の拡大
事業の柱はAIソリューションの開発事業とAI教育事業の二つで、この両方をこれからも伸ばしていきたいと思っています。前者はプロジェクト型の事業であるため、事業を拡大していくうえでは、AI人材の稼働が必要になります。だからこそ、いかに優秀な人材を集め、活躍してもらえる環境をつくるかが非常に重要です。一方で、これまで蓄積してきた知見や技術を仕組み化・ソリューション化することで、より高い付加価値を提供できる余地もあると考えていて、どう設計していくかは引き続き考えているところです。
教育事業を仕組み化する
後者のAI教育事業は、研修を一件ずつ実施していく形だとやはり人に依存するビジネスになってしまいます。そこをプラットフォーム化してオンラインで提供したり、いわゆる動画配信の形にしたり、あるいは教育会社と組んだりと、広がり方の選択肢は結構いろいろあると考えています。うまくいけば社会に大きなインパクトを与えるビジネスにできる可能性もあるので、そこをどう設計していくかも今考えていることの一つです。
AIが導く日本の未来
少ない人数で高い生産性を
日本の企業はAI化やDX化が遅れていると言われがちですが、AIを入れることで一足飛びに諸課題を解決できる可能性があると思っています。米国や中国に比べて最先端の技術では遅れているかもしれませんが、社会としてのAIへの許容度という点では悪くないポジションにいるのではないかとも感じています。人口減少が進む日本では、これから新卒採用も人材の確保もどんどん難しくなっていきますから、AIやロボットを取り入れて仕事を回していく時代が必ず来ます。それを提供する会社として推し進めていくことで、少ない人数でも筋肉質な体制で経営できる会社が増え、17時にはみんな帰れて、それでいて生産性も高くお金も稼げる、そんな世界をつくっていきたいと思っています。それが積み重なれば、日本のGDPにも寄与できるはずです。
学生へのメッセージ
「自分を経営する」という感覚
チャレンジしたいことがあるなら、なんでも挑戦すればよいと思っています。起業したいのであれば、今はとてもよい時代です。ただ、全員が起業家になる必要はまったくありません。大学生というのは、社会人になる手前で自分のお金の使い道も時間の使い方も自分で決められる、面白い時期だと思うんですよね。私が普段、経営の中で悩んでいることと、学生の皆さんが「就職しようか、インターンをしようか、起業しようか」と悩んでいることは、実はそう変わらないと思っています。自分はすでに自分の人生を経営しているんだという意識を持ってみること、それ自体がこれからの人生を豊かにしてくれるのではないかと思います。
インターンとの出会い
私自身、大学4年生くらいまではこれといって何もしていない、サークルで飲んでいるような学生でした。ただ、同級生の中で優秀だと思っていた2人が学部生のうちに投資銀行やコンサルへ就職していて、彼らに紹介してもらう形でインターンをさせてもらったのがきっかけです。最初は議事録のメモを取って横にいるだけのような雑用でしたが、優秀な人たちの働き方を間近で見られたことは大きかったですね。もう一つ、ある予備校がシンクタンク機能を社内に設置しようとしていたタイミングで、インターン生として関わらせてもらった経験もあり、そのときの立ち上げをリードしていた人は、その後、自分で会社を興して上場までさせています。そういう妙なチャンスに飛びついてみることが、あとから振り返るとよい経験になっているんだと思います。当時はまだ学生起業をする人自体がとても少なかったのですが、今は情報も得やすくなっていますから、チャンスがあれば逃さずに備えておくことが大事だと感じています。
編集後記
金さんのお話を伺って、印象に残ったのは「自分の人生を経営している」という感覚です。就職やインターンといった目の前の選択も、経営者の意思決定と根っこは同じだという視点は、私自身の日々の悩みにも重なるものがありました。証券会社での厳しい経験も、松尾研究所での組織拡大の苦労も、すべて自分ごととして引き受けてきたからこそ語れる言葉なのだと感じます。学生のうちから小さな選択を積み重ねていくことの大切さを、あらためて教えていただいたインタビューでした。