野球しか知らなかった学生時代
学生の頃はもう、ずっと野球一筋でした。高校時代はそこそこの強豪校に身を置いていたこともあり、感覚としては「義務教育もろくに受けず、ただひたすら白球を追いかけてきた」ような人間です。机に向かう習慣なんて、それまでの自分には皆無でした。
転機となったのは、大学への進学です。「さすがに、これからは多少なりとも勉強しなければまずいかもしれない」という思いが芽生え、少しずつペンを握るようになりました。
Fラン大学、そこで首席を目指した
正直に打ち明けると、進学先はいわゆる千葉の「Fラン大学」と揶揄されるようなところでした。(もちろん、出会った方々には感謝していますし、カリキュラムは素晴らしかったです。)入学してすぐに感じたのは、言葉を選ばずに言えば「あまりにも熱量がない」周囲の環境と空気感です。このまま周りと同じように流されて過ごしていたら、自分も一線を超えることなく終わってしまう危機感が襲ってきました。だからこそ、覚悟を決めたんです。
「みんなの逆を行こう」と。
多くの大学生がサークル活動や遊びに興じるなか、私は自分の時間をすべてアルバイトと勉強だけに捧げる生活を選びました。
誘惑に流されそうになる自分を振り払い、ただひたすらに机に向かい、バイトで働く日々。
結果として、決して誇れるような偏差値の大学ではなかったかもしれません。けれど、努力をやり抜いた証として、最終的にトップクラスの成績で卒業することができました。
あの時、危機感を糧にして流されなかった経験が、今の自分の確固たる自信につながっています。
その過程では、地元・千葉県で町おこしのイベントを開いたり、学生団体を立ち上げて台風被害を受けた地域の支援事業をやったりもしていました。
目的がしっかりあったというよりは、とにかく周りとの違いを出したかったんです。
大手金融機関への入社、そして人力車という転機
就職活動では軸をはっきり決めていました。
待遇、やりがい、将来性。
この三つのうち、一番まずいのは全部ないことだと思ったんです。やりがいはやってみないとわからないし、「これがやりたいです」と言う学生は多くても、実際にそれが続く人はほとんどいません。
だったら将来性と待遇の部分は先に見極められるはずだと考えて、低偏差値からでも入れる大手企業という軸でいくつかリストアップしました。
実力主義の側面が強く、学歴フィルターが比較的薄いのではないかと考えたからです。勝てる土俵を見極め、戦略的にアプローチを重ねた結果、無事に大手金融企業への入社を果たすことができました。。
「待遇・やりがい・将来性」で選んだ道
仕事は、世間一般で言う銀行に近い業務でした。企業の社長のもとを訪問して融資の相談をしたり、個人の投資家に不動産投資の提案をしたり。充実した環境で働かせていただきました。今思えば、なんの不満もありませんでしたが、3年ほど経った頃、自分がつまらない人間になっていく感覚が強くなっていきました。
独立後のアパレル事業は「鳴かず飛ばず」
退職した私が最初に踏み出したのは、自ら事業を立ち上げる「起業」の道でした。
選んだのは、アパレル事業です。きっかけは、刺繍用のコンピューターミシンを譲ってもらえる話が舞い込んできたことでした。1台100万〜150万円ほどする高額な機械ですが、商品によっては刺繍ひとつで単価1万円ほどで販売できる。ビジネスとして非常に投資効率が良いと判断し、参入を決めました。
就活のときと同じく、数字と合理性で見極めたビジネスモデル。利益が出る計算は立っていました。
しかし、結果としてこの事業は2年ほどでたたむことになります。理由は至ってシンプルで、「まったく楽しめなかった」からです。
計算上の収益性は高くても、自分自身が心から「やりたい」と思える仕事ではありませんでした。どれだけ効率が良くても、事業に対する内発的な情熱やモチベーションが湧いてこない。ビジネスにおいて、自分の情熱がいかに不可欠なエンジンであるかを痛感した2年間でした。
浅草の人力車できっかけを掴んだ
アパレル事業では、生活できないほど鳴かず飛ばずになって、バイトを探さなければと求人サイトを見たとき、一番時給が高かったのが人力車だったんです。それで浅草の人力車屋に転職し、実際に走る車夫として働き始めました。
人力車の仕事は、やっている間は楽しいことしかありませんでした。人種も性別も年齢も関係なく、お客さんに直接「ありがとう」と言ってもらえる仕事で、自分がやりたい仕事のジャンルはこれなんだと気づかせてもらいました。もともと海外への関心があったわけでも、英語が得意だったわけでもありません。むしろ英語は大の苦手でした。ただ、人力車を始めてから、言葉が通じなくても伝えたい気持ちが一番喜ばれるんだと実感するようになりました。
マーケティング担当としての苦労
人力車の車夫を続けたあと、社員として働くようになり、観光業のマーケティングを担当することになりました。ここからが一番大変でした。
声かけだけの集客に限界を感じた
当時の人力車業界の集客手段は当時の業界における集客手段といえば、浅草の街中でお客さまに直接声をかける「キャッチ」のようなやり方しかありませんでした。
その状況は「さすがにまずい」と感じざるを得ないものでした。個人のマンパワーと天候に依存する集客モデルでは、事業としての持続性や拡大が見込めないからです。
私自身、マーケティング畑出身ではありませんでしたがゼロから勉強を始めました。すべて自分でやらなければならず、本当にハードな時期でした。
起業、そして株式会社MILOKUへ
自分でいつか事業をやりたいという思いは学生時代からずっと持っていました。
観光マーケティングの最前線で多くのビジネスに触れ、現場の課題感を聞き出していく中で、自分の中でひとつの強い確信が芽生えました。
「この分野なら、自分が誰よりも結果を出せる。一番になれる」
遠回りをしたかもしれません。けれど、野球で養った粘り強さ、金融で学んだ構造的思考、独学で叩き込んだWebマーケティングのスキル、そして現場で成果を出した経験。そのすべてがパズルのピースのように噛み合わさった瞬間でした。
こうして私は「株式会社MILOKU」を創業しました。
日本の良いものが埋もれていく現状への危機感
日本のサービスや食文化、体験コンテンツは、間違いなく世界に誇れる素晴らしいものばかりです。しかし現在、観光地では切実な課題が起きています。
インバウンド(訪日外国人)需要が急速に拡大する一方で、外国人経営者による事業者などが外国人観光客向けに商品を売り込み、伝統ある本当に良い日本のサービスや飲食店が、情報の発信力不足によって埋もれてしまっている現状があるのです。
「このままでは、日本の素晴らしい文化や技術が正当に評価されないまま衰退してしまう」
日本の良い文化を、本来価値を理解してくれる人々に正しく届け、本当に良いものを提供している日本の事業者さんを支えたい。「本物の日本」を世界に売れる社会を作りたい。
その強い使命感と熱い想いこそが、私が「株式会社MILOKU」を立ち上げた最大の理由です。
事業の強みと今後の展望
現在、クライアントの業種はとても幅広いです。街の個人オーナーが営む飲食店から大きなチェーン店、宿泊事業者、鉄道会社、大衆演劇の劇場、芸者さんが来るお店、職人による体験事業まで手がけています。得意分野として一番なのは、海外に向けたSEO対策です。どんなキーワードであればお客さんになってくれるかを考えることが、事業の根幹にあります。
現場を知っていることが一番の武器
株式会社MILOKUの一番の強み、それは「誰よりも現場を理解していること」です。
弊社には、自ら観光現場に立ち、泥臭く事業を動かしてきたメンバーが集まっています。さらにグループ会社では、別の代表のもとで「忍者体験カフェ」や「食品サンプルカフェ」といったインバウンド向け体験事業を展開し、リアルな現場の第一線で集客や運営を手がけています。
今の時代、Webで調べればマーケティングの「理論」や「手法」は大抵手に入ります。しかし、実際の観光現場では「理論通りにはいかない壁」が必ず立ちはだかるのです。
現場の空気感、外国人観光客の生の声、スタッフの動き、それらを肌で知っているからこそ、教科書通りの施策に終わらず、現場で本当に機能するノウハウを提供し、泥臭く壁を突破することができます。それこそが、他社には絶対に真似できない私たちの最大の強みです。
地方創生への挑戦
これから増やしていきたいのは、地方のお客様です。日本旅行はメジャーになってきましたが、まだまだ日本の地方にはいい魅力がたくさん眠っていて、それを発掘して世界に発信していきたいと思っています。海外旅行に行くとき、私たちはその国の現地の人たちが楽しんでいる場所に行きたくなりますよね。地方にお客さんを呼ぶには、インバウンド集客だけを狭く考えるのではなく、観光業全体を仕掛けて考える必要があります。まずは日本人を呼ぶこと。日本人を呼びながら外国人も呼ぶという視点がないと、全体が崩れてしまうと思っています。
現在は地方の鉄道会社や九州、沖縄からの相談があるほか、今年に入ってから長野や静岡エリアからの相談件数が増えています。
長野は日本人観光客がベースとして根付いている土地なので、インバウンドで流行るのも時間の問題だと見ています。
AI時代における観光業の価値
人が「暇」になった世界で、最後に残るのは体験というエンタメ
AIが急速に普及し、あらゆる仕事が自動化されていく中で、私は「最後に残るのはエンタメであり、現地に足を運ぶ体験だ」と確信しています。
AIは人の能力差を埋め、作業を均一化するツールです。だれもが効率的に思考や業務をこなせるようになり、結果として人々の時間が余る時代が必ずやってきます。そのとき、人は何に向かうのか。私は、人間本来の衝動として「原点回帰で旅に出る」と考えています。
画面越しの情報ではなく、現地で五感を使って味わう空気、食事、文化。そうした「現場に行くことでしか得られないリアルな体験価値」こそが、AI時代においても決して代替されない、最後まで残るエンタメなのです。
「人がやらなくていい仕事」は徹底してAIへ。生み出した時間で体験価値を磨く
旅という体験価値の重要性を信じているからこそ、社内の業務効率化においては誰よりも先陣を切ってAIを活用しています。
パソコンで完結する作業メールの作成・返信、営業活動の自動化、数値入力など「人がわざわざやらなくてもいい業務」は、まずAIで代替できないかを徹底的に検討します。直接置き換えが難しい作業であっても、ChatGPTやクラウドソーシングを組み合わせて効率化を限界まで追求しています。
人間が泥臭い事務作業から解放されてはじめて、人間にしか生み出せない「現場のリアルな体験価値」や「マーケティングの本質的な戦略」に全精力を注ぐことができる。これこそが、私たちが実践するAI時代の真の組織づくりのあり方です。
大学生へのメッセージ
観光業が選ばれない責任は業界側にある
金融やコンサルタントが人気で、観光業はあまり人気がないと言われますが、それは選んでもらえるような環境を作れていない観光業側の責任だと思っています。とはいえ、観光業は未来がある事業で、まだまだ伸びしろのある業界です。そこから変えていきたいと思う人には、ぜひ来てもらえたら嬉しいですね。
編集後記
今回は株式会社MILOKUの川名友貴さんにお話をうかがいました。野球一筋の学生時代から、銀行員、人力車、アパレル起業を経て今の会社にたどり着くまでの道のりが、まっすぐではないからこそリアルで、印象に残りました。「現場を知っていること」が強みだと語る言葉には、実際に人力車を引いていた経験の重みを感じます。観光業に対する世間のイメージと、川名さんが見ている未来の伸びしろの大きさのギャップも興味深く、AI時代だからこそ観光業に価値が残るという視点は、私自身の就職活動にも新しい視点を与えてくれました。